パーティーから追放される奴は大抵それなり

尾八原ジュージ

うちの剣士が大概やばい件

 仮にも勇者の端くれをやってるオレだが、よく聞く「めちゃくちゃ有能な奴を追放してしまったパーティーがそれ故に壊滅状態に陥る」ってやつの実例となると、少なくとも自分では見たことがない。

 そりゃそういう例が絶対ないとは言わないけど、極めて稀だろう。本当に有能な奴は多少性格に問題があったりしてもあちこちから引っ張りだこだし、そういう奴をうっかり追放すると即他のパーティーに引き抜かれ、仕事をとられたり死にかけたりして苦労することが目に見えている。だから手放されることは滅多にないのだ。まぁそういう話が面白いのは事実なので、聞く機会は多い。噂は知ってるけど実際には見たことがない、いわゆる都市伝説みたいなものだと思っている。

 つまりパーティーから追放される奴には大抵それなりの理由がある――ということで、オレは今からそいつと面談しなければならない。やだなー。

「あの、本当に申し訳ないんだけど……えーとですね、きみを、うちのパーティーから追放することになりました」

 と告げたときの剣士フン・バッテ・ツケタロッカの顔ときたら、控えめに言って鬼のようだった。この男、元々強面なのである。見上げるような長身に筋肉の盛り上がった屈強な体つき、まさに鍛え上げられた強者のそれだ。無論それなりの戦績を上げている。気も強い。こんな奴とこんなときに二人きりになりたくない……と思って適当な酒場に入ったのだが、彼の怒りのオーラに当てられたせいか、陽気だった周囲の空気がガラリと変わった。皆がこっちをちらちら見てくる。

「は? なんでわれが?」

 ツケタロッカは当然納得がいかない。弱いモンスターならこれだけで逃げ出すだろうというくらいのガンをつけてくる。まぁこっちも一応勇者という立場であり、パーティーを統括する役目も帯びているわけだから、ガンつけくらいで引き下がるわけにはいかない。

「あのさ、すげー苦情が来てんだよね」

「それはあれか? うちの女子ふたりからか? チチガ・イーとアシガ・エ=ロイからか?」

「察してんなこれ……まぁ正直そうなんだけど、よそからも色々ね。ちょっとその、きみの戦法がね」

「なんと。納得がいかぬぞ勇者イガイタイネンよ。古来より伝わる究極奥義・フンガデールになんぞ文句があるというのか!?」

「あるよ! ぶっちゃけさぁ、それだけ何とかなんないかな……」

「ならん」

 頑なである。

 正直、追放するには惜しい剣士だとは思う。ツケタロッカは強い。強さと精密性とスピードを兼ね揃え、しかもストイックで鍛錬を怠らない。性格も裏表のない熱血漢で、鬱陶しいという奴もいるがオレは好きだ。が。

「イガイタイネンよ、いいか? フンガデールとは、古代隆盛を極めたフンダス文明の戦士たちによって編み出された武の極致なのだ。ちなみにフンダス文明は今から……」

「フンガデールの説明は今はいいから! いや、お前はすごいやつだと思うよ? ほんと。正直所属してるギルドじゃ一、二を争う剣士じゃないかと思ってる。だって普通に戦ってても十分強いじゃん。その辺の魔物とか全然倒せるじゃん。だからその、フンガデールを使わずとも戦えるのではと」

「我が誇り高き奥義を捨てろと!? やだ!」

「やだ! じゃないの! 封印してくれないと追放しなきゃならないの! もうパーティー内の多数決じゃ勝てないの!」

 あっ。言っちゃった。人間関係が死んでしまった。胃が痛い。

「なんと! 五人中三人以上がすでに追放せよと言っておるのか!? 我は辞めぬぞ!?」

「メンタルつっよ」

「大体フンガデールの何が問題なのだ! 勇者イガイタイネンよ、はっきり申してみよ!」

 ツケタロッカはテーブルをバンと叩き、こちらに身を乗り出してきた。圧がすごい。こうなりゃこっちもやけくそである。

「うーん……じゃあしょうがないから一から言うけども! まずさぁ、戦うときに下半身全部脱ぐとこ!」

 オレが指を折りながらまずそう告げると、ツケタロッカは不思議そうな顔をした。

「必要だから脱ぐのだが?」

「だが? じゃないんだよ! 下着まで全部脱ぐじゃん! あれすごい不評だからね? で、その場にしゃがんでさぁ、その……するじゃない。大きい方を」

「それも必要だからするのだが?」

「揺るぎねぇなぁ! あれ当たり前だけどくっさいんだよ! で、出た奴をさぁ、剣に塗るでしょ!?」

「それこそがフンガデールの奥義である!」

 ツケタロッカは大音声を張り上げた。「自ら穢れを纏うことによって鬼神のごとき力を得られるのがわからんのか!? またその状態の剣で斬られると傷口に雑菌がつき、傷が膿んだりして苦しむことに」

「一応ちゃんと効果があるんだ」

「な。すごくね?」

「すごくねじゃないんだよ。そのブツのついた長剣を振り回したりするとさぁ、飛ぶじゃん! 塗ったやつが! あれが最悪にキツいの! オレにも皆にも脇に避難してる一般人とか建物とかにも飛んできて付着するの!」

 おれは力いっぱい訴えた。

 そう、ツケタロッカの戦闘スタイルは異端すぎる。オレたちとは相いれないのだ。すまない、ツケタロッカ。でもすっごい苦情きてるから無視できないんだ……オレは板挟みとかに弱いんだ……。

「なぁツケタロッカ、オレにだってこれは苦渋の決断なんだ……でも、どうしてもお前がフンガデールを捨てられないっていうなら仕方ない。オレたちとは戦闘スタイルが相容れないってことだ。だからお前を受け入れてくれる他所のパーティーにいくか、いっそ一人でやってくれ」

