第5話 禁足地へ
「ふぅ……よし、ここまで来れば取り敢えず大丈夫だ」
リクが額の汗を拭いながら落ち着いた表情で言った。
僕らが来たのは、この建物に連れて来られた時とは反対方向の南側の扉の前だった。恐らく北側は警備が着いているのだろう。こちらにはあまり人が通らないのか、地面にはかなり埃が被っている。
ダンはここで作戦を伝えるのだろうか、そう思った僕は二人が話始める前に一つの疑問を投げかける。
「それで、儀式が早まったっていうのは…?外はまだ静かでしたけど」
「……君たちの入っていた牢の鍵は、父さんの居る村長の館にあるんだけど、僕が着いたときにはもう館はもぬけの殻だったんだ」
「まあ、そのおかげで鍵自体はスムーズに回収できたんだがな」
リクが指で鍵を小さく回しながら言う。
僕とイスカルがなるほどと納得したところで、彼らは顔つきを変えて作戦について話始めた。
「じゃあ、今から計画を話すぞ。ダン、頼んだ」
「うん、既に父さんと親衛団の奴らはベンブルク山の方に向かっているだろうから、とにかく追いつくことが最優先だ」
リクの振りにダンが答える。
「問題なのは、どうやって禁足地の扉を通り抜けるかなんだけど…」
「そうか、あそこは鍵が掛かってたから…」
「ああ、父さんたちも鍵を開けたままにするとは思えない。…だから、あの扉を破壊するんだ」
「ええーっ!?そんなことして大丈夫なの!?」
ダンの強行突破的方法に対してイスカルは驚きの声を上げる。僕も内心では驚愕していた。結構あの扉固そうだったし…、ヤワな武器じゃ壊せないよね?
そんな僕らの考えを知っていたかのように、リクが補足する。
「ナリアを助けるために手段は選んでられないからな、村長共が入ってから時間を空けて扉をこれで壊す」
そう言ってリクが懐から出したのは掌に乗るサイズの爆弾だった。凄い物騒なものを服の中にしまい込んでるんだな…。どうやって手に入れたのかは気になるところだが、まあ今はいいや。
しかし、一つの疑問が浮かんでくる。
「爆弾だと音で気づかれるんじゃないんですか?」
「それは心配ない。もうじき祭りの祝砲の試し打ちが行われるからな。それに紛れて打てばバレやしないさ」
ニヤリとリクは笑う。手段がとんでもないけど、理にかなってるし、成功の可能性も高い。これならあの扉は突破できそうだ。
「その後は父さんたちを後ろから付けて、儀式の祭壇まで行く。そこでナリアを取り返すんだ」
ダンが力強く拳を握りしめて言う。しかし、イスカルは何処か不安そうに手を挙げて言う。
「取り返した後はどうするの?絶対村長さんたちは追いかけてくるよね?」
「全速力で走り抜けて逃げるしかない。最悪、山の中なら木も沢山茂ってるから、逃げ込めばバレないと思う」
「その後は? 村に戻ったら危険じゃないかな?」
完全に敬語が抜けきってしまった彼女は、念を押すようにダンに尋ねる。僕らはこの村の住人ではないからいいけど、彼らは違う。村長たちは必ず村に戻ってくる。
その言葉に、ダンは少し俯きながらも答える。
「…その後は僕らは村を出る」
「え? でもそれじゃあ……」
「その話は後にしろ、説明も終わったんだからさっさと行くぞ」
僕の言葉を遮って、リクがドアを開ける。
そう言われてしまったら、僕はもう黙って着いていくしかなかった。
彼らの決意に、僕が何か言う資格なんて無いのだから。
目指すは禁足地の扉の前。僕ら四人は隠密に村を抜け出したのだった。
◇ ◇
ハッ…ハッ…ハッ…
規則正しく呼吸音が辺りに響く。
思いのほか、村長ベルン達は先に行っているようで、かなり走ってきたが、未だ後ろ姿さえ見えない。
恐らくもうすぐ禁足地の入り口だ。まだ村から大砲の音は聞こえて来ないので問題はないけど、余りにも村長たちと距離が離れていると、もしかしたら儀式が始まる前に間に合わないかもしれない。
走りながらそんなことを考える。
ふと隣を見ると、軽やかに走るイスカルの姿があった。
