第2話 2台目 逆転する人生

 やがて7年の時が経ち、虎久もようやく出所することになる。

 しかし前歴を持った彼はどこに行っても採用されず、意中の花子も既に他の人と結婚している。

 実家に戻るも、家族から向けられた軽蔑の目は彼の居心地を悪くして、たった3日で彼は家族と離れて一人暮らしすることにした。

 絶望のどん底に突き落とされた彼は、自棄になって酒に耽る毎日を過ごしていた。


「ったく、なんなんだよ、どいつもこいつも……! たった1度の失敗で、そこまで俺を否定する必要があんのかよ! 花子も他の人に……こんちくしょう!」

 無精ひげを生やしている彼は、今日もコンビニの前で酒を夢中に飲み、自分の境遇と世間の不公平を愚痴る。

「よう、お前さんは最近よくここで飲んでるな。話は聞かせてもらったぜ、お前さんもトラック運転手をやってヘマをしたらしいな?」

 この時、虎久の隣にいる中年の男は彼に話しかける。その男もまた、ボロボロの衣装を着て、片手に缶ビールを持っている。


「そうだけど……あんたは?」

 中年の男は初めて見る顔だが、虎久は何故か不思議に親近感が湧いてくる。話し相手が欲しいのか、彼は警戒する様子もなく、ごく自然に返事をする。

「おれぁ時戸利じこり 真九里まくりってんだ。お前さんと同じ、昔はトラックの運転手をやってたぜ」

「何だその外国人みたいな名前は……まあそれはさておき、あんたもトラックの運転で事故を?」

「ああ、そうさ。つい出所したばかりでな。まあ、妻は子供を連れて家を出てったけどな」

「そうなのか……なんかわりぃな」

 真九里の話を聞いて、虎久は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「いいってことよ。お前さんも色々大変そうだし、お互い様だぜ」

「まあな。それにしてもお互いとんだ災難だったな、まさかたった一度の事故で人生がここまで変わるなんて」

 虎久は運命のいたずらを嘆くが、真九里はそれを聞いて眉間をひそめる。


「事故? いや、そいつは違うな」

「えっ?」

「おれが思うに、これは計画ある行動だ。この記事を読んでみな」

 真九里は胸のポケットから、一枚の新聞の切り抜きを取り出し、それを虎久に渡す。

「なっ……! こ、これは……」

 そのタイトルを見て、虎久は思わず目を見開く。

「『全国各地トラック人身事故相次ぐ 運転手対策強化求める』だってよ。お前さんが事故ってるのは最初じゃねえ。あの時から、このような事件が増え続けてるぜ。東京だけでも千件以上超えてやがる」

「そ、そんなバカな……! 一体何のために?」

「ふんっ、どうせ当たり屋だろうよ。でなきゃわざわざ死に急ぐような馬鹿がいるか」

「当たり屋、か……」

「しかも編集者も編集者だ。『運転手対策強化求める』だぁ? まるでおれらが悪いみたいな書き方じゃねえか! どう考えても通行人の不注意だろうがよ! くそっ……」

 怒り心頭に発する真九里は記事を握り締め、それをもみくちゃに丸める。その悔しそうな表情には、自分の人生を破滅させた通行人への憤怒がこもっているのだろうか。

(何千人もの当たり屋、か……いくらなんでも、さすがに多すぎないか? それに自ら命を投げ出すなんて、リスクが大きすぎる。もっと何かメリットのある動機が……)

 真九里から得た情報を整理し、虎久は思案に沈む。だがいくら考えても、答えが出てこない。

 そしてしばらく経つと、虎久はある意外なところから答えを見つけることになる。


「大人気ラノベ・『転生したら勇者に? ボクの異世界ハーレム人生は止まるところを知らない』、略して『てんゆう』が好評発売中!」

 突如ビルの大きなスクリーンから、大きな音が色鮮やかな映像と共に存在感を放つ。

(ん? 何かのCMか……)

 その音に釣られて、虎久は思わず頭を上げる。

「ある平凡な少年・天正てんせい 雄舎ゆうしゃは、道に歩いていたらトラックに轢かれたけど、目が覚めたら何故か異世界に転生して、チート能力で姫や冒険者や魔物の娘たちにちやほやされる人生を送ることに!」

 一見何の変哲もないただのCMだが、次の瞬間虎久はその内容を見て目を見開く。


「なっ……!? こ、こんなのウソだろう……」

 何故なら、そのラノベの主人公は他の誰でもなく、7年前に虎久が事故で轢いた少年だからだ。そして死んだはずの人間が、今こうして何の不自由もなく勝ち組の人生を送っている。

 だがすぐさま、虎久はとあることに気付く。

(いや、待てよ。これはあくまでフィクションの作品だ。たまたま似たような顔を持ってる人か、あるいは俺が轢き殺した少年の知人が、彼にいい人生を送って欲しいという願いを込めて作った作品かもしれないな。うん、きっとそうに違いない)

