第156話 義妹は、サドンデスに挑む

 弓術大会は観客の熱気と共に進行していた。

 第七巡目、頭上に陽射ひざしは射す。秋といえど選手たちを厳しく照り返す暑さが襲う。

 そんな中、アーチェさんはここで遂に致命ちめい的なミスをおかす。


 「あっ……!」


 大失敗ファンブル。彼女の放った矢は的を逸れ、外してしまう。

 この致命的なミスは、試合展開に大きな影響を与えるでしょう。


 「アーチェ選手、ミス!」

 「うぅぅ……」


 アーチェさんは、はっきりとした答えにがっくしと肩を落とし意気消沈いきしょうちんする。

 こういう時、選手じゃないなら慰めの言葉でも掛けるんでしょうけど、私は無言で流れる汗を腕でぬぐった。


 「どんまいじゃー! お主はやれるー! 気張きばれ妹よーっ!」

 「ぁ、……っ」


 ずいぶんと甲高い声援だった。

 アーチェさんは顔を上げると、大声でアーチェさんを応援する小さな少女が観客席にいた。

 緑色の肌に呪術師風の姿、妹のアーチェさんと比べると、逆に妹みたいね。

 私は微笑むと、アーチェさんに話しかけた。


 「良いお姉さんみたいね」

 「姉……、ちょっと、私、恥ずかしい」


 片言でちょっぴり照れるアーチェさんは、もう大丈夫そうだった。

 ミスは精神的にくる、コンディションの悪化は弓術士アーチャーにとって致命的と言ってもいい。

 だからこそ、ミスをける強靭きょうじんな精神力が求められる。

 アーチェさんは、もうミスはしないでしょう。

 それは彼女の真っ直ぐ先を見つめる瞳からわかる。


 「次、テティス選手どうぞ」

 「……はっ!」


 テティスさんは、何事もなく矢を放った。

 放物線を描き、矢はやはり的に命中する。

 彼女の矢を放つ瞬間、汗が飛び散った。


 「……ふぅ」

 「疲れてきた?」

 「まさか、この程度」

 「無理や無茶は禁物きんもつよ、無理したって結果は悪化するだけ」


 テティスさんは強がるけれど、疲労は目に見えてきた。

 私より小柄で体力のないテティスさんには正念場だ。

 森林の奥深くで暮らす森エルフには特に、この暑さはキツいでしょうね。


 「次、ガーネット選手」

 「そーれっと」


 私は弓を構えて、矢を放った。

 なるべく力を抜いて、けれど技術は確かに力とし、矢は放物線を描く。

 カツン、と。軽い音を立てて矢は的の中心に刺さった。

 テティスさんは、それを見て少しだけまゆひそめた。


 「余裕、ですか?」

 「そーよ、無茶や無理より、余裕ある方が上手くいくでしょ、あとは適度な緊張感ね」

 「勉強になります」


 テティスさんはおごそかにそう言う。

 彼女は意固地いこじではない、きっと私の言葉を私以上にみ締めているのだろう。

 生真面目なのはいいけれど、頭が固くっちゃ咄嗟とっさのアクシデントに対応出来ないものね。


 やがて試合は最終回の十順目を迎えた。


 「アーチェ選手、860点!」


 最終成績、やはりたった一回のミスが響いた。

 アーチェさんは、無言でただその結果を静かに受け止めた。

 ただ観客席からは、パチパチパチと、彼女を称賛しょうさんする拍手が鳴り響いた。


 「うおーっ! 妹よー! 良くやったのじゃあー!」


 あらあら、お姉さん号泣してるわね。

 アーチェさんは、改めて観客席に向き直すと、観客席に向かって丁寧に頭を下げた。

 最後まで礼儀正しい娘ね。


 「……これで決着でしょうか?」

 「どうかしら?」


 テティスさんは弓を構えながら、独り言のように呟いた。

 彼女に精神的動揺は全くない。

