第157話 おっさんは、穏やかなこの日を

 パチパチパチ。

 おっさんは拍手をした。

 それは優勝者にも、そして負けたガーネットにも向けた。

 突然の通り雨にさらされ、集中力を乱されたのはガーネットだ。今回は運が悪かった。

 周囲は結構な雨で水浸みじびたしになっていたが、おっさんは幸いサファイアが差していた日傘で難を逃れていた。


 「肩が濡れているようです。今お拭きします」

 「いや、これくらい構わない」

 「ですがお風邪かぜを……」

 「それならむしろガーネットにな?」


 もちろんおっさんも、学校がある以上風邪は論外だ。

 しかしこの程度ならぐにかわくだろう。

 しばししぶるサファイアだが、彼女は納得すると傘を身体に取り込んだ。


 「入口に戻るか」

 「はい、主様」


 これから表彰式があるが、おっさん達は会場を出る。

 終わったら、ガーネットを褒めてやらないとな。

 負けず嫌いだから、きっと泣いてしまうだろう。

 最善を尽くした、だからおっさんはガーネットを褒める。

 ガーネットの気持ち、知っているつもりだからな。


 「残念でしたね。ガーネット様」

 「まぁ、運が味方しなかったからな」

 「運、不思議なものですね」


 確かに、運っていうのは目に見えるものじゃないからな。

 おっさんは特に運が悪い方だ。

 平坦な人生を祈るおっさんだが、トータルだと不幸のほうが感じやすい。

 ガーネットも、そういう日があったという事だ。


 「悪い日もあれば、良い日もある」

 「揺れ幅ですね主様」


 うむり、出来れば少ない方が理想だが。

 おっさん達は会場を出ると、一際大きな拍手が会場から上がっていた。

 どうやら表彰式も終わったかな。

 しばらく待っていると、会場から義妹は姿を現した。


 「ガーネット様」

 「あっ、兄さん。サファイア」


 サファイアはタオルを取り出すと、真っ直ぐガーネットの前に駆け出した。

 ガーネットはサファイアからタオルを受け取ると、わしゃわしゃ頭を拭き取る。

 身嗜みを気にするガーネットにしては荒っぽいな、やっぱり気にしてんのか。


 「ガーネット、よく頑張ったな」

 「兄さん……うん、でも」

 「負けたからなんだ、兄さんなんて人生負けっぱなしだぞ」

 「あらあら主様、そんな事は」


 サファイアはそんな事はさせまいと、おっさんの下に駆け寄る。

 こんなおっさんを慰めてくれるサファイアは本当に優しいな。


 「クス、兄さん……そうね、負けるのは嫌い、だけど割り切らなくちゃね」

 「そうだそうだ、割り切れ」

 「あーあ、お腹空いちゃった! 何か食べましょ兄さん!」


 ガーネットは可愛い笑顔を浮かべると、直ぐにおっさんの腕に抱きついた。

 そのまま猫のようにごろごろ喉を鳴らして、ピタっと引っ付く。

 凄まじい甘えっぷりである。

 普段なら引き剥がすところだが、今回だけは特別だ。


 「ガーネットさんっ!」


 ガーネットが振り返ると、少し小さなエルフの少女が大きな機械式の弓を両手で抱えて駆け寄ってきた。

 テティスさんか、皮肉だがガーネットが欲しがっていた弓は彼女の手にある。


 「あらなーに? これから兄さんと食事なんだけど?」

 「ガーネットさん、私……勝ったとは思っていません! 改めてガーネットさんに同じエルフの弓使いとして勝負をしたいと思います!」


 ガーネットはわずかだが、柳眉りゅうびを吊り上げる。

 テティスさんは真剣な表情であり、それは正真正銘しょうしんしょうめい宣戦布告であった。


 「後日、詳細を説明したいと思います……それでは!」


 テティスさんは言い切ると、直ぐに別の道へ走り去る。

 その後ろ、遅れて会場を出てきた二人の冒険者がテティスさんを追いかけていった。

 おっさんはガーネットの顔を覗く。


 「勝負、ね……」

 ガーネットは決して茶化すことなく、テティスさんの言葉を反芻していた。

 おっさんは当事者じゃない、だから何も言えんが。


 「ガーネット、飯行くぞ」

 「あ……うん!」


 おっさんにはガーネットとこうやって平和な時を過ごす位しかない。

 ガーネットが泣き言を言うなら、おっさんはいくらでも力になってやる。

 だけどガーネットが何も言わないなら、おっさんも何も言わない。

 それが家族ルールだからな、ガーネットは平然と破るけど。


 「ガーネット様、勝負とはなんなのでしょう」

 「さぁね、テティスさん……私をライバル視? とは違うんでしょうけど、複雑な感情を持ってるみたいね」


 多分だけど憧れ……いや、もはや崇拝かもしれない。

 彼女の中でガーネットは神格化されていて、その性で完璧なガーネットしか許せないのかも。

 エルフ同士だからか、一方的なシンパシーは見え透いていた。

 ガーネットはうんざりそうだが、テティスさんからの挑戦は受けるつもりだろう。

 ただガーネットは。


 「私なんて憧れるだけ無駄だってのに」


 と、小さな声で呟いた。

 あえて聞き流す、おっさんは空気を読むのだ。

 ガーネットの気分を悪くしたくないし、変なプレッシャーを与えるのも論外だ。


 「サファイア、何か食べたいものはあるか?」

 「私はなんでも、ガーネット様は?」

 「甘い物食べたいっ、冷たいのとか」

 「それなら近くにアイスクリーム屋さんが」


 サファイアは心当たりあるらしく、道を先導した。


 「アイスクリームか、この街で食べれるのか」

 「マーロナポリスで食べたっけ、最近夏でも食べれるみたいよ」


 おっさんは今時にうとい老害だからな。

 日進月歩にっしんげっぽで時代は進んでいく。

 気がついたら時代はおっさんを置いていくんだろうな。


 「主様、ガーネット様、こちらです」

 「もうちょっとゆっくり歩きましょ!」

 「やれやれ、日が暮れちまうぞ」

 「お祭りは夜までやってるでしょ、気にしないの!」


 おっさんは気にするぞ。

 この後ルビーと一緒にお祭りを見るつもりなんだから。

 特に夜になるとナイトパレードがあるはずだ。

 ルビーには是非見せてやりたいものだ。


 収穫祭、一年の安寧あんねいを祈ったお祭りも、今日こんにちでは市民の娯楽ごらくとなった。

 いたるところで、祭りを祝い、あきないが生じる。

 おっさんはガーネットやサファイアに振り回されながら、こんな穏やかな日を優しく享受きょうじゅした。

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ヤマなしタニなし KaZuKiNa @KaZuKiNs

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