閑話 ルイーズとカナリア

風の日の翌日の夕方、ルイーズはリリーから辺境伯に状況を報告するための使いとしてリコリアに向かうことになった。

フィリーネが気に病むことの無いように重要な報告なので側近が行うべきと体裁こそ整えられているが内実はもちろん昨日の失言が招いた懲罰である。


次の日の未明リコリアへと到着したルイーズは少しの休憩を取った後、これまでにディアラドで起こった出来事を辺境伯に報告し、リリーに伝達するため辺境伯から現状の共有を受けた。


約二時間ほど、リリーの言伝に従ってなるべく詳細にとはいえ一週間で起こったことを話すにはかなり長い時間をかけて、報告は終了した。

辺境伯が報告の内容、特にフィリーネの行動やセドリック一派の情報収集活動に頭を抱えていたことは言うまでもないが、それは辺境伯に対する忠誠など微塵もないルイーズには関係のないことだ。


執事のヘンリックとともに対策と今後の方針を検討する議論を始めた辺境伯を尻目にルイーズは領主の執務室を後にする。


「あら、ルイーズじゃない。帰ってきていたのね」


城内の廊下をふらふらと歩いていた時、子供のころから聞きなじんだ愛おしい声が聞こえた。

振り返ると、フィリーネとよく似た咲き誇る花束のような容姿と子供のようにも穏やかで高貴な女性のようにも取れる笑顔、ルイーズの敬愛するカナリアがいた。


「・・・カナリア様」

「アルベール様に報告に来たのかしら」

「その通りです。・・・それとリリーより手紙をお預かりしております」

「あらまあ!早く見せてくださる?」


ルイーズは手紙を渡した。カナリアはうきうきした様子で封蝋で閉じられた手紙を開封すると、じっと立ち止まって手紙の中の文字を一心に読んでいる。

ルイーズはカナリアが読む間、カナリアのコロコロ変わる表情と瑠璃色の瞳を見つめていた。


しばらくしてカナリアはおもむろに顔を上げ、にっこりとルイーズに伝える。


「お茶会でもしましょうか」


背筋がすぅと冷たくなるのを感じた。深まった笑みがまた一層凄みを演出していて抗いようなく庭園の東屋に連れていかれた。


「・・・それで?どうしてフィリーネをからかっちゃったりしたの?」

「フィリーネ様があんまりにも美しくて・・・」

「まあ。母としてはうれしい限りね。でも過ぎてはいけないわ。何事もほどほどに、ましてや自分の主君に関わることなんだから」

「・・・返す言葉もありません」


ルイーズはしゅんとしてうつむいた。反論の余地もないというか、勢いだったとはいえ自分自身でもフィリーネに対してやりすぎたと分かっているのだ。

その落ち込みようと言ったら酸味のある食べ物好きのルイーズが特に大好物のザウレのベリーパイに手を付けないほどだ。


「そんなに落ち込まないで。フィリーネだって本気で怒っているわけじゃないわよ。それにリリーだって謹慎はしばらくだって言ってたわ」

「・・・」


カナリアの慰めにも拘らずルイーズは沈黙したままである。いつもなら多少落ち込んでいてもカナリアが慰めればたちどころに元気を取り戻すのにもかかわらずだ。

それくらいルイーズは大事な時期にしでかしたことを重く受け止めている。


「それにね、あなたのその勢いの良さには救われることもあるのよ。今回は悪い方向に行っちゃったけど、しっかり反省して次に生かしましょう?」

「ですが私は・・・あのときもし宮中伯がよからぬことを考えていたら・・・護衛の任務を全うできなかったかもしれないのです」


今回は何事もなかった。けれど勇敢令嬢としてミスランティの精神的な柱でもある彼女は外部から常に狙われる立場なのだ。そんなときに護衛であることを忘れた罪はとても重い。

リリーが今後を考えて報告者という立場をくれたから風波が立たなかったものの、そうでなければ居場所がなくなってもおかしくないのだ。

自分の情けなさに泣きたくなるルイーズを、カナリアは突然にぎゅっと抱きしめた。


「泣いちゃだめ。私のためにかっこいい騎士であってくれるんじゃなかったの?」


それは在りし日の大切な思い出の一幕。ただのルイーズだった彼女をミスランティを支え、大切な人たちを守る騎士にしてくれた約束だ。


叶わぬ思いを心にしまって、そばに立つ代わりに側で守る護衛となることを決めた言葉を思い出して、ルイーズは涙を押しとどめた。


「ありがとうございます。そしてお恥ずかしいところをお見せしましたカナリア様。私は騎士として自分の行いを反省し、貴女から託された愛しい人を守ります」

「そう、その意気よ。あなたの大切な人が託した大切な人をしっかり守って頂戴ね」

「ええ。必ずや」


抱擁を交わしてきたカナリアを受け止めながらルイーズは再び誓った。


「ですが、しばらくは貴女をお守りさせてくださいな。今や私の大切はフィリーネ様も含んでいますから、大切な人の大切な人はカナリア様も同じです」


ルイーズはカナリアの手を取る。ルイーズの麗しい声も相まって舞台の一幕のような空気を醸している。

カナリアは嫉妬しちゃうわと軽く笑って答えた。


「喜んで」

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アルカンシェル~勇敢令嬢と王の懐刀、敵対貴族の恋のはなし~ シルフィア・バレンタイン @marine-mafuyu

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