大文字伝子が行く83

クライングフリーマン

大文字伝子が行く83

午前11時。伝子のマンション。

依田が伝子に平伏している。「もういいよ、ヨーダ。物部がぶったんだろ?それでいいじゃないか。ありがとな、物部。」と、伝子は物部に声をかけた。

「ああ。殴る方も痛いってことを忘れてたな。骨折はしていなかったらしい。」と物部は言った。

「先輩。大文字邸に火を点けたのは、青いユニフォームの?」と祥子が尋ねた。

「ああ。藤村警部補の情報屋だった。爆発事故は情報屋がヒントを与えた訳じゃないが、DVDを送ったのは確かだ。レーベルに場所を書いてあった。それぞれの遺品から、催眠術のDVDが見つかり、遺族が送ってくれた。予め、警視庁からDVDを発見次第、見ないで引き渡してくれと打診していて良かった。専門家によると、かなり強い暗示をかけられるらしい。繰り返し見ることも、映像で強調しているらしい。5番目の『シンキチ』のフリーターは、DVDプレイヤーを友人に譲って、DVDの映像は観ずに命拾いをした。100万はすぐに使い果たしたらしい。彼はパチンコ依存症だった。」

「で、区役所に情報漏洩は?先輩。」と今度は慶子が尋ねた。

「あった。ハッキングじゃない。花菱刑事の言う『裏切り者』は、区役所が雇った、那珂国人のバイトだった。かなりの情報漏洩だ。ハッキングよりたちが悪い。副総監からも政府からも人事に厳重注意したそうだ。もう遅いがな。那珂国出身者は公安の監視対象になるらしい。」

伝子の話を聞いていた蘭が、「ねえ、先輩。何故『シンキチ』のキーワードでお名前カードのデータから探したのかしら?」と尋ねた。

「さあな。案外那珂国語では、同じ音で違う意味なのかも?まあ、いいさ。」と、伝子は煎餅を食べながら、「とにかく、新しい闘いは始まった。『ラスボスからの挑戦』で、な。」と言った。

「だから、身辺警護は気をつけろ、って言いたいんですよね、先輩。」と福本が言った。

「はいはい。俺は店があるから帰るぜ。身辺警護しながらな。」と物部は言い、帰って行った。

「俺たちも帰ろうか。」と福本は祥子と依田達を促して、帰って行った。

「おねえちゃま。私も帰るね。お兄ちゃん達が午後から来るって言ってたわ。」と言って、蘭は帰って行った。

午後1時半。南原夫妻がやって来た。そして、服部夫妻も。

「つまり、先輩。敵は日本人の『お人好し』につけ込んだ訳ですか。」「フィッシング詐欺と同じね。見ず知らずの人からのメールや着信履歴にまともに反応すると、悪い奴の餌食になる。」

「南原。やっぱり、お前はいい嫁さんに巡り逢えたな。文子の言う通り。あ。ごめん。つい・・・。」

「ううん。私も祥子ちゃんや慶子ちゃんに見習って、先輩って呼んでいいですか。私のことは呼び捨てにして下さい。」と言う文子に「いいよ。」と、伝子は応えた。

「先輩かあ。確かにパートナーの先輩だから、先輩だわ。私もいいですか、先輩。」とコウも言い出した。「勿論。」

「わあ、コウさんまで。大分馴染んできたね。」と服部は言った。

「馴染んで来たところで、言い難いんだが、実はEITOの理事官から、当面DDメンバーは集会を開かないで欲しい、と言われている。今日来て貰ったのは、これを渡す為だ。学。」

伝子の催促に、高遠は、ガラホと充電器を4人に渡した。

「ガラケー?」と首を傾げる南原に、「ガラホだ。お前達の持っているスマホと、このガラホの組み合わせで、危機に陥った時に役立たせる。」と伝子は説明した。

「危機に?じゃあ、DDバッジはもう要らないんですか?」と服部は言った。

「いや、使い分けするんだ。DDバッジは、位置を含めたデータの危険信号だけど、ガラホは音声信号も送れる。スマホの電波が届かない場所でも、ガラホが使える。ここにインストールしてあるアプリは大文字システムが組み込まれている。」と、高遠が話した。

午後5時半。伝子のガラケーが鳴った。花菱刑事だった。

「大阪の南部さんから、連絡がありました。調査員に推薦してくれたそうで。明日、お昼に退職して、大阪に戻って、南部興信所に挨拶に行きます。実を言うと、わし、警備員は苦手やなあ、と思ってたんですわ。」

「花菱さんの行動力があれば、南部興信所も助かると思います。」「流石、行動隊長さんや。わし、人の声、忘れへん、特技あるんですわ。」エマージェンシーガールズの行動隊長さんは大文字伝子だと花菱刑事は見抜いたらしい。

