第六話 金髪美少女にも悩みがあるみたいなんだが
俺の言葉に、由季は何度も瞬きを繰り返してから、また紅茶を口にする。
「……兄さん。エイプリルフールは、五ヶ月後だけれど」
「いやいやいや、嘘じゃなくて本当なんだよ!」
「本当ですよ〜!」
あわあわとする俺とへレザに、由季は訝しげな表情を浮かべる。
「そうしたら、その魔法とやらを実際に見せてほしいかも」
「まあ、確かにそうなるよな。へレザ、なんかできるか?」
「できますよ〜! では、辺り一帯に強風が巻き起こる魔法を――」
「待て待て待て、ここ店内だから! 急に風吹いたら食器が飛んだりして色々大変なことになるから!」
俺の言葉に、へレザは「確かに!」と頷いた。言われる前に気付いてほしい。
「そうしたら、髪色を変える魔法とかはどうでしょう?」
「ああ、まあそれくらいならちょうどいいかもな……」
「へえ、ぼく一度銀髪にしてみたかったんだよね。お願いできる?」
「いいですよ〜!」
へレザは棒らしきもの(多分魔法の杖)を取り出して、目を閉じる。
〈ロゼリステンに告ぐ、ユキ=カシキの髪を銀に染めよ――〉
言い終えた瞬間に、黒かったはずの由季の髪は、綺麗な銀色に変貌した。
「ほ、ほんとに変わった……!」
「本当? ……ああ、本当だ。これはすごい。本当に魔法使いなんだね」
スマホで自身の髪を確認しながら、由季が微笑む。
「えっへん〜」
胸を張るへレザから、由季へと視線を戻した。
「ところで俺、どうしたらいいと思う? なんかへレザ、俺の家に寝泊まりすることになってるんだけど……」
「ああ、別に泊めてあげたらいいんじゃない? まあ、何か困ったことがあれば言ってよ。そのときは、ぼくも手伝うからさ」
「ありがとう、由季……」
俺は由季(銀髪)を見る。彼女は頬杖をついて、美しく笑っていた。何ていい奴なんだ、我が妹――
「あ、へレザさんのこと、盛って襲っちゃダメだからね?」
「お前はやっぱりそういうことを言う奴だよなあ!」
がっくりする俺に、隣のへレザはきょとんとした顔で、「襲う……もしかしてわたくし、カナメさんに枕投げを挑まれるのでしょうか! 受けて立ちますよ〜!」と口にしていた。やっぱ何もわかってないな、この魔法使い……
◇
俺とへレザは家に帰ってきて、由季から借りた漫画たちを読み耽っていた。
「面白いですね〜、漫画って……」
「いやほんとそうなんだよ、マジで人類の叡智なんだよ……」
ローテーブルの近くに並んで座りながら、そんな会話をする。窓から入り込む夕日が、部屋を寂しげなオレンジ色に染めていた。
「……わたくし、この世界に来てよかったです」
「え、どうしたんだ急に?」
顔を上げると、少しばかり俯いているへレザがいた。
「本当はね、不安だったんです。修行のために異世界に赴くのが、ストルリアンの魔法使いの習わしで。受け入れていたつもりでしたけれど、いざ来てみたら、知っている人なんていなくて、一人ぼっち。
辛いときこそ笑顔って思って、頑張ってにこにこしていたけれど、それでも最初は心細かったんです」
どこか儚い微笑みを浮かべながら、へレザは語る。
「……でも今は、この世界に来てよかったなあって思うんです。カナメさんに出会えて、アサヒさんやユキさんとも色々お話しできて、すごく楽しかったです。心から笑顔になれました。だから、本当に、本当に……」
へレザはそっと、俺の背中に手を回す。抱きしめられたのだと、わかる。
「――ありがとう、カナメさん」
そんな声が、耳元で囁かれた。
すぐに、へレザの身体が離れる。「うわああ、勢いに任せてはぐしちゃいました……! こ、子どもができちゃったらどうしよう……!」と頭を抱えているへレザに、俺はつい吹き出してしまう。
「な、何で笑うんですか〜!」
「いやごめん、面白かったんだよ」
「むう〜」
頬を膨らませるへレザの金色の髪を、俺はそっと撫でる。
桜色の瞳が、俺の姿を閉じ込めていた。
「俺もさ、へレザに出会えてよかったよ。元いた世界に帰る日まで、仲良くしてくれたら……まあ、嬉しいな」
俺の言葉に、へレザは少しだけ口を開いて、それからへらっと笑う。
「えへへ〜、ありがとうございます! わたくしも、カナメさん……いいや、カナメくんと、仲良くしたいです!」
「それは何より」
俺たちは笑い合う。
「あっ、そうだ! お礼に、とっておきの魔法を見せてあげますね!」
「ん、とっておきの……?」
嫌な予感がしたのも既に遅く、へレザは魔法の杖らしきものを取り出して、目を閉じた。
〈ロゼリステンに告ぐ、数多の花を咲かせよ――〉
……部屋中が、花で埋め尽くされた。
めっちゃいい香りの漂う花畑へと変貌した部屋で、へレザはうっとりと微笑む。
「うーん、相変わらず素敵な魔法です。綺麗ですね〜」
俺は立ち上がって、取り敢えずベッドにあった枕を、へレザに向かって軽く投げつけた。
「はっ、カナメくんに襲われています〜! 身の危険です〜!」
「人聞きわっる!」
そんな会話を交わしながら、俺たちは笑い合う。
いや、こんなに大量の花、俺どうすればいいの……?
そんな思いが頭をよぎったが、取り敢えずスルーしておいた。世の中の大抵のことは、頑張ればどうにかなるはずだから! というかそのはずであってくれ!
(完)
異世界から来た純真無垢な金髪美少女が、何故か俺の家に居候することになったんだが 汐海有真(白木犀) @tea_olive
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます