回収
ネットの記事によれば、ユリアが落とした小瓶は、「日本国立歴史博物館」というところで収蔵、展示されることになっていた。
「えっと……、
「黒星さんね……」
その後もミニリアを通じてカレンと連絡を取っていた。
黒星研究員の小瓶発見後の調査データを探ろうとしたが、ダメだった。文献や調査資料を調べようにも『Not Found』の文字が表示される。
「も~、なんで見つからないの~」
彼女が研究を止めたのならそれでいいが、何が原因で調査が中断されてしまったのかは結局分からないままだった。万が一彼女以外の手に渡ってしまっても大事になりうる可能性がある。
「あっ!」
突然カレンが声を上げた。
「え!?手がかりが見つかった??」
「この人、黒星
「そっちかい……」
「もう、この先のデータが見つからないとしたら、あれだね」
ため息をついてカレンが言った。
「あれ?」
「決まってるでしょ?最終手段よ」
「まさか……」
「この時代に行って瓶を回収するしかない……!」
△
タイムマシンは全部で3タイプ。1-2人用の電話ボックスタイプと7-8人用の小部屋タイプ。そして20人強が乗れるという大部屋タイプだ。
移動できるのは人のみ。それぞれ、現地の調査ポイントである「スポット」に到着する。スポットは毎回決まった場所ではなく、移動時にたまたま人がいない空間に定められる。ユリア達がこの間到着したのは、山の洞窟の中だった。その前は遺跡の裏。
とはいえ、『こちら』からの出発地はいつだって基地の時空センターからだ。
「夜に忍び込んだらセンサーなっちゃうじゃん、すぐにバレない?」
「実は残業申請してある。センター利用目的で」
「そんなの万が一のことが有ればカレンが疑われるよ」
「堂々としている方が疑われにくいわ」
タイムマシンの使用には、所長ならびに調査団の団長の許可が必要だ。それをせずに使用するということは、もはや犯罪である。
センターの入り口で職員用のIDカードを当てる。ピッと音がして扉が解除された。
「入るよ」
カレンのあとに続いてユリアも急いで中に入った。
タイムマシンが置いてある部屋まで行き、早速準備に入る。
「滞在時間は2時間にしとこう。それ以上は怪しまれる」
「分かった」
特殊スーツを装着し、小型マシンの中に入る。内部に設置されたモニターで時代設定を行う。年代は2023.5.11。新聞記事の翌々日だ。
「行くよ!」
カレンが合図する。
「……うん!」
ユリアは返事をして目を閉じた。暫くして目の前が白く光る。そしてブワァっと体が宙に浮いた。
△
目を開けると、そこは狭いスタジオのようだった。
スタジオの外は人の話し声以外に、機械音が鳴りっぱなしで異様に騒がしい。
「コインを入れてね!撮影が始まるよ♪」
やけにトーンの高い女性の声が繰り返し聞こえてくる。
「なんだこれ……」
目の前には人の上半身が映るくらいのモニター。その上に小型カメラが付いている。
「“ぷりくら”っていうやつらしいよ」
ミニリアで調べたカレンが言った。
今回のスポットはこの“ぷりくら”というところだった。
目の前にある画面の左下には「2023.5.11 20:02」と表示されている。
ひとまず、タイムスリップは成功したようだ。
△
“ぷりくら”があったのは、ゲームセンター、通称“ゲーセン”というところだった。
“ぷりくら”の外を覗くと多数のゲーム機が置いてあった。
「わぁ……、っとと!」
カレンがユリアの服の
「ちょっと!服!!」
「ごめん、ごめん……」
スーツのままでは怪しまれるため、ミニリアで調べて、スーツをこの時代の服装に見えるように設定した。ユリアはボーダーのトップスに黒のパンツ、カレンは緑のカーディガンにスキニーという姿になった。
「ちょっと派手じゃない?」
ユリアはカレンの服装を見て言った。
「乗り込む時は黒い服装に変えるから大丈夫」
「……4世紀の服装もあればいいのに」
「そうだね、そうしたらリアムも気づかれずに済んだのにね」
店内のゲーム機は多種多様だった。
「モグラを叩くゲームなんてあるんだ…」
「なんか原始的」
今はわざわざ外に出かけてゲームをするところなんてない。通信機器が発達している上、ゲームは基本バーチャルだし、どこかへ行く必要なんてないのだ。
「あっ!モリオカートだ!この頃からあったなんて……。レトロ〜!」
「ユリア、行くよ……」
物珍しげに見ているユリアを横目に、カレンが呆れながら言った。
「ごめん、なんかつい……」