「ははは、勇者よ片腹痛いな」

 ツケタロッカは太い腕を組んで笑った。「入れてくれるパーティーが他にあるとでも? あと一人はやだ。寂しいから」

「お前えええええ」

「ていうか勇者イガイタイネンよ」

「なんだよ」

「そなたもフンガデールを身につけてはどうか?」

「はぁ!?」

 まさかの勧誘に目が点になった。

「いや、そなたには素質がある」

「ないよ! 冗談じゃないよ……」

「我は決していい加減なことを申しているのではない。そなたはすぐ腹具合がユルユルになるであろうが。そのせいでいざという時にパッとせず、当パーティーは万年雑用専門というかなんというか」

「あっ、その……それは、ハイ。スミマセン……」

 オレは自分のメンタルの弱さを恥じた。ああ、何で聖剣なんか引っこ抜いちゃったんだろ……ていうか引っこ抜けるなよ聖剣、もうちょっと相手を選べよ……。

「まぁまぁ。しかしその腹具合、フンガデールを極めるに当たっては重要な才能となりうるのだ」

「そっか、出なきゃ塗れないからな……でもオレは絶対にやら」

 やらないぞと言いかけたその時、物凄い音と震動が酒場を襲った。壊れた屋根の破片がオレたちの頭上に降り注ぐ。オレはとっさにテーブルの下に潜った。

 誰かが「ドラゴンだ!」と叫んだ。

「ドラゴンだと……!? まさか、こんな街中に!?」

 しかし何と言うことだろう、屋根に空いた大穴からは黒光りするドラゴンの巨大な顔が覗いていた。眼光は鋭く、炎混じりの息を吐いている。どこからか悲鳴が上がった。なぜとか、どこからとか考えている場合ではない。戦わなければ!

 オレは慌てて腰の辺りを探った。が、あるべき聖剣がそこにないことに気づいて愕然とした。酔っ払い共が武器を持って争うのを防ぐため、酒場では入り口で武器を一時預かるのだ。そこまでたどり着けるか!? しかし瓦礫は酒場の玄関付近をすっかり埋めてしまい、辺りは阿鼻叫喚の巷と化している。

「慌てるな、勇者イガイタイネンよ」

 オレの前に大きな影が立ちふさがった。言うまでもない、ツケタロッカである。

「お前、いつの間に……!」

 ツケタロッカはすでに下半身の衣類をすべて取り払い、おまけにいつの間にか茶色いブツを垂れていた。強烈な臭いがオレを襲い、ドラゴンも思わずその鼻先をそむけた。

「フンガデールを極めし者は、その身一つあれば何とでも戦える。そうしたものよ」

 両の拳を茶色く染めたツケタロッカは、ドラゴンを睨みつけながらそう言った。

「でもお前剣士だろ!? 剣がなかったら……」

「こうなれば我が拳は業物を手にしたと同じ! 我が手刀で竜の喉を切り裂いてくれる! イガイタイネン、お前は酒場の人たちを裏口に誘導して逃がせ。お前こそ聖剣がなくては戦えまい」

「ツケタロッカ……」

「勇者イガイタイネンよ、聖剣とは無暗に抜けるものではない。そなたには誰よりも勇者の素質がある」

 ツケタロッカは拳を構えた。「そなたは優しい男だ。強くなければ優しくなれぬ。勇者は強くなければ務まらぬであろう! さぁ!」

「――わかった!」

 オレはテーブルの下から飛び出した。混乱する客や従業員の手を引いて裏口へ導き、けが人に肩を貸し、瓦礫の下から下敷きになった人を救出しようと崩れた壁に手をかけた。そのときである。

 天を切り裂くような咆哮と共に、オレの眼前に突然、黒い巨岩のようなドラゴンの顔が現れた。

「ヒエッ」

 情けない声しか出なかった。武器はなし、おまけにこの至近距離ではもう「死!」としか思えない。そうか、オレは死ぬのか。もう一人でもいいから誰かを助けたかった――

 だが、ドラゴンは再び吼えなかった。

 炎を吹くでもなく、巨大な口を開けてオレを噛み殺すでもなく、地響きと共に地べたにその顎をつけ、倒れた。濛々と土煙が上がった。

 その向こうに、屈強な男のシルエットが見えた。

「ふははは! 逆鱗を抉ってくれたわ! これぞフンガデールの力よ!」

 ぴくりとも動かなくなったドラゴンを踏みつけながら、ツケタロッカが哄笑していた。

 なんてこった。こいつ、素手でドラゴンを倒しやがった……。

「まじかよ、ツケタロッカ……」

「そなたもよくやったな、イガイタイネン」

 ツケタロッカはそう言いながら、オレに向かって手を差し伸べた。むろんその手は茶色いものでコーティングされたままだ。思わずオエッとくるような悪臭が漂ってくる。

 だが、オレはその手を取った。べちょっとしたが、不思議と爽やかな気持ちだった。

「ありがとう、ツケタロッカ」

「なに、大したことではないぞ。わが友よ」

 オレたちは抱擁を交わした。そのときオレは、自分がちょっと漏らしていることに気づいた。大きい方を。


 それがきっかけで吹っ切れたオレは、ツケタロッカからフンガデールを学ぶことになり、古代の戦士たちが編み出した武の極致にたどり着くことができた。すぐ腹を壊す体質も幸いし、オレはフンガデールを実戦に取り入れることに成功した。

 パーティーの成績はみるみるうちに上がった。もう万年雑用係とは言わせない。それどころか国全体で見てもめざましい功績を上げている。


 あっ、他の三人はパーティーから逃げるように脱退しました。仕方ないね。

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