「じゃあ、推薦して良かった。お見送りにはいけませんので、どうか道中お気を付けて。」「ありがとうございます。おおきに。」

短い挨拶の電話は切れた。横で漏れ聞いていた高遠は言った。「それで、藤村警部補が怪しいと気が付いたのかも。声の波長だけでなく、声の出し方を判別出来るんだね。」

「うん。南部さんに報告しておこう。」

午後7時。高遠と伝子は夕食を採りながら、何となくニュースを見ていた。

「臨時ニュースを申し上げます。今日午後5時頃。麻生島副総理が誘拐されました。副総理は総理官邸から自宅に戻る途中、何者かに拉致され、先ほど警視庁宛てに誘拐犯人からメールでメッセージが届けられました。内容は次の通りです。副総理は預かっている。明日、午後2時。EITOが出動するだろうから、奪還のチャンスを与えてやる。エマージェンシーガールズが来るなら、行動隊長一人で来い。場所はゴールデンテニスコートだ。それと、もう一つ。『越前慎吉』も誘拐した。ただの一般人だ。それも『力尽く』で取り返していい。時間は午後2時。場所は保坂サッカースタジアム。EITOのエマージェンシーガールズ全員で来い。どちらもNew tubeでライブ中継だ。楽しいだろう?『です・パイロットの使い魔』より。繰り返します・・・。」

高遠は、完食した伝子と時分の夕食を片付け始めた。

伝子はEITO用のPCと、久保田管理官のホットライン用のPCを起動させた。

伝子は言った。「今、ニュースで知りました。です・パイロットは次の使い魔を出して来ましたね。」

「枝の一つという訳だ。大文字君にご執心だったな。」と久保田管理官は言った。

「理事官。考えがあるのですが・・・。」

伝子と管理官と理事官の会議は1時間に及んだ。

「学。風呂沸いているか?」「うん。もう入る?それと子作り?で、早寝する?」と高遠が言うと、「いい婿だ。体で褒めてやる。」「やっぱり、お義母さんの影響だ。困った姑さんだ。」と高遠は呟いた。

翌日。午後1時半。ゴールデンテニスコート。センターのネットの端に、副総理が椅子に括り付けられ、ロープで縛られている。その反対側の端、つまり、約12メートル先には台があり、その上の透明ケースの中にはサソリがいた。まるで、テレビの罰ゲームのようだ。少し離れた所にテレビカメラがあり、作動していた。

そして、コートの両側には、銃や機関銃を持ち、待ち構えている男達がいた。

同じ頃。保坂サッカースタジアム。ゴールポストが退けられ、その場所の真ん中に越前慎吉が十字架に括り付けられている。

使い魔は、PKコーナーの位置にカメラをセットし、作動させた。

反対側ゴールポスト側に、男達が並んでいる。その前には、複数のサッカーボール。

使い魔は言った。「さあ、死のサッカーの始まりだ。洗脳された人間は人形そのものだ。その男達は手下じゃない。人形だ。エマージェンシーガールズ。彼らを傷つけず、越前慎吉を救い出してみろ。傷つけたら、サッカーボールの爆弾のスイッチを押す。誰かがキックした時にも爆弾のスイッチが入るかも知れないが。」

カメラの向かい側にいる、エマージェンシーガールズは手が出せないでいた。

同じ頃。伝子のマンション。高遠は中山ひかるからLinenのメッセージを受け取った。「New tubeで犯人のライブ中継が始まった。チャンネルは2つあるよ。」

ひかるの一報を受けた高遠は、草薙の指示でEITO用のPCのモニターであるモニター1にNew tubeを起動させて、EITOの画面はサブ画面にした。継いで、New tubeの『です・パイロット1チャンネル』を表示させた。

更に同じ要領で、モニター2は久保田管理官の部屋をサブ画面にし、New tubeの『です・パイロット2チャンネル』を表示させた。

午後2時。ゴールデンテニスコート。伝子がエマージェンシーガールの格好で現れた。

「きさまがエマージェンシーガールの行動隊長か?」使い魔の手下は言った。

「いかにも。そうは見えないのかな?」と、伝子は応えた。

同じく午後2時。保坂サッカースタジアム。伝子はエマージェンシーガールズを率いて現れた。

使い魔はエマージェンシーガールズに向かって言った。「行動隊長は一歩前へ出ろ。」

伝子は一歩前へ出た。「本当に行動隊長か?」「身分証はない。警察や自衛隊のように階級もない。代表だから、行動隊長と呼ばれている。呼びにくいなら、ナンバー1でもいいぞ。」

「ふざけやがって。」その時、テニスコートにいる手下から、使い魔のスマホに電話が入った。「鳴ってるぞ。出ないのか?」と伝子は挑発した。

ふんと鼻を鳴らし、使い魔は電話に出た。「社長。行動隊長が一人で現れました。」

「なに?」使い魔が伝子を見た時、既に状況は一変していた。MAITOのオスプレイが上空に現れた。伝子達エマージェンシーガールズは、アイマスクだけでなく、所謂ガスマスクを身につけた。

