探求都市ソラリス

――探求都市ソラリス



探求都市ソラリスは規模としては中規模に位置する都市である。

共和制を敷いており、市民の中から主だったものが代表者として選ばれ、都市議会を通して法を制定し、それに則って都市の運営などが行われている。


したがって本来は自治都市ソラリスというのが正式名称なのだが、この街はある理由により探求都市の名で広く知られている。


その理由とは即ち最果ての迷宮だ。都市から東に数キロほど進んだ場所に迷宮の入口は存在する。

まるで洞窟のような外見のそれは、まるで巨大な悪魔が大きく口をあけたような不気味さをかもし出しており、事実、多くの冒険者達を飲み込んできた魔窟だ。


だが迷宮が齎すものは危険だけではない。利益もまた大きい。

例えば魔力を溜め込む性質を持つ鉱石、魔鋼石。これは様々な用途につかわれ、都市部の街灯などにも使われている。

他にも魔物の素材などもいまや生活になくてはならないものになっていた。

不可思議な力を秘める魔法の道具、武器、防具。

それに、なによりも外貨だ。

迷宮へ挑む為に大陸の各所から冒険者が訪れ、街へ滞在し、金を落とす。

迷宮とは危険な場所であると同時に、街を維持するためには無くてはならないものだった。


町並みは中世風といえばしっくりくるだろうか。

道は大通りは石畳で舗装されているが、裏通りは土がむき出しになっている

治安の面では人目がある場所ではともかく、夜間などは少々警戒が必要かもしれない。


また、都市内には鍛冶屋、武器防具屋、様々なグレードの宿屋(人気の部屋は馬小屋だ。かつて英雄と呼ばれる冒険者達がよく利用していたらしい)など冒険者にとってかかせない施設が所狭しとひしめいている。


そして何より冒険者達が重宝するのが月の雫とよばれる酒場であった。


月の雫は冒険者達の憩いの場だ。ソラリスには多くの酒場があるが、多くの冒険者達が利用するのがこの月の雫だ。


店内はいつも騒々しく、鎧を着込んだ偉丈夫がエールのジョッキを片手に仲間とおもわれる軽装の男性と軽口をたたきあったり、ローブ姿の男女が新しい魔法の構想を熱く議論しあったりしている。