よく考えたら、僕たち男のペースによくついてこれてるなぁと思う。そういえば彼女は水汲みとかの結構な重労働を一人でやってたんだっけ。
彼女の家でのことがふと思い出される。
「…見えて来たね」
ダンの言葉で気を取り直す。前を見ると、あの時僕らが捕まった場所が見えていた。じゃあ、既に村長たちは山の中って事か。
「…クソ、このままのペースで間に合うか?」
「リクにしては弱気だね」
「…お前には言われたくねえな」
「そうかな?」
二人のそんなやり取りを見ながら走っていると、ふと異変に気が付いた。
それは二人も同じようで、ゆっくりと足取りを止めて近くの物陰に隠れる。
「…あれ、親衛団の奴だ」
「やっぱりか…」
息を整えながら、彼らは言う。
禁足地の入り口には体全体を武装した男が一人、体ほど大きさのある槍を持って見張っていた。村長側もかなり警戒しているみたいだ。
「……だけど、一人なら何とかなりそうですね」
「いや、親衛団を舐めない方がいいよ。彼らは村の中でも精鋭の力を誇る者が集められた集団なんだ。…多分、僕ら全員で向かって勝てるかどうか」
「ええ……そんなに?」
イスカルが少し引いたように言う。そこまで強いとなると、そもそもナリアさんを助けることは出来るのだろうか?そんな疑問も思い浮かぶ。多分最初から正々堂々と向かっていくつもりは無いとは思うけども。
しかし、僕らはなるべく身軽にするために武器は必要以上に持っていない。あるのはリクの爆弾と、ダンの護身用の短剣ぐらいだ。…一応僕も剣は持ってるけど錆びてるし使い物にはならないだろうな。
「まあ、これぐらいは想定内だ。そのための爆弾でもあったからな」
「え、まさかあの人に投げつけるんですか?」
「それしかない、まあ防具も付けてるし流石に死にはしないだろ」
そう言って不敵にリクは笑う。まあ、あれだけ武装している相手なら致命傷にはならないのかもしれないけど…。
「でも、それって扉を壊す用の爆弾なんでしょ?」
「問題ない、扉の破壊と奴の無力化を同時に行えばいい」
「扉ごとあの人を爆破するって事か、リク?」
「あたぼうよ」
ダンは少し気が進まないようだったが、結局心を決めたのか彼に頷いた。
「太陽も大分上がって来たし、もうじき祝砲の音が鳴る筈だ。祝砲は数発打たれるはずだから、扉近くの茂みに隠れて一発目が鳴った後に俺が爆弾を投げ込む」
「分かった、僕らは何をすればいい?」
ダンがそう言うと、リクは至って真面目な表情でこう言った。
「…もし爆弾がアイツに効かなかった時のことも考えて、お前ら三人は俺とは逆側の茂みに隠れてろ」
「それって、リクが…_____」
「ダン、ここまで来て作戦を不意にするつもりか?」
「……ああ、分かったよ」
リクのその決心に、ダンは悔しそうな表情をしながらも渋々頷く。ダンにとってリクもまた大切な人なんだろうな。だから犠牲にしたくはないとは思いつつも、彼の決心に水を差すような真似も躊躇われるんだろう。
彼らにとっては悲しい事態かもしれないが、僕にはそんなやり取りが少し羨ましく感じてしまった。
そんな自分に物寂しさも覚える。
「トレイド、どうしたの?」
「…いや、何でもないよ」
そんな僕の気持ちを感じ取ったのか、僕が変な顔でもしていたのか、イスカルが心配そうに言う。
彼女は…少なくとも今の僕にとっては唯一のそんな存在かもしれない。出会ってそんなに経ってないけども。
「それじゃあ、行くぞ」
「うん……。リク、頼んだぞ」
「俺の腕を信じろよ、一応こう見えて花火屋の息子なんだぜ?」
「…ああ、それもそうだな」
そして僕らは二手に分かれた。静かに茂みへと身を潜め、親衛団員のいる入口へと近づく。
…そう言えば、リクは花火屋の息子だったのか。それなら爆弾を持っていたことも納得だ。
そんなことを考えながら四つん這いで進んでいるうちに、その時はやって来た。
ドーン!!!