 極めて優れた弓使いだ、くやしいけれど、たった一射に賭ける集中力は私以上かもしれない。

 その集中力だけが冒険者として絶対的優位とまでは言えないけれど、武器になるのは確かだ。

 こりゃ負けるかも……。私の脳裏のうりまさかヽヽヽが過ぎった。


 「テティス選手、1000点!」


 わあぁぁぁぁぁぁ! まさかの満点に観客たちの興奮は最高潮クライマックスだった。

 つまり、私は真ん中を射抜かない限り負けるって訳ね。

 やれやれだわ。同点か負けしかあり得ないなんて。


 「凄いわねテティスさんって」

 「私など半人前です。まだまだガーネットさんにはかないません」

 「嫌味いやみ? 満点取ってるくせに」

 「い、嫌味などでは……わ、私は正確さに自信あるだけで」


 私はクスリと悪戯いたずらっぽく微笑む。

 もちろん理解している。テティスさんをからかっただけ。

 私はその間にも、的の中心に狙いを定め、矢を撃ち放った。


 カツン! 矢は正確に中心に突き刺さる。

 私は「ふぅ」と息をくと、無事ミスなく終えた事に安堵した。


 「ガーネット選手、1000点!」


 まっ、当然ね。

 止まった的に当てるなんて欠伸が出るレベルだもの。

 弓も矢も粗末なものだけど、慣れればどうって事はなかったわね。

 改めて道具に物を言っていた自分がまだまだ未熟者だと思い知ったわ。


 「これって、優勝はどうなるの?」


 同時に出る満点という結果に、観客席からもどよめきが起こった。

 どちらが素晴らしかったか。私か。テティスさんか。

 そんな私からすると、くだらない言葉が飛び交っている。

 私は自分を出来る子って自負しているけど、過信はしない。

 兄さんをやしなえたら、それで十分だもの。


 「同時優勝でしょうか?」

 「いや、でもそれだと商品どうすんの、こんな子供だましの大会に出たのだって、私商品目当てよ?」


 我ながら俗物ぞくぶつな発言をすると、テティスさんは胡乱うろんな瞳で私をにらんだ。


 「同じエルフなのですから、もう少しエルフとしての気位きぐらいや品格を」

 「あーあー聞こえなーい! 私人族でーっす」


 エルフだからとか、エルフなのにとか。もう耳がタコになるくらい聞き飽きた。

 私は育て親がエルフじゃない以上、種族がエルフでも民族はピサンリ人よ。

 いい加減、私に幻想抱くのめてほしいわ。


 「テティスさん。幻滅げんめつしてもいいからさ、優勝商品だけゆずってくれない?」

 「浅ましい……! 竜殺しドラグスレイブ嬢ともありながら」


 私は少しだけムッとした。

 その二つ名は嫌いだ、分不相応ぶんぶそうおうにすぎる。


 「ひとつ教えてあげる。私はドラゴンを仕留めたとは思っていない」

 「しかし事実ドラゴンの討伐は公的記録として……」

 「あのドラゴンはね……多分若かったわ。必死だったから正直記憶は曖昧あいまいだけど」


 私は当時がむしゃらだった。

 ただ死にたくないと必死で、ドラゴンにあらがった。

 けれど思い返せばドラゴンも必死だったのではないか?

 ドラゴンは人族にも劣らぬ知力があると言うけれど、たかが一匹の若いエルフを相手に命の奪い合いなんて、割に合わないって思わなかったのかしら?

 よりながく生きたドラゴンなら、きっとそんなつまらない相手に命を賭けるなんて、馬鹿らしくてやらないんじゃないか?

 あの頃と違って、もう私は子供じゃない。

 だからこそ分かるのだけれど、大人なら喧嘩を割り切れる。

 あのドラゴンは多分、最初は弱い者をいじめて玩具おもちゃにしたかったんじゃないかな?