――だからあの時俺は言ったんだよ、サキュバスなんかとヤるもんじゃねぇってな


――そうじゃない、迷宮に巣食う魔物とは非実体の存在なのだ


――おー、お帰りぃ。あれ?トムの奴は?…そうか…


――4層にいくなら気をつけたほうがいいわね、あそこは今ちょっとヤバいわよ


――そこであたしはババッと飛びのいたってわけ。奇襲を狙ってた屑はあてが外れたってわけ。ざまぁないわね



そんな喧騒の中、カウンターでのんびりとグラスを磨いてる女性が此処のマスター、ステラである。

 ステラは元冒険者とも噂されており、外見から推察される年齢は30前半と言った所だろうか。

 美しい長髪は朝と夕の境目のほんの僅かな間に見れる紫光の色、肢体は成熟した女性の色気を周囲に振りまいていた。

 全身に気怠い雰囲気が漂っているのもかかわらず、だらしない印象は与えない。むしろ髪の色と相まって神秘的な雰囲気を醸し出す。


 分かりやすく言えば、神秘的な美女だ。


必然、周りの男達からのアプローチも激しいものになるのだが、不思議な事に彼女へ無礼を働いた輩は数日後、顔面を蒼白にして彼女へ許しを請うことになる。

彼らに何があったか?ステラは艶然と微笑むだけだし、男達も黙して語らない。

月の雫のマスターに手を出してはならない、というのは少しこなれた冒険者たちにとっての常識である。

性格は気さくなので礼儀さえ弁えれば彼女は非常に良い話し相手になるだろう。

迷宮の情報などもたまに話してくれるので、利益という面でも大きい。


◆◆◆


「やっほー!ステラさん!」


にっこり笑顔でステラへ話しかけたのは猫耳娘。お尻でぶんぶんと振るわれる尻尾は彼女の機嫌の良さを表している。

ワーキャットの斥候。

パメラことパミューラ・ベルガモットだ。


「あら、パメラ。ひさしぶりね。元気にしてたの?」


「うん!アレからちょっと街を出てたんだ~。エトラの村の鍛冶屋に頼んでた短剣を取りにいってたの。ほらみてこれ…どうおもう?」


「とっても…細いわね」


「ほらほら、この溝に毒を流して突き刺すんだよ。絶対やばいってこれ!」


にやにやとした笑顔で短剣を眺めているパメラはとても嬉しそうだ。

パメラの持つ短剣は「翡翠の針」と呼ばれるものであり、柄の内部に毒袋を収納し、その毒を刀身部分の溝へ流し込み、傷つけた相手を毒するというものである。

非常に軽く、パメラのような速度と手数を信条とするものにとっては非常に相性が良い。


「良かったわね。とても似合ってるとおもうわよ」


「そうそう?だよね~♪みてよこの透き通るような緑!いかにも毒ってかんじじゃない?鳥肌立っちゃうなァ~。あ、そうそう、ステラさん、最近なんか変わったこととかあったら教えてよ」


パメラがそう尋ねると、ステラは黙ってグラスを指差した。


「はいはい、じゃあエールで」


苦笑いを浮かべ、パメラは酒を注文する。ここは酒場であり、情報屋ではないので当然の事だ。


「よし、いい子。…変わった事、ね。変わった事、っていうわけではないけれど忠告はあるわ。いい、パメラ。貴女も冒険者だから迷宮にいくことはあるとおもうけれど、必ず仲間を募っていきなさい。どんな浅い階層にいく時もよ。」