テニスコート。上司の様子に首を傾げた手下は、どこからかテニスボールが飛んできたのを見た。矢は、次々と飛んできて、他の手下の銃や機関銃を落として行った。そして、武器が下に全部落ちる頃、今度はシューターが手下達の腕や足に飛んできた。シューターとは、うろこ形の手裏剣のことである。

サッカースタジアム。MAITOのオスプレイから『こしょう弾』が男達の頭上に落ちた。男達は鼻や喉をやられて、立ち往生した。MAITOのオスプレイはすぐに去った。

1台のジープが現れた。村越警視正は大型扇風機でサッカーボールを端に転がした。

エマージェンシーガールズはシューターやブーメランで男達の武器を跳ね飛ばし、右に左に突進した。

「どうなっているんだ?」使い魔は持っているスマホを持ち直し、手下に話かけたが、応答がない。いつの間にか近くにやって来た伝子がアッパーカットを食らわした。

テニスコート。狐面を被った和服の女。般若面を被ったカウガールの女。能面を被ったワンダーウーマンの格好の女。そして、ヒョウ柄仮面の格好をした女。5人の女達は男達を蹴散らし始めている。

そこへ、ジョーンズが乗った『ホバーバイク』である、EITO所有の通称エアバイが到着した。「アンバサダー。これに。」ジョーンズが叫び、どこかへ去って行った。

「ここは任せろ。お前は向こうに行け!」エマージェンシーガールズの一人が言った。狐面の副島である。

伝子は頷くと、エアバイに乗った。エアバイは3メートル上がって、空中を滑走した。サッカースタジアム。100人はいた、男達は全員仰向けに寝ていた。

なぎさが、越前慎吉のロープを解いた。「もう大丈夫ですよ。」「帰れるのか?女神さん。」と尋ねる慎吉に、「まあ、お上手ね。」と、なぎさは返した。

テニスコート。サソリは副総理の30センチ前まで来ていた。ヒョウ柄仮面の格好をした総子が、副総理のロープを解いた。総子はサソリをペッパーガンで撃って落とした。

「もう大丈夫やで、副総理さん。後ちょっとや。あ。終った。」

サッカースタジアム。エアバイに乗った伝子が到着した。伸びている使い魔に平手打ちをし、伝子は起した。二人の伝子が覗き込んだ。

目を覚ました使い魔は言った。「どっちが行動隊長なんだ?」

問う使い魔に、「私だ。」「いや、私だ。」と二人の伝子は言った。

使い魔は再び失神した。「撤収!」と『本物』の伝子は叫んだ。

サッカースタジアム。ワンダーウーマンの姿の安藤は、カメラのコードをシューターで切った。

テニスコート。エマージェンシーガール姿の金森が、カメラのコードをブーメランで切った。副総理は副島のところにやって来て、礼を言った。

「あなたが行動隊長さんですか?」「いいえ、副総理。さっき飛んでいった人が行動隊長です。」「とにかく、ありがとう。」

久保田警部補が率いる警官隊がやってきて、男達と順次逮捕、トラックに押し込んで連行した。

サッカースタジアム。青山警部補が率いる警官隊がやってきて、使い魔と男を達順次逮捕、トラックに押し込んで連行した。

ボールを確認していた井関と村越警視正がやってきた。「アンバサダー。サッカーボールの爆弾はブラフ、ハッタリだったようだ。リモコンも回収して調べるが、多分おもちゃだろう。」そう言って、去って行った。

愛宕がやって来て、伝子に言った。「先輩、大好きです。」

「くぉらあ!堂々と浮気するな!って、みちる先輩に言われますよ。」と、防毒マスクとアイマスクを外した、あかりが言った。伝子と日向も防毒マスクとアイマスクを取った。

「よくやったな、さやか。完璧な替え玉だった。あ。名前言っちゃった。」「いいえ。それでいいんです、おねえさま。」

「先輩。また、妹が増えたんですね。」と、愛宕が言った。

伝子のマンション。Linenで実況していた高遠に、画面の物部が言った。

「実況ごくろうさん。またな。」

Linenを切った高遠がふと見ると、2つのPCに繋がった、2つのモニターはもう消えていた。時計を見ると、もう5時だった。

高遠のスマホが鳴動した。出ると、伝子だった。「学。夕飯はなんだ?」「まだ、決めてないけど・・・。」「ピザがいいな。」

気配を後ろの方に感じた高遠が振り向くと、ピザを持った、隣の藤井が立っていた。

「藤井さん、超能力者だったの?それとも、藤井さんの格好した伝子?」

―完―


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大文字伝子が行く83 クライングフリーマン @dansan01

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