ゲーセンの外に出る。ファストフード店やショッピングセンター、ドラッグストアなどが並んで建っていて、夜なのにわりと人で賑わっていた。
景色も服装もユリアのいる時代とは違う。
「なんだか不思議……」
「私たちがこの時代に行くことは基本ないもんね」
ミニリアで博物館までの道のりを調べながらカレンが言った。
このあたりの時代のことは大抵調べればすぐに詳細に分かる。ユリアたちが調査するのはそれよりもずっと前の時代で、実際起こったことが事実だったかどうか確認するのが難しい時代だ。
「なんでみんなマスクつけているんだろうね?」
街を歩く人々は、冬でもないのにみなマスクを付けていた。
「感染症が流行ってるみたい。一応着けとく?」
「そうだね」
ミニリアでマスクを着用した。
時計を見るとと移動してから既に15分経過していた。
「時間が無くなっちゃう!急ごう!」
「うん!!」
2人は
△
ゲーセンからおよそ20分、周りが木で囲まれ整備された場所に例の博物館はあった。
この日は休館日だったため、周囲の
ミニリアで館内図を確認し、裏口にまわる。
館内図を確認しながら職員用通路を通り、展示室まで進む。
「すごい……」
展示されていたのは、土器や刀、巻物や宝具など。今はこの殆どを実際に目で見ることはない。大抵が画面越しだ。
「何見とれてんの、置いてくよ!」
「ごめん!」
そして、展示室の前の方、「縄文〜古墳時代」と天井から幕が下がっているコーナーにそれはあった。
「あった〜」
ガラスの中の小瓶。それは間違えなくユリアが落としてしまったものだった。
「しかし、どうやって取り出そう……」
カレンは頭をかいた。
ガラスケースの端には鍵がかかっている。
「なんか細いの無い?」
カレンに聞かれて、ユリアはゴソゴソと鞄の中を探る。
「うーん、安全ピンなら……」
「まぁ、それでいいや」
カレンに安全ピンを渡したそのときだった。
ジリリリリとけたたましい警報音が鳴った。
「「やっば!!」」
2人は顔を見合わせた。
バタバタと
「おい!無いぞ!!」
警備員が照らした先には割れたガラスケース。
その中はもぬけの殻だった。
「人はいたか?」
「いえ……」
「黒星研究員……?」
警備員は同行した黒星に声をかけた。彼女は目を見開きワナワナと体を震わせている。
「く、黒星さん……?」
「あの、くろぼ——」
「どこのどいつじゃああああ!盗んだやつはあああああ――――!!」
黒星の怒りに満ちた叫びは暗い夜の館内に響き渡った。
△
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らして元来た道を戻る。人はポツポツといるものの、殆どの店は閉まっていた。
ゲーセンもすでにシャッターが閉まりかけていた。
「嘘でしょ!?」
「まだ22時にもなってないのに?」
カレンも疑うように言った。
「ちょっと待ってーーー!」
シャッターの向こうに聞こえるように言うと、メガネをかけたムスッとした感じの男が中から出てきた。
「……何?」
「あ、あの、中にちょっと忘れ物を……」
店員は早くしてよ、とブツクサ言いつつも二人を中に入れた。
礼を言って“ぷりくら”まで走って向かう。
「どれだ、どれだ??」
どの機械も似たり寄ったりで、スポットとなった”ぷりくら”を見つけるのは困難だった。
「早くしてくださいよー」
急かすような店員の声が遠くから聞こえた。
「確か、猫の耳をつけたような女の子の写真が大っきくあったような……」
必死に探している中、シャッターの外でバタバタと複数人の足音がした。
「……え?女性2人組??今、確か奥に——」
「あった‼︎」
店内の隅から3番目の機械にスポットを見つけた。
「おい!!逃げたのは知っているんだぞ!!」
博物館で聞いた警備員の声が近づいてくる。
「え、嘘⁉︎ここまで追いかけてきたの⁉︎」
「しぶといわね……」
カレンはチッと舌打ちをした。
ミニリアで時間を確認する。
制限時間まで30秒をきっていた。
9……8……7……6……
「足が見えた!この機械の中だな‼︎」
足音が徐々に近づいてくる。
5……4……3……2……
「観念しろ!!」
警備員は勢いよく撮影ブースを開けた。
「………いない」
「え……?」
店員は警備員のあとに続いて中に入った。
機械の中にも外にも2人の姿はなかった。
「「消えた……?」」
店員と警備員は顔を見合わせた。
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