ステラがパメラの目をじっと見つめ、真剣な口調で忠告をする。

鬼気迫る、というわけではないが、パメラはステラの様子にどこか異様なものを感じた。


「…ええと…それって今更言う事?」


問うもステラからの答えは返ってこない。ただ、彼女の表情に何か怯えのようなものが過ぎったような気がした。


「分かったと言って。パメラ」


「分かった。これでいい?」


パメラはステラの忠告を素直に聞こうとおもった。

これまでステラから色々な情報を得ているが、そのどれもが自分に有益なものだった。

ステラが警告をするなら、それは聞かねばならないだろう。


「ええ、いい子ね。とってもいい子。迷宮は今余り良くないの。今の所ただの予感でしかないけれど」


そう返すステラの表情はなんだか能面の様にみえて、パメラは軽く身を震わせた。


◆◆◆


キールとカッツは長年コンビを組んでいる冒険者だ。


迷宮内では魔物や罠も脅威だが、同業者達もまた脅威である。

彼らの中には時折、悪辣な企みを持って迷宮に潜むものも居るのだ。。

同じパーティを組む者ですら完全に信用することはできない、それが迷宮の恐ろしさの一つである。


彼らは同じ村の出であり、付き合いはもう10年以上にもおよぶ。

信頼関係は既に構築されており、彼らのように信頼できるものをパートナーとする事は冒険者たちの中でも良く見かけるケースである。


そしてその日も彼らは迷宮に居た。


◆◆◆


―最果ての迷宮B2F―


この階層はコケだらけの階層である。

地層の関係だろうか?地下の水分が集中するようで、階層全体が湿気に覆われている。

そんな階層のとある玄室を、2人の冒険者が床に膝をついて何かを探していた。


1人は戦士としてはやや体格が小柄で、暗い雰囲気のある黒髪の青年だ。


もう1人は線の細い軽装の男性だ。

身長は黒髪の戦士より高く、白銀の髪色に色気のある切れ長の目が印象的な青年だ。


「おうキール!そっちはどうや!」

「ねーっすわ。もう膝痛いっすわー」


妙な口調の男がカッツであり、なんだかやる気がなさそうな口調の男がキールである。

2人は体型も性格も正反対なのだが、なぜか昔から馬が合い、行動を共にしていた。


「かぁーーッ!あかんわ、これを見ぃ!」


カッツが立ち上がり、キールへ向き直る。

6層の亜竜の革から造った見事な革鎧はしかし、床を這い回ったせいで見るも無残な姿に変わり果てていた。

コケ塗れの泥塗れだ。心なしか水が腐ったような匂いまでする。

かつて山羊面の悪魔と相対した際、強烈な勢いで叩きつけられた蹄の一撃を見事防ぎきった代物には到底見えない。


「ははっ、きったな。ちかよらんでくださいや」


「なんやてワレ!」


「ほらほら、さっさとさがしちゃいましょうよ、ボクこんな場所いるのもう嫌っすわ~…」


「せやな」


彼らが今回、この階層に赴いている理由は依頼を受けたからだ。


ある日、冒険者の1人がこの場所で魔物に出遭い、戦闘の最中に大事な指輪を落としたそうだ。

冒険者は手傷を負い、療養をしなければならないため、手の空いている冒険者に指輪探しを頼みたいとのことだった。

指輪は婚約者とのおそろいのものでどうしても見つけたいらしい。

盗賊などに奪われる前に探し出してほしいというのが依頼人からの頼みだった。



ちなみにこの手の依頼は全て月の雫のマスター、ステラへ預けられる。

依頼人には報酬を設定する義務があり、設定した報酬はステラへ渡され、遂行の確認と共に彼女が依頼受領者へ報酬を渡すという形になっている

依頼は酒場の掲示板へ張り出され、希望者がそれを受ける。これは早い者勝ちだ。


月の雫には常にいくつもの依頼が張り出されており、この点もまた冒険者達がこの酒場へ集う理由の一つとなっていた。


「しっかしなー。婚約指輪なんかしてくるとかアホかっちゅうねん。ここは迷宮やぞ、生きるか死ぬかの場所やで。甘い考えしとったら食われるでほんま」


「まぁまぁ、いい話じゃないっすかね。つかカッツさん、1人身だから羨ましいだけなんじゃないっすか?実は」


「そ、そんなことあらへんで!かぁ~、これだからヤリチンはあかんわ。性根がくさっとるわ。」


「はは、ウケる。…む?アレなんすかね。なんか光ってないっすか?ほら、そこのコケの中。うげ…なんか汚そうだなぁ、カッツさんよろしく」


キールが指差すのは部屋のとある一角だ。

カッツはその方向を見て、なにやら光を反射する小さいものがあるのを確認する。

コケはうずたかく積みあがっており、さながらコケの塔といった様子だった。

目的のブツはコケ塔の中腹部にめり込んでいて、それを取り出そうとすればともすれば汚らしい塔が崩れ悲惨な事になりかねない。


「おうおう、このカッツさんに任せとかんかい…ってなんでやねん!お前さんが見つけたんやから自分で取りにいかんかい!」


「はは、ウケる」


まるで緊張感の無い馬鹿げた会話を続ける二人だが、相応の実力を持つ冒険者でもある。

ソラリスでもキールとカッツと言えばやり手の冒険者として知られており、この独特の軽ささえ抜きにすれば現在この街に滞在する冒険者達の中でも10指にはいるとさえ言われている。


結局カッツはキールに言い負かされ、しぶしぶとコケ塔からブツを取ることになってしまった。ブツブツ文句を言いながらもしっかり仕事はしようという辺りがカッツのお人よしっぷりを表しているといえるだろう。


「タンマ、カッツさん。お客さんきましたよ。気配は~…4、5人っすかね。面倒そうだなー空気読めない奴とか好きじゃないんすよねボク…あ、どぞ。カッツさんの斧。ていうか重すぎっすよこれ。ボクのレイピアの何倍あるんすか」


コケ塔に近づくカッツをキールが制し、側壁に立てかけてあった武器をカッツへ手渡した。カッツもそれをきくやいなや、表情を引き締め武器を受け取り、玄室の扉を睨みつける。

その眼光は先程までぐだぐだと管をまいてた男のものだとは到底思えない。

カッツから発せられる雰囲気も剣呑なものになっており、まるでカッツという存在自体が一本の研ぎ澄まされた刀剣の様な気すらしてくる。



気配は玄室の扉の前で止まり、やがて黒い革鎧に身を包み、頭部にはフードを被った怪しい人物が現れた。男の背後からは4名の男女が続いてはいってくる。


先頭のリーダーと思しき者は男か女かも定かではなかったが、その墨をぶちまけたかのような黒い革鎧には奇妙な紋章が刻まれていた。

杖を2本交差させ、そこに蛇が巻きついている意匠、キールとカッツはそれに見覚えがあった。



「てめぇら、マグノリアの黒き乙女か…。何の用や。殺気なんて出しやがってよう………」


カッツが問いただす。

表向き用向きを尋ねてはいるものの、既にカッツの気配には必殺の気配が漂っていた。



マグノリアの黒き乙女とは、ソラリスの西方200キロルに位置する軍事国家ヴァラムを拠点とする傭兵団だ。


団員の数は不明、団長の詳細も不明と分からない尽くしの怪しい集団だが、各国が戦争をする場に時折現れ、敵対する陣営に死を撒き散らしていく事により方々で知られている。


常に黒い噂が付きまとっており、曰く邪教の集団だとか、曰くお尋ね者ばかりが集まった無法者の集団だとか評判は最低だが、それでも彼らの実力については誰しもが渋い顔をしながらも認めざるを得ない。