まさしく大砲の音が空へと響いた。その音に驚いた鳥たちが、近くから羽ばたいていく。
辺りが一気に騒がしくなったので、きっと僕らが出す音なんてあの人には聞こえていないだろう。多少のヘマはバレなさそうだ。
そう考えて僕らはササっと扉の傍へと近づいた。
そして次の瞬間。向かい側の茂みから、黒い鉄塊が扉めがけて飛び出した!
「なんだ……? っ!!! しまった!!!」
ドッッカ――――――ン
そう親衛団員が言い切るよりも先にその爆弾は爆発した!
その爆風で地面の土が舞い上がり、砂埃が立つ。衝撃で地面が少し揺れる。煙を吸わないように口元を押さえて、扉の状況を見守った。
「やったか……?」
ダンが小さくそう呟く。
煙が、砂埃が晴れて、段々と様子が見えてくる。
「…上手く行ったみたいだ」
「そうみたいですね」
砂煙の向こう側では、扉に大きな穴が開いているのが見えた。これで扉の破壊は成功したわけだ。後は門番の人だけど……
「あ……」
「嘘…」
煙の立ち込める中、依然としてその親衛団員は力強く立っていた。所々防具に損傷は見えるものの、団員本体にはあまりダメージが入っているようには見えなかった。
…これって相当不味いんじゃ?
「あ…リク…っ!」
僕ら三人がどうするか悩んで尻込みする中向かい側の茂みに隠れていたリクは、颯爽と立ち上がり、団員の前にその姿を現した。
「てめぇは…花火屋のせがれ…!!!何しやがる!?」
「何をって…爆弾を投げただけだろ。今ので分からなかったのか?」
「…さてはてめぇだな?儀式を邪魔しようとしている奴ってのは」
「聞かないと分かんねえのかよ、これだから親衛団の奴らは馬鹿ばっかなんだ」
リクは相手を煽るようにそう吐き捨てる。それはまるで時間を稼いでいるようで、僕らに『早く行け』と言わんばかりの行動だった。
「…二人とも、行くよ」
ダンはそんな彼を見て、震えた声で言った。さっきの彼の決心を、彼は頭の中で思い出したんだろう。
それを聞いて、僕とイスカルは小さく頷いた。
「それはこの俺が、親衛団の副長のカジヒ・シトウと分かっての発言か?調子に乗るのもいい加減にしとけよ、てめぇなんてひとひねりだぞ?」
「それならさっさとかかって来いよ、もしかして子供の俺にビビってんのか?」
「なんだと……!?」
リクは巧みにシトウを逆上させる。恐らく今の彼にはリクにしか意識が向いていないだろう。
「…今だ!」
そして僕ら三人はこちらに背中を向けるシトウを横目に、静かに扉の穴を潜っていった。村の方では未だ祝砲の練習が行われているお陰で、僕らの足音は丁度大砲の音にかき消されたようだった。
シトウは僕らに気が付くことは無く、後ろを向いたままだった。
『あとは頼んだ』
そしてその時、一瞬見えたリクの表情はそう僕らに言っているかのようだった。
目指すは儀式の祭壇だ。
僕らはひたすら山を駆け上がっていった。
戦禍の光と解放の剣 @hassan6
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