第2話 出会いは狂乱とともに

「そのテントの周りはだめです!」

 叫び声が聞こえ、直後にドスドスという足音が聞こえてきた。

「そっちは迂回してくださいー!!」

 再び大きな女の声。驚いた友は慌てて寝袋を脱ぎ、テントのジッパーを開け外を見る。そこには昨日のいくらか盛大すぎる宴の跡が見える。はずだった。

 実際に見えたのは、昨日はなかったはずの大きな天幕が、遠くに張られている光景。中世ヨーロッパのものらしく、数十人の騎士たちがその前に並ぶ。足音の主は、そこに突入していくのであろう、100人ほどの戦士たち。テントを挟んで2つの陣営が対峙していた。

 

「すいませーーーん!!」

 審判と書かれた幅広のたすきをかけた女神が、友に声をかける。

「ちょっとここ通路なのでー! あなたは中立なので戦争には巻き込まれません!! とりあえずこのたすきをつけてください!」


 友は何もわからなかった。

 寝て起きたら自分のテントの周りが戦場になっているのは、どう考えても異常だし、目の前の女神はやたら流暢に日本語をしゃべる。

 なにこれ。友は固まっていた。


「大丈夫です! ここは日本ですから!」

 女神は友にたすきを無理やり渡すと、戦士たちとテントの間に立ちふさがる。


 渡されたたすきには、見届人と書かれていた。

「ここは避けてー! 左右に分かれて進んでくださーい!」

 戦士たちは女神の指示に従い、友のテントを避けて進む。

 彼等の装備は、近くから見ると手作りに溢れており、スポンジや柔らかい素材でできていることがわかる。空気で膨らませた棍棒など、相手を倒す気はないらしい。本当の戦争ではないことを悟り、友は少しだけ平静さを取り戻す。


 やがて戦士たちの列がテントの脇を通り抜け、彼等全員が騎士たちと対峙する。

 私行かなきゃ! 審判なので! と女神が声を上げ、早口に言い残した。

「えっと、ここは私達の借りてる区画なんですけど、お姉さんもしかして区画間違えてませんかー?」

 友は女神が指差す地図を見て、首を傾げた。今すぐには確認できないが、自分の区画は間違っていないように思える。そのことを話そうと口を開きかけたとき、女神に畳み込まれた。

「あ、もう大丈夫ですー! ここはもう通る人はいないのでー!」

 目を白黒させている友に、女神はニコニコと話を続ける。

「わたしたちはこのへんで遊んでるんで、見に来てくれるといいかなーって。あと、チャンバラ始まるんで、来るときはそのたすきをつけててくださいー。そうしたら狙われないですー。

 15時過ぎからご飯作り始めるので、せっかくだし、食べてってくださいよ〜。たくさんありますから!

 ね。鏡さん!」


 友は固まっていた。情報が、情報が多すぎる。

「あーそっか、すいません私です〜。異世界再現株式会社の大坪ですよー。あははは。

 私、ウィッグとカラコンで印象がだいぶ変わっちゃうらしくて〜。大歓迎ですから、夕ご飯来てくださいねー」

 女神は騎士と戦士たちが対峙する戦場へと、駆け足で向かっていった。


 友は落ち着こうと試みる。謎を解きほぐしていこう。

 しっかりと靴を履き替えて、テントの周りを一周する。何もなくなっていないようだ。

 服装は昨日の夜のまま、夜は特に冷え込むだろうと、もともと防風素材の山装備の下に、汗で重くならない服を着ている。貴重品にも影響なし。

 昨日の宴のあとは、しっかり消火されて洗い物だけ一所に集めてあった。安心しろ、昨夜の自分はよっていたとはいえ、まともに後始末をしている。このテントは何もおかしくない。

 それでは、おかしいところに手を付けていこう。名探偵でもないのに、両手の指だけをくっつけ、椅子のに座った自分の膝の上に肘を乗せる。

「簡単なことだよ、ワトソン君」

 それだけで謎が解決するわけがない。

 あの女神の格好をした女性は、大坪と名乗った。転職活動でいくつかの会社と面接をしたが、異世界再現株式会社という名前の会社は志望していない。

 スマートフォンで社名を検索してみると、内定をもらった会社のブランド名が、異世界再現株式会社となっている。友はデザイン職で応募し内定をもらったが、確かに新規事業に関わってほしいと言われていた。

 その時の女性面接官が大坪と名乗っていた記憶はある。けれど、黒髪ショートでテキパキした人というイメージだった。かっちりとスーツを着こなしていた彼女が、金髪ウィッグとファンタジックなカラコンをつけただけで、ファニーでチャーミングな女神様になっていた。話し方も間延びしていたし、声のトーンも明るくて、面接の時の毅然としたテキパキした印象とはだいぶ違う。

「新規事業って、これなのかな」

 友はイベント一覧を眺めて最新の情報を探しながら、食器を洗いに水場へ向かった。


 水場には、キャンプ場では見慣れない、海賊や貴婦人の服装をした人たちが、楽しそうに水場を使っていた。村娘みたいな質素な格好をしたトンガリ耳のお姉さんや、チロリアンテープを上手に使ったカントリーな服装の親子連れ、付け髭を垂らした力持ちそうなおじさんも。

 あまりにも自然にその場に存在する彼らと、自分の服装を比べてしまい、友は気恥ずかしさを覚えた。普段はキャンパー同士あまり話さないのだけれど、彼らは少しにぎやかだ。

 服装はともかく、彼らはマナーよく水場を使っており、堂々としている。

 普通の服装をしているはずの自分が、何故気恥ずかしくならなければならないのだろう、友は自問自答しながら手早く洗い物を済ませ、自分のキャンプに戻った。


 友は無意識のうちに、キャンプ場を使うのはキャンプに来る人だけ、と思っていた。しかし、異世界再現株式会社のイベントには、違う目的の人もやってくる。

 普段なら感じることはない、少数派になったときの気持ち。まるで異世界に迷い込んでしまった現代人のように、友は落ち着かない気持ちになっていたのだった。

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異世界再現株式会社 ぺらねこ(゚、 。 7ノ @peraneko

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