【掌編】壊れたオルゴール【1,000字以内】
石矢天
壊れたオルゴール
密林の中で男が息を潜めている。
男は故郷で待つ妻の顔を思い、出征の際に持たされた懐中時計を軍服の上から強く握りしめると、針が動く音が伝わってきた。
まだ死ねない。
折れかけた心を奮い立たせる男の耳元に銃声が響き、全ての音が止まった。
§ § § § § § § §
長い間、人に大切にされたモノには魂が宿るという。
日本では付喪神と呼ばれ、唐傘お化けや提灯お化けあたりが有名どころだ。
厚い雲に空が覆われた、月も星も出ていない暗い夜。とある森に、そんな付喪神たちが集まっていた。
「やあやあ。君は見ない顔だね。新入りかい?」
ひとりで座っていた私に声を掛けてくれたのは、身体がでこぼこと波打っている木の板だった。
しかしよく見ると、でこぼこの山になっている部分がすっかりすり切れてしまっていて平地になっている。
「はじめまして。拝察するに、あなた様は古株なのでしょうか?」
「なんの、なんの。私もちょっと前に加わったばかりさ。古株といったら、あちらの
明治生まれの洗濯板が、古代生まれの雨具を上座に置いて、新入りの世話係ということか。
昭和生まれの私には気の遠くなるような話だ。
「ところで君は……首飾りかな? それにしても前衛的な意匠だね。最近の
悪気なく尋ねる洗濯板の言葉に、私は自分の身体をまるで他の誰かを見るように眺めた。
真鍮で出来た円い身体は、抉られたようにヘコみ、熱で灼けた跡が残っている。
変形した上蓋の隙間から、時計の文字盤と針が覗いているが、動くことはない。
「……懐中時計です。オルゴールがついた。デザインは……名誉の負傷、ですかね」
「おっと、そりゃ失礼。オルゲルというと、音楽が鳴るアレかい?」
「ソレです。でも――」
「へぇ! そいつぁスゲェ! 良かったら聞かせてくれよ」
「――もう、鳴らないんです」
「……そうか。まぁ、ここにいるヤツラは長年使いこまれた道具ばかりだからな。似たモノ同士仲良くやろうや」
洗濯板はバツが悪そうに私の元を離れていった。
――長年使いこまれた道具ばかり。
あの密林で飛んできた銃弾は、私に当たって明後日の方角へ飛んでいった。
私は見事にひしゃげ、音を鳴らすことも、針を動かすことも出来ないゴミになった。
けれども彼はずっと、肌身離さず私を持ち歩いてくれた。子供に、孫に「命の恩人だ」と私を紹介してくれた。天へと昇るそのときまで、ずっと。
【了】
【掌編】壊れたオルゴール【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya
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