12、最終話 図書室とマリーちゃんと私(後編)

 

 そうして、いずみ小学校と別れを告げ、私は次の学校へ向かった。


 次のみやこ小学校では、図書室の整備もしたがどちらかと言うと研究発表会の資料作りばかりを頼まれ、あまり図書室に常駐することはできなかった。

 図書室の整備よりも、事務補助の要員として雑用を多くこなしたので、実は図書室でのエピソードは少ない。


 とはいえ、そこでも同じ規模の目録のデータベースは完成させた。

 僅かではあるが、人形が絡まない図書室での生徒たちとのお話はあるので、機会があったら語らせてもらいたい。


  *


 そうして、いずみ小学校とみやこ小学校での一年間の仕事は、継続はなく終わった。


 私は、あっけないほど簡単に『先生』でも『司書』でもなく、ただの派遣社員に戻った。


 すぐに次の仕事は見つかったが、残念ながらまた正社員ではなかった。

 データ入力、電話応対、お茶出しと言ったありきたりなデスクワーク。

 そういった職を選んでいると言われればそうなのだが、それほど自分が社交的ではないと思っている私は、いくら正社員の募集があっても販売や営業ができるとは思えなかった。

 いや、嘘のつけない子供たちとあれだけ毎日やり取りをしていたのだから、もしかしたら私は自分が思っているよりもコミュニケーション能力があるのだろうか?


 この契約が切れたら、次は考えてもいいかも知れない。

 職を転々とするとそういう発見もあるようだ。

 

 

 とはいえ、職場が変わることは気を遣うし疲れることだと一年ぶりの転職で実感した。

 久しぶりの大人だけの職場には癒しがない。

 しかも、今度の職場は上司に恵まれず、残業も多かった。

 毎日、いわれのない嫌味にさらされ、帰りも遅い。私の体は半年で悲鳴を上げ、通勤の足は次第に重くなった。

 そういった日々に追われ、私は楽しかったいずみ小学校やみやこ小学校の記憶が少しずつ薄まり、消えて行くのを感じていた。

 

(あれは、特別な仕事だった……)


 私は、思い出して切ないため息を吐く。

 私の人生でのご褒美だったのかもしれない。


 私のなりたかった仕事は、司書か作家だ。

 今となっては、どちらも夢物語。

 でも、一年だけだが司書という夢は叶った。

 作家にはなれなくとも、書くことは好きだから、書き続ければいい。

 

 自分の中で落としどころを見つけてはいるが、それでも今の過酷な仕事が楽しかった記憶を押しやり忘れなければ進めないことがひどく辛かった。


 しかし、私はあの小学校での宝物のような生活を決して忘れたくもなかった。


 どんどんストレスに削られていく記憶をとどめたくて、司書であった何かを残したくて、私は寝る間も惜しみひとつの物語を書くために筆をとった。

 

   *


 マリーちゃんの見守るあの図書室での出会いを思い出しながら書いたのは、子供達のための童話。


 その物語の題名は「マリーちゃんとさゆり先生」


 内容は、放課後の図書室で飛んだり歌ったりといったポルターガイストを起こす、図書室に住む青い目の人形のマリーちゃんとそれをなんとか解決しようとする新米司書のさゆり先生のお話だ。

 図書室の怪談話を怖がる生徒が出てきて、困り果てた司書のさゆり先生は、意を決し人形のマリーちゃんに話しかけると、思いもよらずマリーちゃんが返事をする。

 さゆり先生は驚きながらもそれに対峙し、マリーちゃんのお願いを叶えてあげることで怪現象を解決する。

 図書室に住む人形のマリーちゃんはひそかに本を借りながら、いつまでも生徒たちを見守り続ける……。


 その物語の最後は、こんな言葉で締められている。



『あれからマリーちゃんが動くところを見ませんが、マリーちゃんの貸し出しカードに確実に本の名前が増えているのをさゆり先生はちゃんと知っていました。』



 作中のマリーちゃんは、あのマリーちゃん人形ではあるのだが、私にとってそれは生徒の一人であり、子供たちの象徴でもある。

 そのマリーちゃんの貸し出しカードに本の名前が増えると言うのは、いずみ小学校やみやこ小学校の子供たちがたくさん本を読み続けてくれることを願った言葉だ。


 私はそうなることを、本の力を子供の力を信じている。

 私のやった仕事は、少なくともあの子たちがいる数年は、無駄ではないと思う。

 もっと学校に司書の配置が広がること切に願う。


   *


 私は物語を書くことで、あの場所で働いたあかしを残した。


 自己満足にすぎないが、この物語をネットで公開すると幸い気に入ってくれる人が何人かいた。


 それは、確かに私が司書として働いていたことを認められたようで、仕事のつかれを一時忘れ満たされた。

 


 本来なら、青い目の人形を題材にした場合は、戦争の悲惨さや平和を説くべきなのだろう。

 私もその辺はよく承知している。

 けれど、なぜかそういう話にはしたくなかった。戦争を再び起こさないことは大人の役割だ。それを子供に押し付けたくはなかったのかも知れない。

 それに、私の図書室には本も幽霊も人形も生徒も等しく存在し、争いはなかったからだ。



 私は、その小さな童話を書き記し、また歩き出す。


(残りの契約期間が満了したら、今の仕事は絶対にやめてやる!) 


 私は、想い出の手紙を読み返す。

 いくら上司に嫌がらせをされても、私には私を好きだと言ってくれる生徒やマリーちゃんや味方がいっぱいいるんだから。怖くない。


 私は、愛される人間だ。

 自分を責めるのはよそう。

 明らかに上司が悪い。


 不当な扱いをしてくるのは、たった一人の不機嫌な上司だ。それが世界のすべてではないのだ。


 経験は自信になる。

 物語は勇気を生む。

 


 だから、子供たちにはたくさんの本と出会って欲しい。


 そして、マリーちゃんが、子供たちが、平和で健やかに過ごせることを、この原稿用紙の片隅から強く願う。




 マリーちゃんは、私の代わりに子供たちをいつまでも見守ってくれるだろう。



 

 今までもそうだったように、これからも。





「図書室とマリーちゃんと私」 <完>



* * *


童話「マリーちゃんとさゆり先生」天城らん

作中に出てきた私の書いた童話です。

https://kakuyomu.jp/works/16817330653070803903


* * *


 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

 本編と続編とで、これにて完結です。

 ただ、マリーちゃん人形がからまないエピソードならいくつかありますので、思い出したらここに追加したいと思っています。

 その時は、またお付き合いお願いします。


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【実話】図書室とマリーちゃんと私 天城らん @amagi_ran

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