第8話

 待ち合わせ場所はいつもの公園。俺は若干駆け足でベンチの前へと向かう。

 ベンチには携帯をいじりながら、足を組んで佇んでる帆奈美ほなみ様。


「すんませんっした」

「おらんかったのぉ」


 こっちに一瞥いちべつすらくれない。携帯を見る目の冷たさたるや、そんで全くの無表情。誰相手にも、いつも5分程度の遅刻をしがちな俺だが、今回は30分近く待たせてしまった。しかも一番遅刻すべきではない相手を待たせてしまった。

 本日の予定、凪桜の誕生日前日に、帆奈美と誕生日プレゼントを買いに行く事になったのである。

 昨日の夜LINE来た時にデートじゃんヒャッホウ! とか思った時の俺を気絶させて、そのまま早起き出来るようにしてやりてぇ……。文庫本読んでたら日を跨ぐ癖どうにかせんとな本当。


「いや本当、最近早起き出来てたから、びっくりしたわー。起きたら待ち合わせ時間10分前ってさー」

「そんな事を聞いてるわけじゃないんだぞ」


 語尾を特別可愛く言ったのを聞けるのだから遅刻しがいがあるというもの……な訳ない。怖い。笑顔が死ぬほど怖い。可愛く言ったのが逆に、怒りに反転したとき落差で死なす為ではないかと思える。これはもう古来からある格式のある謝罪。

 土下座を発動するべき事態では……。

 いや、待て、既に半年前に1度そのカードを使って土下座という重みが足りない気がする。土下座を使い過ぎると、謝罪の気持ちがどんどんと薄くなり、効果を無くす。土下座とは相手の謝罪への耐性を見計らって放つ、切り札的な必殺技みたいなところある。ソースは俺。過言か? 過言だな。

 俺の葛藤をよそに、そのまま帆奈美がしらーっと歩き出したので、急いで横に着いた。


「あの、マック奢るとかそのレベルでどうか何卒。部活の為に天体の本とか買い始めたらお金の余裕が」

「私の30分は和也くんにとって、マックのハンバーガーと同価値なんだね」


 諦観じみた表情のまま冷ややかに笑う帆奈美様。あかん、このままだとサイゼリヤでパーティーを開かれてしまう!! 何とか、何とか上手い言い訳を!!


「ほら! 凪桜なぎさの誕プレ何がいいかって考えてたら、いつの間にか夜遅くなってたんだよ」


 ダメだ。この程度の言い訳では辛味チキンをおかわりされてしまう。詰んだと、空を仰ごうとしたが、その前に視界に入った帆奈美は、ツッコむでも無く、バカにするでも無く、何故か真顔だった。


「ふーん」

「え、んなキャラじゃねぇだろってとこでは?」

「分かんないじゃん。結構人へのプレゼントって考えるもんでしょ…………なら尚更なおさら

「お、おう。そうだな」


 やべぇ、風の音と、声が小さくて途中聞き取れんかったけど、真面目な顔で言ってるし、俺怒られてる立場だし、同意しておいた方がいいな。機嫌損ねないよう同意は大事。女子の言葉は共感待ちって聞いたことあるし。絶対。間違いない。

 完全同意が功を奏したのか、帆奈美はこちらに明るい表情で問いかけた。


「因みにそんだけ悩んだプレゼントとは?」

「……ボウリングの指抜きグローブ」

「なるほど明日がボウリングだから?」

「そうそう」


 我ながら2秒で考えたにしては、中々いいプレゼントを思いついたなぁ。

 ん? え、理解を得られたと思ったら死ぬほど見下したような目になってるんだが。


「絶妙にいらん。私なら苦笑いするよ。もらっても」

「なにぃ!?」

「センスの無さにこちらが驚いているんだが?」


 だからって、そんな生ゴミを見る様な目で見なくても、良く無いですかね?

 実際のところ、そんなに凪桜の事を知らないから、どんだけ時間をかけてプレゼントを考えたところで、大したモノは思い浮かばないだろう。


「帆奈美の欲しいもんならすぐ分かるのになぁ」


 ふと思うまま口にすると、その目がぱちくりと瞬いた。


「へぇー、例えば?」

「1500円を予算として考えたモノでいいのか?」

「んー因みに予算度外視だと?」

「5億円」

「そら誰でも欲しいわ」


 ぷふっと吹き出した姿を見て、安心する。思い返せば2人きりで、しっかり駄弁るの1ヶ月ぶりじゃないか?

 小学校の時はほぼ毎日、中学校の時でも週3はこういう時間があったと思うんだけど。

 やっぱり環境って大事だな。


「ネタ抜きで言うと、チャリ。マウンテンバイク」


 もとより正答である自信があったが、帆奈美が目をまんまるにして驚く。


「うぇ!? 何で分かった!?」

「いや、道行くMTBに視線向けてたら誰でも気づくし」


 苦い笑いが意図せず出て、笑われた当人は滔々と受け答える。


「そんなんで気づくのは、和也くんだけだわ」

「そうか? 帆奈美の生態については一家言

《いっかげん》あるな……いや。なんか生態ってキモいな。違うぞ。感性……欲望?」

「最終的にもっとキモいんですけど?」


 そう言いつつ、嫌悪感の無い呆れ笑いを浮かべているので許された感。

 まぁ、一番知りたい恋愛感情的なのは分からんのですけどね。


「因みに予算1500円以内だと、何買ってくれんの?」

「今はVENUS《ウェヌス》の新曲シングルだろ」

「いやだから何で分かってんの!?」

「これは企業秘密」

「いや、それ隠されるのは普通にキモい。言えし」

「情報源は君のオカンのTwitterだYO!」

「真奈美あの女ァ!」


 母親にあの女って口の悪い子ですこと。基本美味しい料理の画像しかあげてねーけど、たまに帆奈美情報がぽろっと出る時がある。


「つーか私も知らないおかーさんのツイアカなんで知ってるわけ?」

「去年かな? 始めたからフォローしてくれって言われたもん」

「娘のプライバシー……」

「あれ買って、これ買ってって、ねだりまくる帆奈美が悪い」

「ぐっ……そっか。なーんだ」


 観念した様子に、嫌味めいた笑いをすると、帆奈美の足が止まった。


「……あれ? でも自転車はまだお母さんにもお父さん言ってないと思うんだけど」

「だから、それは見てりゃ分かったんだって」

「──ふーん」


 あれ、なんかちょっと嬉しそうか? いつもなら怖えとかきめぇとか飛んでくるところだが。

 不思議に感じている視線を向けると、ニッと笑いかけられて心臓に悪い。


「じゃ、とびきりのプレゼント選び行こうぜー!」

「急に元気だな。ま、いいけど」

「なんせ買い物後にはサイゼリヤ奢りだし」

「えぇ!? やっぱり!? ちょっと待ってくれ!」

「はい、駅着くまで何も聞こえなくなりましたー」

「小学生か!! 頼む! 明日のボウリング代とプレゼント代考えたら詰むから!」

「なに買ったげようかなー。なぎぃに」

「聞いてねぇ!?」


 どうやら、今月早々に小遣いが消滅する事が確定したので、遅刻は良くないなと身に沁みた俺なのでしたまる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命の君、約束の人 TOMOHIRO @tomohiro56

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