杖を2本交差させ、そこに蛇が巻きついている意匠はマグノリアの黒き乙女の団旗でもあった。



「…喧嘩売っとるんかい、ワレ。」


ギシィ…とカッツの革鎧が軋みをあげる音が玄室に響く。

膨張しているのだ、筋肉が。

それに伴い彼と相対する者たちは、まるで自分が竜巻の様な自然現象に向かっているのではないかというような脅威を覚えた。


「…おっと落ち着いてください、カッツ殿。私達はあなた方に敵対する意志はありませんとも…。私の名前はベルジェ。マグノリアの黒き乙女、其の3番隊を率いるものです。以後お見知りおきくださいますよう…」


一触即発の雰囲気が流れ始めたとき、ようやく先頭にたつ人物が口を開いた。フードを被っている上、俯いて話すために表情は見えない。

声色は男とも女とも取れるような中世的な声色だ。

口調に敵対の気持ちは混じっていない。

だがカッツはその人物が口を開いたとき、わずかに腐臭のような匂いがしたことに気づいた。



「ふうん、それならいいんすけどね…。じゃあボクらに何の用ですかね?なぁーんか剣呑な雰囲気じゃないっすかぁ~。オタクの後ろの人達、ボクらに殺気ビンビン飛ばしてきてますし」


カッツが暴風の気配を纏うのならば、キールは刃だ。

刃の如き殺気が玄室中に撒き散らされ、ベルジェの背後に立つ四人の団員達は首と体が物別れになる己の骸を幻視した。


キールはかつて、迷宮で盗賊たちに襲われた事がある。その時はたまたま1人で迷宮に行ったのだ。


キールが熱を出した為に、B2Fに植生するという薬草を取りに行った際の出来事だった。


結果から言えば盗賊達は皆殺しにされた。


彼らもこのような生業をする以上、それなりに腕に自信があるものばかりだったはずなのに、他愛もなく彼らは命を散らしてしまった。


運が悪かったのだろう、キールはカッツを親友と考えており、1秒たりとも無駄足を踏みたくなかった。


そんな時に盗賊たちは彼を襲ってしまったのだから、怒り狂ったキールが彼らに一片の慈悲も与えなかったのは至極納得出来る理由である。


盗賊たちは全員首を斬られ、現場を改めた街の衛士団の心胆を寒からしめたという。


首断ちキールとは彼の異名だ。


「ふふふ…先程も申し上げました様にわたしたちは貴方がたと敵対しようなどとは思っておりません。むしろ勧誘しに来たのです。わたしたちの仲間となりませんか?貴方達なら資格は十分にありますとも」


「ははっ、ウケる。勧誘っすか?オタクら、十分すぎるほど戦力があるでしょうに」


「いえいえ…足りません…まだまだ足らないのです。如何に強大といっても彼らだけではねぇ~…」



にたり



表情は見えない。

だがキールは目の前の人物が悍ましくも気味の悪い笑顔を浮かべたように感じた。

思わず手に持つ剣に力が入る。

ここに至りようやくキールは気づく。

目の前の不気味な人物が、自分達を殺せるだけの力を持っている事に。


「ふふ…さて、本日はこの辺にしておきましょうか。顔見せ程度の積もりでしたからね。貴方がたは悪くない。なかなか…良さそうです…それではまた逢いまみえましょう、ふかぁく暗い、地の底で…うふふふフフ」


くるりと背を向け、さっていくベルジェ達にキールとカッツは厳しい視線を向ける。


カッツとキール、2人は同時に同じ気配を感じた。


不吉だ。

不吉の気配。


彼らの感じた不吉の気配はやがて形を成すだろう。

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最果ての迷宮と魂の迷い仔 埴輪庭(はにわば) @takinogawa03

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