第5話
兄上、手短に話を続けます。
「あんたまでアツくならなくて良かったのによ」
役人が去った後、ザブルクは笑いを堪えたような表情をしました。
「すみません、差し出がましいことを言って」
「いんや、面白かったぜ。だがな」
そう言うとザブルクは急に顔を近づけ、内緒事と言うように私に告げました。
「知識ってもんは役に立つが、ひけらかす時と場所は選ばねえとな、痛い目みるぜ」
どういう意味かと問う暇もなく、彼は私の肩を叩くと、少年たちに命じて全てのリャイパに目隠しを着けさせました。
楽士たちはと言えば、リャイパから下りて各々の楽器を用意し始めています。もうすぐ日が暮れるのに、ここで演奏などしていて閉門に間に合うのか。
はらはらしている私を尻目に、角笛吹きが楽士団の周囲を踊り歩き、彼らをぐるっと囲むように銀色の粉を地面に撒いていきます。
「あんたは線の外へ出ててくんねえか」
促されて私が下がりますと、ザブルクが双頭弦の一番高い音を弾きました。それを追うようにあとの楽器が。同じ音、同じ韻律が鳴り響き、それに共鳴するように銀色の線が発光しはじめます。
「じゃあな兄ちゃん。日暮れまでには城門に行きなよ」
月琴弾きに言われ、えっと思った時には、銀の光は壁のように立ち上がり、楽士たちを取り囲んでいました。しまった、これは何かの結界だと私は直感しました。
「私は! 私はどうなるのです、旅の道連れではなかったのですか」
慌てて光の壁に駆け寄りましたが、それは私を阻みました。振り向いたケレ、(もしくはケーニャ)の瞳の色が、冷たく燃える翡翠のように見えます。
「あばよ、上界人」
ザブルクの声を最後に、すさまじい砂塵が巻き上がりました。
砂塵が収まった時、そこには誰も――八人の楽士も、少年たちも、リャイパたちですら居らず、ただ灰色の大地が静かに横たわっていました。
どうして……私はおろおろと冷え始めた砂を掴みましたが、銀色の結界は痕跡すら残っていません。
その日、日暮れまでに徒歩でどうやって城門にたどり着いたのか、正直あまり覚えておりません。
通行税を取り立てる役人はなぜか昼間とは違う人間になっていました。
土埃にまみれ、城門に着いた途端に倒れ込んだ私を介抱してくれた老人は、うわごとのように私が呟く楽士団の名を聞いて驚いていました。
「あんた、あの連中に関わってよくご無事でいなすったなあ。奴らに何か恩でも売ったのかい?」
恩など何も売っていない、と答えると老人は頭を振り、旅の悪い夢は忘れなせえ、と不思議な言葉を掛けてくれました。
後日わかったことですが、私がバシテルイ城に着いたのと同じ日の夕刻、聖都ハルリ城の内部に突然、リャイパを連れた楽士一団が現われたそうです。
城門を通ることもなく、もちろん通行税を払うこともなく。
彼らの頭領は大きな双頭の弦を抱えていたそうであります。
頭がまだ痛みます。切れ切れに思い出すのは彼らが奏でる楽の音、陽光にきらめいて宙を舞う長剣、そして翡翠色の子ども。あれらは本当に存在したのか、それとも荒れ地の風が見せた夢であったのか。
申し訳ありません兄上。
調査対象であった楽士団の秘密は、結局判明しませんでした。
機翔虫と紙が尽きました。今回の文はここまでといたします。
とりとめもない私の話の続きは、また直接お会いしてからにしましょう。
貴方の忠実なる弟
ヤーゲイ・ガナル 拝
〈了〉
楽士との旅――ヤーゲイ・ガナルの手紙 いときね そろ(旧:まつか松果) @shou-ca2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます