6:★ ◆
出発の夜は、雪になった。
イデアは滑車を付けたUFOに発電機で電力を送り、その円盤を部屋の天井から団地の屋上へと押し出す。それはみゅんみゅんとボクもキミも聞いたことのないような音を立てながら、白く染まり始めた屋上に横たわった。
目の前で、細かな雪のつぶてを受けているのが、ウソみたいに非現実的な眺めだ。
イデアが機体に手をかざす。すると、水面に触れたみたいにその指先はUFOを擦り抜けた。自分に向かって差し伸べられたイデアの手を、キミは掴む。
いつもと同じ制服のまま、キミはUFOに乗り込んだ。
中は意外と広い。そこは風の音や寒さから隔絶された空間で、ただ、夕暮れに似たオレンジ色の光だけが満ち溢れている。
イデアとキミは、設置された棒型のスイッチを間に挟んで、向かい合う。
共にスイッチの先に手と手を重ね、彼女はキミに最後の質問をする。
「本当に、いいんだね?」
かまわない、といつかのようにキミは言う。そんなキミにボクは何か一つくらい文句を言ってやりたいと思う。だけど、舌を噛んだ。
キミとイデアが、スイッチを動かした。
キミはイデアに向かって押して、イデアはそれを受け止める。
その瞬間、周囲がまるでコーヒーカップのようにギュンギュンと音を立てて激しく回転しはじめた。ボクはぎょっとする。
え!? 竹トンボじゃあるまいし、飛ぶってこんな原始的な感じなの!?
呆気にとられる間もなく、ボクはその空間から弾き飛ばされた。衝撃で倒れそうになったが、なんとか足を踏ん張って持ち直す。足。足?
スラックスを穿いた、ボクの足。
ボクはぞっとして、雪に紛れて遠ざかってゆくUFOを夢中で追いかけた。「待って! 置いていかないで!」この野太い声。冷たい雪。身を切るような寒さ。重い体。「こんなところにボクを置いていかないで! ボクはキミがいなくちゃダメなんだ! キミだってボクなしじゃ生きていけないんだから!」
『あなたの望み以外のすべてを捨てていかなくちゃいけないの』
その時、鼓膜にイデアの言葉が蘇る。
望み? キミの望みってなんだ? ここではない遠くの星に行くこと?
遠くの星に行きたいなんて、どうして。
違う。
キミはカレと、ずっと友達でいようとしただけだ。キミが、喉から手が出るほど演じてほしいと望んだ役割を、カレに押し付けないために。
「待って……!」
手の先にある強い光をなんとかして掴もうと屋上の先を目指したボクは、学ランの襟を鷲掴みにされて尻もちをついた。カレだ。
キミが自分の存在を消し飛ばしてでも友達でいようとしたカレは、今夜もキミが廃団地に来るところを見かけたらしい。カレは必死の形相でボクに叫んだ。
「バカヤロウ! やめろ、死ぬ気かよ!!」
「うるさい!」
ボクは腹の底から声を出してカレを怒鳴りつける。ボクの下敷きになったカレの胸を渾身の力を込めて平手でぶっ叩く。頭の奥がぐらぐら煮え立っていた。
「オマエがボクの邪魔をするな! オマエだけは、ボクぁオマエだけは絶対に許さない! ボクはねえ、オマエのことなんて一つも! ひとっかけらも好きじゃないんだよ! むしろ嫌い! 宇宙でいちばんオマエが嫌い! 返して! 早くひとつに戻して! ボクを元通りに直して! オマエにはそれをする義務があります! だって、オマエは、ボクの」
違う。こいつは絶対にボクの友達なんかではない。カレの友達は、キミはもう遠くに行ってしまって、この星に二度と戻っては来ないのだ。
支離滅裂なことを叫び、泣きじゃくるボクを前に、カレは途方に暮れてしまった。
「ご……ごめん、なんだかわかんないけど、ごめんって。頼むから落ち着いてくれよ、悩んでることあるなら、全部ちゃんと聞くから」
カレがボクに触る。
マグマみたいに熱いものが噴き出しかけていた頭を、まるで子供をあやすみたいに撫でた。
「もう、大丈夫だから。
まるでそうすることが当たり前みたいに、あまりにも簡単にボクの名前を呼ぶ。
耳に響くその声が体中を巡る血という血に激しく波紋を立てて、ボクは歯を食いしばり、カレに縋りつくように泣いた。
それが、キミがこの星に置き去りにしたボクの、二度目の産声。
キミの星なるイマジナリー 春Q @haruno_qka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます