第4話

結局答えが出ないまま放課後がやってきてしまった

このままバックれてしまおうかとも考えたが薔薇色の青春の可能性が1%でも残っている限り行かねばならぬのが男というものである

こちらは失うものなど無いのだ!行ってからどうするか考えればいいだろう!


期待と恐怖と疑問で埋め尽くされた心中のまま屋上へと続く扉の前までやってきた。

実は騙されたんじゃないか、イタズラだったのでは等の暗い思考が脳を埋め尽くそうとしたがそれを頭を振って振り払う

ええい!何を恐れる必要がある!屋上で大事な話と言ったらそれはもうあれしかあるまい!私は今日をもって石裏の虫からナイトプールでサーフィンをする蝶へと完全変態を遂げるのだ!!


意を決して錆びついたドアノブを回し屋上へと出る。だが呼び出した本人はまだ来ていないようだった。一瞬騙されたかもという考えが頭をよぎったが、私はホームルームが終わってすぐ来たから彼女がまだ来てなくても不思議ではない

時間を潰すがてら校庭を眺めながら待つこととした。


しかしさっきからあの野球部らしき奴らは何をやっているのだ。ピッチャーの投げる球は見たところデッドボールしか投げていないし、バッターの方もそれを避けながらバットをピッチャーへ投擲している。

これが松林サッカーならぬ松林野球なのかと感心しながら眺めていると後ろから錆びついたドアが擦れながら開く音がした


「あっもう来ていたんですね...」

「あ、あぁ......」


遂にこの時が来た。

さあ何をその口から発する?告白か?それともドッキリだったとの通告か?


「あっあの!」

「あ、あぁ...」


さあ、次の言葉はなんだ!

彼女が次の言葉を紡ぐまでの一瞬が極限まで引き延ばされたかのように感じる。

感覚が研ぎ澄まされ彼女の瞬き、息を飲む喉の動きがわずか数センチ先にいるかのようにハッキリと認識でき、その一挙手一投足を見逃さんと体全体が最適化されていく

そして彼女が口を動かした。それを脳が認識したと同時に耳に届いた言葉は


「...好きです!付き合って下さい!!」


その言葉を聞いた瞬間天を仰いだ

やった!やったぞおおおおおおおおおおお!!

私は遂にナイトプールでサーフィンをする蝶へと成るのだ!!


「ど、どうしたんですか...?」

「な、なんでもない」


返事が上擦らないよう咳払いをしながら彼女の方を見た時、校内から屋上へと続く扉が目に入った、もっと正確に言うなら微かに空いた隙間から除いている3人の女子生徒の顔が。あの顔はうちのクラスのいい噂を聞かない3人組だったか...

そこで全てが合致した。

普段関わることのない彼女からの告白、悪い噂の絶えない女子グループ

まあ、つまりそういうことなのだ

咄嗟に怒鳴り散らしてしまおうかと考えたが彼女も被害者なのだろう。ただでさえ辛い目に遭っている彼女に当たるのもアレだし、かといって3人組に直接言ったところでシラを切られるか次の標的になる。

ここを丸く収めるには...


「私の頬を張れ」

「え?」

「後ろの3人にやらされているのだろう?」


そこで彼女は3人に気取られない程度に振り返り姿を確認する。

幸いにも扉からこちらまでは距離が離れているのでこちらの声は聞こえない


「私の頬を張れ。そうすれば君は私に失礼な事をされた被害者として角も立たないだろう」

「でもそしたらあなたに迷惑が...」

「元々彼女が出来る可能性など雀の涙ほどしかなかったのだ、それが今更0になったところでさして変わらん。

それにキリスト的価値観で言えば自己犠牲とは最も尊ぶべき行動であるし、私の今日の夢見を良くするためにもetc...」


彼女を説得するための詭弁が口からつらつらととめどなく出ていく


「etc...私実はMでな、生きていてこんな機会など滅多にないから...etc」


普段から友人としょうもない舌戦をしていて良かった。こういう時に舌を噛まずに済む


「etc...私は紳士なのだ。困っている女性がいたら手を差し伸べなくてはいかん。

それにほらあれだ、私が生涯このちっぽけな自尊心を満たして生きていくためにも今ここで君には折れてもらい頬を張ってもらわねばならんのだ」

「...わ、分かりました。ビ、ビンタすればいいんですよね...!?」


今まで口を閉じていた彼女がようやく口を開いた


「ああ、そうだ。やっとその気になってくれたか

やり方に関してはあれだ、浜ちゃんが言っていたやつを真似ればよい、実際にそうかは知らんが痛くなくかつ音が大きグホォッ!!」


喋っている途中に思いっきりビンタされた。

しかも緊張しているせいか手を閉じたまま叩いているではないか!


お友達パンチによって自分を殴り倒したあと、彼女はおどおどしながら屋上から去っていった。

残された自分はというとクリスマス前に女性から殴られた事実だとか、口の切れた痛みだとか、将来への漠然とした不安だとか、他にもっといい方法があったのではという後悔だとか、ナイトプールでサーフィンが出来なくなってしまったこととかで少し頬を濡らし屋上で伸びていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

12月 シカオン @sikaon1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る