天罰ちゃん

厳島くさり

依頼1 遺産

「はいはーい。どなたですかー?」


「あ、毎度お世話になっております。第四天界第十三区役所超法規」


「キタヌマさんですねー。どうぞー!」


 いつも真面目なキタヌマさん。今日も汗だくで走り回ってるみたい。倒れなきゃいいけど。


「あ、いつも美味しいお茶をすみません。助かります」


「いえいえー。それで、今日はどんな人ですか?」


 頑張ってる人にはご褒美をあげないとね。それに時間も無いだろうから話は素早く。僕って気遣いの出来るいい子!


「はい。こちらが資料になります」


 ふむふむ。遺産目当ての結婚ね。依頼者はお母さんか。息子を甘やかしてたのが仇になっちゃったんだね。


「おっけーです。早速行ってきますね! ごゆっくりー」


「ありがとうございます。お願いします」


 僕は日本へひとっ飛び!

 あそこ、息苦しくてあんまり好きじゃないんだよな。確かキタヌマさんの出身だったかな。いかにもそれっぽいなー。


 っと、忘れないうちにお着替えお着替え。さて、どんな苦痛がいいかな?



*



 もう、いつまで待たせるのよ。

 遺産整理に時間がかかるということで、未だに金が入ってきていない。高級フレンチを味わいながら、アイミは苛立ちを募らせていた。


「口に合わなかったかい?」


「料理はまあまあよ。でもおすすめワインは大外れ。接客はゴミ。全部で三十点ね」


 分厚い肉を口に運ぶ。溢れんばかりの旨みがソースの酸味と見事に融合している。柔らかくほどけたかと思えば弾力もあり、噛む度に芳しい香りが口いっぱいに広がる。アイミは今まで食べた肉の中で一番美味いと思った。


「そうか。ごめんね。これでも頑張って選んだんだけど」


「くちゃくちゃ。あなたは悪くないわ。くちゃお店が悪いの。さあ、食べちゃいましょう」


 強すぎる香水の匂いを店員に注意されていた。アイミは入店早々に不愉快な気分になったが退店はしなかった。夫であるヨシヒコの顔を立てるためと思って我慢した。

 気弱そうに笑うヨシヒコの顔を見ると食欲が減退する。金の為に結婚したとはいえ、小太りで凡庸な顔つきのこの男は、美しい自分には相応しくないと思っていた。


「それで、義兄さんたちとはどうなのよ?」


「そんなにすぐお金の話ばかりしたくないってね。まだあんまり進んでない」


「とろいわね。そんなんだとつけ上がるわよ。さっさと取るもん取りなさい」


 味の分からぬワインを一気に飲み下す。アルコールの香りだけが鼻をついて不快だった。


「こんな店早く出たいわ。それ食べないなら貰うわよ」


 最高の肉を口いっぱいに頬張る。ヨシヒコはその様子を笑顔で見つめていた。


「この後どうする?」


「もう、分かってるでしょ? 今日も沢山可愛がってね。早く子供が欲しいの」


 例のごとくピルは問題なく服用していた。早漏のヨシヒコは持久力だけはあるようで、事に及ぶとなかなか離してはくれない。それでも、股を開くだけで大金が手に入るなら安いものだと思っていた。


「母さんが遺言を残してたならもっと早かったんだけど」


「そうね。でも私との結婚も最後まで反対してたじゃない。そしたらどうなってたか」


 夜の都会を二人で歩く。酒に弱いヨシヒコはおぼつかない足取りでゆっくりと歩いている。アイミはヒールをカツカツと鳴らして颯爽と街を行く。好きでもない男に抱かれる憂鬱さを吹き飛ばしたかった。


「アイミ危ない!」


 似合わぬ叫び声に思わず夫を見る。すぐに世界が消えた。



*



「まだ新婚さんなのに、こんなひどい……」


「犯人を見つけるためなら何でも力になるからな」


「ありがとう二人とも。でもアイミさんは死んでない。僕は諦めないよ」


 兄夫婦が涙を流しながら帰っていく。病室に二人きりになった。


 目が開かない。体も動かせない。これは何?

 何かの機械的な音が聞こえる。視界は闇に包まれている。


「こんなことになるなんて。想像もしなかった」


 ベッドに横たわるアイミの頭をヨシヒコが撫でる。脳死と診断されてもその髪の艶やかさは微塵も失われていない。


「僕は絶対に君を死なせない。死なせるものか」


 何? 何が起こってるの? これは夢? 夢よね?


「家に特製の病室を作ろう。兄さん達も賛成してくれた。お金があって良かったよ」


 分からない分からない分からない


「顔と体は良かったからね。その汚い口だけが閉じられるなんて、僕はなんて幸せ者なんだ」


 何を言ってる。こいつは何を言ってるんだ。


「僕の大切なアイミ。ゴミになるまで、いつまでも愛してあげる」


 青白いおでこに口づけをした。ヨシヒコは椅子に座ると、未来永劫動くことのないその顔をずっと眺めていた。




 ――うしし。成功成功。これだけ喜んでくれれば依頼者も満足だよね。

 車になって突撃は楽でいいなー。今まで何万回もやったから、今じゃどんな怪我をさせるかも自由自在だもんな。僕ってすごい!

 ヨシヒコくんになってみたら欲の塊だったからびっくりしちゃった。僕としては方針が決めやすくていいけど。


 じゃあ戻って報告報告。キタヌマさん、僕製の栄養ドリンク飲んでくれたかな?足りてない栄養は美味しく感じるらしいから大丈夫か。僕と違って定命だもんな。人間って大変だ!

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天罰ちゃん 厳島くさり @kusari5555

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