サンタの服が赤い理由

棗颯介

サンタの服が赤い理由

 赤はレッドゾーン。危険という意味だ。

 年に一度、子供たちの枕元にプレゼントを届けに行くサンタクロース(通称サンタ)と呼ばれる人物は世界中にいる。目的や構成人数といった詳細こそ世間には知られていないが、聖夜の空をトナカイにソリを引かせて飛び回り、子供たちのいる家にプレゼントを届ける赤い服の老人———サンタクロースという名前だけは世界中に浸透している。

 多くの人々がサンタクロースと言われてイメージするそれは、落ちこぼれのサンタの姿だ。


▼▼▼


「キミ、来年は飛ばなくていいから」

「え」

 北の国で雪が降りはじめ、今年もクリスマスの季節がやってくると人々が期待に胸膨らませていた時期のこと。俺達サンタも今年の聖夜に備えて持ち回りのエリアで子供たちの欲しいプレゼントをチェックし、諸々の手配に追われている中、上司に呼び出された俺は唐突な戦力外通告を受けていた。

「去年も一昨年もその前も、毎年子供に見られてるだろうキミ。子供と親から手紙や電話が毎度来るんだよ。しかも配達にかかる時間も同期の中じゃドベ。おまけに去年なんかソリで飛んでいるときに飛行機と追突事故まで起こしちゃって。あれの火消しのために僕たちがその後の年末年始どれだけ走り回されたと思ってるんだい?」

「………すみません」

 “秘すれば花”、という諺が日本にあったと思う。多くを語らない秘密の中にこそ感動があるという意味だったか。サンタもそうだ。サンタというのは多くを知られてはいけない。夜子供たちが眠っている間に存在を悟らせず枕元にプレゼントを置いていくから、翌朝目が覚めたとき枕元に置いてあるプレゼントを見つけたときの喜びもひとしおというものだろう。毎年のように子供に見つかり、夜明けまでに配達が間に合わず他のサンタに迷惑をかけ、ソリに乗って空を翔ければ事故を起こす自分は、サンタとして落第というわけだ。

 上司の宣告は唐突だったが、そこに至るまでの過程については緩やかだったと思う。今俺が着ている赤いサンタの制服。数年前は真っ黒だったはずなのに。ペナルティを受けるたびに危険信号を意味する黄色へ、そして今年ついに赤色へと変わった。

「まぁそういうわけだから、せめて今年のクリスマスはなるべくトラブルなしの安全運転で迅速丁寧な仕事をお願いするよ」

「はい。………ちなみに今年の働き次第で取り下げては—――」

「ないない」

「あっ、はい」

 子供たちに夢を届けるサンタも、大人には無慈悲なものらしい。


▲▲▲


 そして俺がサンタでいられる最後の聖夜がやって来た。クビこそ宣告されたがやることは今までと変わらない。大きなソリに山のようなプレゼントを詰めた袋を乗せ、相棒のトナカイと一緒に空を翔けて持ち場の町の子供たちに届ける。

 

「なぁストリーク」

「あ?なんだよ」

 茶色い毛並みで背中にだけ白い毛が一本筋のように伸びていることからストリークと名付けた相棒のトナカイ。サンタの自分と同じく子供たちに夢を届けるという役割を与えられたパートナーだが、お世辞にも気性は穏やかとは言えず、何度窘めてもその荒い口調は直ることはなかった。トナカイの躾でも自分は落第生だった。

「いや、お前と一緒に飛べるのも今夜が最後だと思うとな」

「俺は来年も他のサンタと走ることになるだろうから別になんとも思わないけどな」

「毎年配達が遅れるのはお前にも責任があったと思うんだがなぁ」

「俺の足の速さは他のやつらと変わらねぇ。お前がトロいだけだろ」

「だよなぁ」

 相棒にも頭が上がらない。みじめなサンタもいるものだと自分が嫌になった。


***


「あ、サンタさんだ」

「げっ」

 何軒目かの家を訪ね、何事もなくプレゼントを置いて次の子供が待つ家に向かおうとしていた時。立ち去る自分の背にあどけない声がかけられた。それまでベッドで眠っていた子供が目を覚ましてしまったらしい。そしてどうやら見つからないようかけていたつもりの“サンタの魔法”も解けてしまっていたようだ。

 分かってはいつつもどうか自分の聞き間違いであってくれと祈りながら恐る恐る振り返ると、そこにはパッチリと目を開いてベッドの中からこちらを見つめる少年の姿があった。

「………?でも、おじいさんって言うほど歳とってない気がする」

「あー、何を言ってるんだい?私は見ての通りよぼよぼのおじいさんだよ。あー、今日も腰が痛いなぁ」

 イメージを壊さないため、というか人相を隠すために着用が義務付けられている白い付け髭を撫でながらわざとらしく腰をさすってみせるが、少年の目は「そんなのに騙されない」と言わんばかりに懐疑心に満ちていた。

