仔犬を抱く少年兵

詩歩子

第1話 あの夏へ

 夏の宵、私は悲愁に満ちた少年に出会った。


 私が住み街には田舎にしては立派な道路があった。


 そこはあの戦争で使われた特攻機を走らせた、滑走路の跡地を利用したものだという。


 高校に行けなくなった私は今日も家に籠っていた。


 精神的な病状のため、私は退学をさせられそうになっている。


 何度か、閉鎖病棟に入院したし、学校も邪険に扱っていたから私が落ちぶれるのは時間の問題だった。


 


 今日も夕方まで寝てしまい、それでも、高校生として青春を謳歌したかったから、制服を着て、ふらつきながら家を出ると夏の暮れに混じる斜陽が綺麗だった。


 鉄塔に零れる白く、赤く、青く染まった残照の下の地平線にある田畑や草原で歩きながら、路上で同じように悲しげに夕空を見上げている少年に出会った。


 あの少年は特攻服を着ていた。


 まさか、と思いつつ、少年は世界から拒まれた私に気付き、会釈した。



「あなたの名前は?」


 少年は荒木幸雄、と静かに答えた。


 その顔に見覚えがある。


 出撃する前に仔犬を抱いた少年兵の白黒の写真を。


 その悲しい写真を見たとき、私はまだ12歳だった。


 5歳上の少年が特攻で命を散らし、仔犬の行く末を心配しながら空へ飛び立った。


 


 私はあれから大きく失った。


 高校を退学させられ、死にそうになって、こうやって、夕暮れの夏の空を見ている。


 少年の傍らには小さな仔犬が抱えられていた。


 


 ああ、と思った。


 名も無き少年の魂が天から飛来したのかもしれない、と私は思った。


 少年に抱えられた仔犬はつぶらな瞳で星に滲む夕空をゆっくりと見ている。


 少年は何も言わず、ただその平和な、爆撃機も飛ばない夏の空を見ている。


 そうだね、君が願っていたのは、こんな爆弾も飛ばない、夏の空をいつまでも、夕陽を浴びながら見られたことなんだものね。


 死ぬな、という意味なのか。


 夏の夕空、雲の峰が星を連れようと青く、青く、赤く、染まっている。


 


 

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仔犬を抱く少年兵 詩歩子 @hotarubukuro

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