 だけど噛み付かれた、その時点でドラゴンは逃げても良かったはず。

 けど竜のプライドがそれを邪魔してしまった。

 その結果、お互いが背中を向けたらられるという強迫観念パラノイアおちいったんじゃないかしら。

 だって、そうでもなければ、死ぬまで戦うなんて、馬鹿がすることだもの。


 それをテティスさんに説明すると、テティスさんは顎に手を当て小さくうつむいた。


 「でも……神話や伝説を除いて、ドラゴンの単独討伐を達成したのはガーネットさんだけ、です」


 しつこい。あんなもの偶然だ。

 偶然……私に幸運ラッキーが降ってきただけ。

 ドラゴンには不幸バッドラックが、それだけの事よ。


 「これより弓術大会はサドンデスに入ります!」


 しばらくすると、数人が顔を合わせ相談していた実行委員にも動きがあった。

 サドンデス、か……まっ、そうなるわよね。


 「こりゃ耐久戦になるかぁー、負けちゃうかも」

 「ご冗談を、負けるつもりはないのでは?」

 「バレたか、気を抜かせて勝つつもりだったのに」

 「姑息こそくな手をイチイチよく思いつきますね」


 そういうテティスさんは、びっくりするほど清廉潔白せいれんけっぱく品行方正ひんこうほうせいね。

 私は自分の実力を理解しているからこそ、勝つための手はなんだって使う。

 テティスさんは私が鉄製の矢を使うことにさえ目くじらを立てるけど、ごのみして命を天秤に載せるつもりは毛頭無いのだ。

 精神的動揺どうようだって、武器になるなら私は使うわよ。

 まぁ、肝心の恋敵本物の強者コールンにはちっとも通用しないけど。

 あの人、怒っているように見せて、全く波風立てないんだもん、そりゃ辺境の剣聖なんて言われるわよね。

 嫌いだけど、私よりきっと強い、そこだけは認める相手だ。


 「はっ!」


 テティスさんの十一射目、その矢も的に突き刺さる。

 まだ真ん中とか、やっぱり強いわ。

 後ろではアーチェさんも固唾かたずを呑んで見守っていた。


 「お二人、頑張れ」

 「応援ありがと、期待にはこたえないとね」


 私はアーチェさんにウインクすると、弓を構えた。

 テティスさんは何が気に入らないのか、りんとした美顔を子供っぽく膨らませていた。

 無視よ無視。私は集中すると矢を放った。

 私の矢も放物線を綺麗に描いて、的の中心を捉える。

 当然、試合は続行だ。


 「私、ガーネットさんを尊敬しています。同じエルフとして冒険者として」

 「幻滅したでしょ、私なんてわがままだし、嫉妬深しっとぶかいし、俗物だったでしょ」

 「ううん。ガーネットさんと初めて冒険した時、私と全然違うけど、あんなに皆の事を考えられて、本物はずっと格好良くて」


 テティスさんは首を横に振る。

 十二射目が放たれると、やはり的の中心を捉えた。

 直ぐに私は十二射目に入る。

 彼女の真顔から返された言葉、くそう。

 まさか反撃貰うなんて思ってなかった。

 恥ずかしくて集中力を欠く、私っておだてに弱い?


 なんとか私は自分の本能に従って矢を放つと、矢はかろうじて中心に刺さった。


 「ふう、運に助けられたかしら」

 

 身体は改めて慣れている。

 それはテティスさんも同じで、きっと目をつむっても撃てるわね。

 だから嫌なのよ、持久戦って。


 止まった的を狙うだけなんて、子供のお遊戯だと思っていた。

 日々魔物を相手にするのを思えば、なんて欠伸あくびの出る大会だろうと。

 けれどこうなるとは思っていなかった。

 負けるのは嫌い、けどこれは負けるかも……。


 十順。二十順。三十順――――。

 サドンデスは永遠と思える程続いていく。

 選手だけでなく、観客たちもこれには悲鳴が出始めていた。

 無理もないわね、今日は快晴が過ぎる。

 それとなく私は兄さんが日射病で倒れないか心配して眺めると、兄さんはサファイアが持った日傘の下にいた。

 ちょっとサファイア、兄さんに引っ付き過ぎよ!