 虎久はこうして頭の中で自分に言い聞かせて、納得したかのようにビールの最後の一口を飲み干す。


「おっと、もうこんな時間か。俺そろそろ帰るわ、色々情報ありがとな」

「おう、またな若いの」

 真九里に別れの挨拶をすると、虎久はぶらぶらと家路に就く。

 家に帰った虎久は、机や床に散らばる求人誌を見て、大きな溜め息をつく。


「はあ……どこ行っても採用されないし、これからどうすりゃいいんだ……」

 先の見えない未来を憂え、虎久は体を投げ捨てるようにソファに倒れ込む。

 だがこの時、薄暗い部屋の中にかつてないほどの眩しい光が差し込む。

「な、なんだ……? 明かりにしては随分眩しいな……それに俺はまだ電気のスイッチを押していないのに……」

 突如起きる不可解な現象に、虎久は思わず一連の疑惑を頭の中に巡らせている。

 しばらくすると光は徐々に弱まっていき、一つの玉になって宙に浮かぶ。そこから見えるのは、蛍のような羽根が生えた女の子が空を飛ぶ姿だ。

「羽根が生えた女の子……? 俺は夢でも見ているのか?」

 ただでさえ先ほどのCMが衝撃的だったというのに、再びこのような現実離れしたことを目の当たりにした虎久は、思わず目を疑う。


「いいえ、夢なんかじゃないわ。これは紛れもなく現実よ」

 羽根の生えた少女は、そんな彼の疑いを晴らそうとそう返事した。

「あ、あんたは一体何者なんだ……?」

「そう警戒しないで。ワタシはアナタの味方よ」

「味方……? 一体何のことだ?」

「そうそう、まだ名乗ってなかったわね。ワタシの名前は……そうね、琥珀とでも名乗っておくわ」

「琥珀か。俺は雲点 虎久だ。で、一体何の用だ?」

 琥珀という謎の少女への警戒心を少しだけ解いた虎久は、藁にも縋る思いで彼女に用事を伝えるよう促す。


「全ての真実を伝えるために、ね」

「真実……だと?」

「ええ、そうよ。結論から言っておくわ、アナタはハメられたのよ」 

 突然琥珀から告げられる、信じがたい言葉。それを聞いた虎久は、唖然あぜんとしてしばらく黙り込む。

「ハメられた……? どういうことだ?」

「ふふっ、予想通りの反応ね。さっきアナタが見ていたラノベの主人公の少年は、フィクションではなく実在するのよ」

「何……だと!?」

 琥珀の更なる衝撃的な発言を聞いた虎久は、今まで以上のオーバーリアクションを見せる。しかしそんな彼の反応を余所に、琥珀は話を続ける。


「簡単に説明すると、ここ最近のラノベ、いわゆる『若者向けの小説』は大体平凡な少年はトラックに轢かれて、異世界に転生して第二の人生を歩むのが定番なのよ。最近はこういうのばっかり出てるけど、何故か妙に人気があるのよね」

 もはや風潮ふうちょうとも呼べるこの現象に、琥珀は呆れたように両手を広げ、やれやれと首を横に振る。


「……その影響を受けて真似する人も続出した、ってわけか?」

「話が早くて助かるわ。で、その人たちはこの手のラノベの主人公みたいに、勝ち組としての第二の人生を歩むことになるわ」

「じゃあムショに入れられた俺たちは何だ? ただの踏み台に過ぎないってことか?」

「残念だけど、そういうことになるわね。アナタたちへの謝罪もなければ、無駄に過ぎ去った時間や損失への補償もない。何しろアナタたちトラック運転手は、人を轢き殺した『加害者』なのだから」

 いきどおる虎久に、琥珀は動揺せずに非情な現実を告げる。それを聞いた虎久は、突如怒り心頭に発して机の上に置かれる求人誌を手に取ると乱暴に投げ捨てる。


「……ふざけんじゃねえよ! あいつのワガママのせいで、俺の人生が破滅されてるんだぞ!? 仕事もなくなったし、花子も他の人と結婚したし、おまけに俺は『人殺し』の汚名を背負ってるんだぞ!? なのにあいつは、何の恥ずかしげもなくのうのうと生きてやがる……!」

「ねっ、こんなの不公平だと思わない?」

「あったりめえだろう! できるものならあいつに復讐してやりてえ!」

 琥珀の質問に、虎久は即答する。怒りに燃える二つの瞳は、まるで獲物を狩る虎のようだ。


「その言葉を待ってたわ。ワタシはその願いを叶えるためにここに来たのよ」

「ほ、本当か!?」

「ええ、もちろん本当よ。それじゃワタシと『契約』してもらうわ」

「いいぜ、やってやる! あいつに復讐できるなら、何だってしてやるぜ!」

 念願の復讐を果たせると思い、虎久は後先考えず承諾する。

 彼の口元が緩み、7年ぶりに笑顔を見せた。だが今回は未来に期待を抱く笑顔ではなく、復讐心に染まる恐ろしいものになっている。


「ふふふっ、いい心掛けね。それじゃ行きましょう、『ノイロカース大陸』へ……」

 琥珀は指を鳴らすと、光の渦が二人を包み、部屋から消えてしまう。 

 こうして、虎久の復讐の旅が始まる……

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