茶色の小瓶
「サンプル117が見つかった?」
「し、調べたら鞄の奥の方に……」
所長はユリアをじっと見つめた。
「で、サンプルは?」
「はい、ここに」
ユリアは制服のポケットから小瓶を取り出すと、机の上にそっと置いた。
所長は茶色の小瓶を手に取ると、中の土をじっくりと確認して言った。
「……確かに。今後はくれぐれも無くすようなことがないように」
「……はい!」
所長室の扉を閉めて、ふぅーと息を吐いた。
「……どうだった?」
ドアの外にいたカレンが不安そうに聞いてきた。
ユリアは静かに親指を立てた。
「よかった……」
「……ごめん。ありがとう、カレン」
「まったく。……こっちは、すごく心配したんだからね!」
カレンはユリアの頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「ちょちょちょっ!!……ってか、カレンこそどうして危険を犯してまで私を助けようとしたの?」
ユリアたちのしたことはこの職場にいる限り、いや、普通の人間でさえ許されないことだ。
「……」
「……なによ、早く言ってよ」
「……だってユリアがいなくなったら、寂しいじゃん」
カレンは顔を
それが意外な理由だったので、ユリアは思わず笑ってしまった。
「なっ!ちょっと!そこ笑うことじゃないでしょ!!」
「ふ、ふふ。ははは。ごめん、ごめん」
「……もう!今度私に何かおごってよ‼︎」
むすっとした顔でカレンは言った。
「分かったよ。……すき焼きでどう⁇」
「……許す」
デスクまで向かう2人の足取りは軽かった。
△
「これで良かったんですかねー…」
後から呼び出されたリアムは所長に言った。
「すまない、リアム。現地住民に見つかったなんて嘘までつかせてしまって」
「いいんですよ。なんだか最初はよく分かんなかったですけど」
小瓶を置いて行かせる状況を作り、回収させる——。そのミッションはとりあえず成功した。
「でも、君たちのおかげでこの世界の歴史は守られた……」
小瓶を盗んだ犯人を捕まえるために、自分の発見を取り戻すために、過去に戻って何としてでも捕まえてやろう、それが開発のきっかけとなったらしい——。
「——まぁ、完成したときには結構な歳だったらしくて、結局乗ることは出来なかったようだが……」
小瓶を落としただけ。
起こった出来事はただそれだけ。
ただそれだけなのに、世界は大きく変わる。
「つまり、起こるべきことが起こった、という解釈でいいですか」
「あぁ、そうだ」
今回のことがなければ、今の自分たちはいないだろう——。
「……あ、そうだ、所長」
ドアノブに手をかけてリアムは言った。
「なんだ?」
「5日間の謹慎処分と報告書なんて、ちょっと詰めが甘いです。僕だったら気づきますよ」
「……」
イタズラっぽく笑ってリアムは去っていった。
「うーん、やはりあれは不自然だったか……」
誰もいなくなった部屋で、天井をぼんやりと見つめながら所長はそうぼやいた。
(完)
茶色の小瓶 篠崎 時博 @shinozaki21
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