 観念した、という風にわざとらしく両手を挙げて降伏の意を示す。どっちにしろ、俺がサンタでいられるのは今夜が最後なのだ。

「ねぇ、プレゼントは何を持って来てくれたの?」

 少年はベッドから起き上がるとそのまま枕元に置いたプレゼントの箱に手を伸ばし、輪郭をなぞるようにペタペタと触る。

「明日の朝開けてみれば分かるよ」

「僕の欲しいもの?」

「それはもちろん。サンタさんは子供たちの欲しいものをプレゼントするもんだ」

「僕、“欲しいもの”が欲しいんだ」

「んん?どういう意味だい?」

 少年の口から出た言葉の意味が分からず聞き返す。

「欲しいもの、ないんだ。昔からずっと。ただ周りの友達が好きだったり、欲しがれば親が喜んでくれると思うものを欲しがったりしてみるけど、実際に手に入れてみても楽しくなかったりすぐ飽きちゃって。今年のクリスマスのプレゼントもそう。せっかくだから何か欲しいっていう気持ちはあるけど、それが何なのか分からない」

「あー、なるほどなるほど」

 自分の欲しいもの、必要なものが分からない。

 思い返せば子供の頃の自分にも似たような覚えはある。周りが持っている物を羨んだり、季節の節目や記念日には贈り物が欲しいと願いつつも、実際に手に入れてみると掛け違えたボタンのようにどこかしっくりこない。そうやって親にいくつものおもちゃと金を無駄にさせてしまったものだ。結局あれも、自分が真に必要なものが分かっていなかったということなのだろう。

「サンタさん。サンタさんなら僕が欲しいもの分かるんだよね?」

「あー、それは」

 本当のところは分からない。サンタといえど人なんだ。こうして毎年子供たちに届けているプレゼントも誰かから頼まれて持ってきたもの。他人の心なんて見えるはずがない。

 サンタクロースとしてのマニュアルに従うなら、「分かる」と胸を張って答えるべき。サンタというのは子供の夢なのだから。夢を壊してはいけない。今夜限りとはいえ、俺はまだサンタクロースなのだから。

 だから嘘をついた。

「あぁ、もちろん分かるとも」

「本当に!?じゃあ、ここにあるプレゼントの中身って、僕が欲しいものなの?」

「そうだよ。サンタの俺には君が欲しいと思うものは全部お見通しだ」

 まずい。今この少年の枕元に置いてあるプレゼントはこの子の依頼で発注した品のはずだから、彼の言う『欲しいとは思っていないけどなんとなく頼んだもの』が包まれているはずだ。

「わあぁ、じゃあこれ開けてみて—――」

「わー!わー!わー!」

「うわぁ!?な、なに!?」

 少年が目を輝かせてプレゼントの包みを開こうとするのを見て、俺はたまらず大声をあげて静止する。今のでこの家の両親が起きないか肝を冷やしたが、幸い耳を澄ませても返ってくるのは夜の静寂だけだった。

「あー、驚かせてごめんよ?その、あれだ。そう、プレゼントっていうのは朝目が覚めてから開けるものだ。じゃないと大変なことになる」

「大変なこと?」

 少年はきょとんとした表情で首を傾げてみせる。サンタは欲しいものが分かると見栄を張って吐いた小さな嘘に、さらに嘘を塗り重ねることになった。

「羽が生えて飛んでいく」

「羽?羽が生えるの?これ」

「そう。だからベッドで横になって、朝まで眠っているふりをするんだ。朝になればもう羽が飛び出すことはない。完全に君のものになるからね」

 子供を馬鹿にしすぎていると思われても仕方ないくらい下手な嘘だったが、幸いにもこの少年は信じてくれたようだった。

「分かった。朝までベッドでジッとしてる」

「うんうん、ちゃんと頭のてっぺんまで布団を被っておくんだよ。プレゼントになんて気付いてないと言わんばかりに」

「分かった!ありがとうサンタさん!」

 そう言って少年はプレゼントを枕元に戻すと、翻るほどの勢いで布団を捲ってベッドに潜り込んだ。さながら炬燵で丸くなる猫のように。

 今のうちに、と俺が動き出そうとした瞬間だった。

「サンタさん」

 唐突に布団の中から声をかけられ、思わずビクリと身体が震える。

「な、なんだい?」

「来年のクリスマスもよろしくね」

 子供らしい無邪気な言葉だと思った。来年の聖夜もサンタクロースが来ると信じて疑っていない。そしてその希望的観測は正しいが正確ではない。俺が来年も聖夜の空を飛ぶことはないのだから。

 でも、子供の夢を壊してはいけない。

「あぁ、また来年来るよ。メリークリスマス」

 俺は“サンタの魔法”で瞬時に外に出てソリに置いていた包みの中から少年に渡したプレゼントとよく似た包装と大きさのもの(他所の家の子供に贈るはずだったモノだ)を選び、もう一度少年の部屋に戻ると枕元に置かれていたそれとこっそり入れ替えた。


***


「———つまり、ソリに乗っている途中で落としてしまったと」

 聖なる夜が明けた二十五日。今年も滞りなく勤めを終えたと他のサンタたちが安堵の息を漏らしている頃、俺は再び上司のデスクに呼び出されていた。

 昨夜の少年に本来依頼されていたプレゼントとは異なるものを渡した後、俺は本部に配達途中でプレゼントを一つ失くしてしまった、おそらくソリで飛んでいるときにうっかり落としてしまったと連絡を入れた。幸い本部のサンタたちが迅速に手配してくれたおかげですり替えた子供の家にも希望通りのプレゼントを届けることはできたのだが、まぁ失態は失態だ。一応昨日はそれ以外に大きなミスやトラブルは起こしていないにしろ、小言の一つや二つはあって然るべきだろう。

「何か言い訳はあるか?」

「いえ、申し開きのしようもないです」

「はぁ………」

 上司は一つ溜息を挟んで、意外なことを尋ねてきた。

「キミさ、自分が着ている服がどうして赤いのか知ってる?」

「えっ」

 サンタの服は黒、黄色、赤の三種類。最初は皆一律で黒色で、業務でなんらかのペナルティを犯すと黄色、赤の順に変わっていく。それはサンタとして危ういことの証明。そうだと聞いていたが。

「サンタとして不出来な人を示すんじゃないんですか」

「正解。つまりな、仕事を無事にこなせるか危ない奴を上の人間が見逃さないようにするためだよ」

「?」

「キミが昨日子供に見つかってプレゼントをすり替えたってのは全部こっちで把握してるってこと」

「え。あ、あー、そうだったんですかー。あははは、は………」

 この服にそんな機能があったのか。盗聴器の類は付いていなかったと思うが、そういう“魔法”がかけられていたのだろう。

 呆れ顔でじぃっとこちらを見つめる上司に対して、俺はただ愛想笑いを浮かべて乾いた声を溢すことしかできなかった。

「子供に渡すプレゼントすり替えてその上本部に虚偽の報告するなんざ、ただクビになるだけじゃ足りないぞ。分かってるのか」

「———分かってます。覚悟はできてますから」

 俺は懐に仕舞っていた辞表を取り出し上司のデスクに置く。元々昨日で飛ぶのは最後と言われていたから、昨夜の件があろうとなかろうとここで渡すはずだったものだ。

 寄越された辞表を上司は手に取るが、少し思案すると中身を改めることなくその場に戻した。さて、この他に一体何を宣告されるのやら。生まれてこの方裁判沙汰には巻き込まれたこともなかったというのに。

「キミ、明日からトナカイ小屋に行け」

「———は?」

 まさかトナカイになれとでも言うのか。

 そんな俺の邪推を知ってか知らずか上司はニヤリと笑い続ける。

「キミの相棒の、ストリークって言ったか。ちゃんと躾できてないだろあれ。そういうとこから直していけ」

「え、あの」

「ほら、明日からのキミの制服」

 そう言って上司がデスクの引き出しから取り出したのは、過去に俺も着ていた服だった。真っ白なサンタ服。まだトナカイと一緒に仕事ができない、サンタとさえ呼ぶに値しない研修中のサンタが着用するものだ。

「来年は飛ばなくていいとは言ったが、クビだと言った覚えはないぞ。まぁ昨日の件はクビになってもおかしくない事案だったが、上の人らが『能力はともかく素行に問題はない』と判断したらしくてな。褒めてたぞ、キミのこと。『子供の夢を守った』って」

「いや、でも結局俺はいい加減に選んだプレゼントをあの子に渡したわけで。プレゼントの中身を見たら欲しいものじゃなくて今頃泣いたりしてるんじゃ」

「もしそうなってたら、上の人たちもキミにチャンスは与えてない」

「え?」

「まぁせいぜい来年のクリスマスまでには飛べるように頑張れよ。『来年のクリスマスも来る』ってその子と約束したんだろ、サンタさん」

 上司はそれだけ言い残すとデスクにあった辞表を俺に押し付け、大あくびをしながら去っていった。


 世界で最初のサンタクロースを俺は知らない。会ったこともない。どんな人だったのか、そもそも人だったのかも分からない。だからサンタクロースというのは職業サンタである自分にとってもある意味夢のような存在だ。

「なんだ、大人のところにも来てくれるのか。サンタって」

 聖夜の奇跡。サンタクロースは本当にいるのかもしれないと、そう思った。

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