 いけないと思いながらも、嫉妬心を燃やす私は、怒りを矢に乗せて放った。

 矢は的に刺さると、的を真っ二つに叩き割った。


 「あー、これどうなんの?」

 「見事な剛弓ごうきゅうですね。流石です」

 「あんなの全然本気じゃないわよ、本気出したら弦が持たないわ」


 私はあきれながらそう言った。

 普段愛用する大弓なら、的を割るくらい余裕だけど。

 実行委員は慌てて、的を交換する。

 点数は問題なく満点だった。

 つまりサドンデス続行である。


 「ふぅぅ……っ! はっ!」


 テティスさんは大きく息を吐くと、渾身の力で弦を引く。

 放たれた矢は、的の中心を捉えた。

 しかし――テティスさんはもはや玉のような汗でびしょ濡れだった。


 「称賛しょうさんするわ、貴方の方がきっと凄いわ」

 「そ、んな事は、はぁ、はぁ」

 「疲労馬鹿にならないでしょ、エルフって肌が白いから日光に弱いのよね」


 特にテティスさんは内側の血管が透けそうな程白い肌だ。

 深い森で暮らすエルフは、普段日光に晒される事がないから、直射日光には人族よりも弱い。

 私は街暮らしだから、並の森エルフよりは耐性があるわ。

 無慈悲かもしれないけど、天運は私に向いている。


 「その疲労も、ミスするのが先か、それとも倒れるのが先か、でしょ?」

 「っ……諦めません」


 テティスさんのこの集中力は本当に凄いわ。

 忖度そんたくなく彼女は優秀な弓使いよ。

 けれど運ってのはどうしてもある。

 彼女は私より体格も劣れば、スタミナも劣る。

 ただ正確ってだけじゃ、私には勝てない。


 「諦めてくれたら、楽なんだけど――」


 私は淡々と弓を構えた。

 だけどその時――ポツン、私のほおに冷たい何かが流れた。

 雨? それは晴れた日に降る雨だった。

 晴れたように見えて、遠くの雲から雨が降ることがあるらしい。

 その雨は一瞬で、ザアアアと降り出した。


 「……ち」


 私は舌打ちした。

 天運って言ったけど、こりゃ天運に見放された。

 雨は徐々に強くなり、空を曇天どんてんに沈める。

 観客たちがどよめく中、それでも私はそこを動けない。

 猫のごとく待つか? 馬鹿な……そのほうがまずい。

 一か八かでも、やるしかない!


 「ままよ!」


 私は震える手を抑えて弦を引き絞った。

 撃ち放った瞬間、私は嫌な音を聞いてしまう。

 矢はびいいいんと音を立てて飛び、的の端に刺さった。

 私はそっと弓を持つ手を見た、弦が――千切ちぎれた。


 「あーあ」


 私は弓を放り捨てると、自分の運に落胆らくたんした。

 雨は通り雨で、あっという間に空が晴れると、試合は決着だった。


 「優勝はテティス選手!」


 大歓声、びしょ濡れも気にせず観客は立ち上がって拍手した。

 テティスさんはまさかの誤算に目を丸くしながら、しきりに目を回した。


 「勝った、私が?」

 「はい、おめでとう!」


 私はテティスさんの手を取ると、彼女の手を振り上げた。

 勝者は決まった、勝者は勝者らしくしないと。

 テティスさんはまだ現実を掴めていないらしく、戸惑い顔で私を見る。


 「あの……本当に私が、勝ったの?」

 「そうよ、貴方が勝ったの」


 謙虚けんきょって良いことだけど、過ぎると毒よ。

 彼女は実力に加え、運で勝った。

 あーあ、勝てる筈だったんだけどなぁ。

 運が味方しなきゃ、やっぱり勝てやしないか。


 「……私が、ガーネットさんに」

 「あと言いにくいんだけど、貴方……服けてるわよ」


指摘してきすると、テティスさんは雨にれて胸元むなもとが透けている事に気づき、顔をにして胸元を手で隠した。


 「きゃああ!?」

 「あら可愛い悲鳴」


 テティスさんの綺麗な上乳がもろだったわ。

 コールンさんほどじゃないけど、豊かな乳房にはちょっと憧れる。

 美乳よね、羨ましいわー。


 「ガ、ガーネットさん、み、見られましたかね?」

 「エルフ並の視力があるならともかく、見えちゃいないわよ」

 「うぅぅ……もうお嫁さん行けない」

 「んなもの犬に噛まれたって思っときなさいよ」


 見られた位で嫁にいけないとか、やっぱり森エルフは田舎者よね。

 まっ私だって見られたら嫌だけど、それ位で動じちゃ冒険者は務まらないわ。

 冒険者は豪胆タフじゃないとね!

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