第3話 3台目 加速する復讐

 あっという間に光の渦が消えていき、虎久の周りには見たことのない景色が広がる。

 灰色のビルの代わりに、虹色の木や草が町中に溢れる。空には翼の生えたドラゴンや箒に跨がる人が飛んでおり、地上には獣の毛や耳が生えた人間、そして甲冑を装着している兵士が歩いている。

 自分が住んでいる世界では、このような光景を一生目にすることはないだろう。


「ここが……あいつが生きてる『世界』か……」

 今までの認識とはあまりにも懸け離れているためか、虎久は辺りを見渡すと思わず感嘆する。

「ちょっと、感心してる場合じゃないでしょう。アナタの無念、晴らさなくてもいいの?」

 琥珀は呆れた目で虎久を見ながら、彼の使命を忘れさせまいと軽く注意する。

「そ、そうだった……で、あいつはどこだ?」

「彼がこの世界の主役なら、見つけるのはそう難しくないはずよ。ほら、あそこを見て」

 琥珀が指差したのは、歓声を上げている人混みだ。勇者の帰りだからか、彼らは同じく村の入り口を見つめている。


「どけどけー! 勇者様のお通りだぁー!」

 ある大男は振り向くと野太い声を上げ、彼らを窮地きゅうちから救ってくれた救世主の凱旋を告げる。

 そしてその「勇者様」に道を開けるように、さっきまで混雑していた人混みは急に道端に移動し始める。そのため、彼の姿はよく見えるようになり、虎久の目にしっかりと焼き付ける。


 水色のショートヘアに緑色の瞳、女性と見分けが付かないほどの中性的な顔。戦闘服は重苦しい装甲がなく、ほぼ私服と変わらない軽装。 

 髪色こそ事故の時とは違うが、あの顔だけは忘れようがない。

「間違いねえ……あいつだ……! 俺の人生をめちゃくちゃにしやがって……!」

 7年前の記憶が一気に呼び覚まされ、虎久は興奮と怒りのあまりに思わず両手を握り締める。だが次の瞬間の出来事が、彼の怒りを激化させてしまう。


「キャー! かっこいいわ、勇者様ー!」

 黄色い声援と共に現れたのは、数人の人間の女性と魔物娘だ。彼女たちは「勇者様」を取り囲み、愛慕の満ちた眼差しで彼を見つめる。

「あはは、ありがとうみんな」

 そんな「勇者様」も、大勢の女の子に囲まれて、幸せいっぱいの笑顔を浮かべる。

 この一部始終を目撃していた虎久は、既に理性を失い、表情も憤怒によって歪んでいる。


「あの野郎……! こっちは7年間も投獄されて花子と離れ離れになってるのに、あいつは何の罪悪感もなくイチャイチャしやがって……!」

 我を忘れた虎久は、勇者もとい雄舎のいるところへ移動し始める。

「待って。何をするつもり?」

 そんな虎久を見て、琥珀は彼の前に出て止めに入る。

「そんなの当たり前だろう! あいつの胸倉を掴んでボコボコするに決まってんだろうが!」

「気持ちは分かるけど、まずは落ち着きなさい。今の彼はこの世界を救える程の力を持っている勇者なのよ。何もないアナタじゃ、彼に勝つのは至難の技よ。それにヒーロー扱いされてる彼を殴ったら、アナタは間違いなく悪者になるわよ」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ! 俺に無念を晴らせっつったのはあんただろう!」

 怒りの頂点に達した虎久は歯を食い縛るが、琥珀から注意を受けて手も足も出なくなったため、苛立ちが募る一方だ。


「ふふっ、そんなの簡単じゃない。あの時の事故をよく思い出してみなさい。すべての原因は何だったかしら?」

「すべての原因って……もしかしてあのトラックのことか?」

「話が早くて助かるわ。あの時の悲劇を、もう一度同じ手で断ち切るのよ」

「本当か! けどよ、この世界にはトラックなんてあるはずもないだろう?」

 琥珀の急な提案にウズウズする虎久だが、周りには車らしい乗り物がないことに気付いた彼は再び焦りを見せる。

「大丈夫よ。そのためにこのワタシとの『契約』があるじゃない」

「なんだって? そ、それってまさか……!」

「その通り。ワタシと契約することで、アナタの憎しみを大幅に増幅させられ、頭の中で思っているものを実体化させることまでできるのよ。すごいでしょう?」

「すげー、すごすぎるぜ! それならあいつをもう一度この手で……!」

 虎久は早くも琥珀の言葉の意味を知り、頭の中であの時の出来事を何度も再生させる。


(そうだ、あの時のたった一瞬の出来事で、俺の人生が全て変わったんだ……俺が刑務所であんな苦しい思いをしてるのに、てめえがこんなふざけた世界でのうのうとちやほやされやがって……! 許せねえ……!)

 琥珀に煽られた虎久は、その憎しみを胸の中に滾らせ、やがてそれがマグマのように爆発し、赤い光と化して虎久の体を包み込む。

「な、なんだこれは……!?」

「アナタの憎しみの力が、その思いに呼応し始めたわ! さあ、この勢いでもっと憎むのよ!」

「おう、分かった!」

 やっていることは完全に復讐というにもかかわらず、二人はあたかも悪役を倒す熱血系作品の主人公のように張り切っている。

(あの時てめえを轢き殺したことで、俺の罪悪感で毎日いても立ってもいられなかった。だが今のてめえの姿を見て、あの時の自分がバカらしく思えてきたぜ……なんならもう一度、この自慢のトラックで地獄に送ってやるぜ!)

 虎久は更に怒りを募らせ、歯を食い縛る。そしてついに、赤い光が弾けて、一台のトラックが姿を現す。


「本当にトラックが出やがった! しかもこのトラックって……」

 興奮のあまりに、虎久は突然現れたトラックの側に近付き、両手を出して触り始める。

 それもそのはず、何故ならそのトラックは、彼が7年前のあの事故の時に運転したもののとまったく同じだからだ。

「あら、なかなかやるじゃない。あの時のトラックを細部まで再現できたなんて」

「再現? 俺があの時のトラックをここに転移させたわけじゃないのか?」

「違うわよ。これはアナタの憎しみの力で作った、まったくの別物よ。つまり、ここにあるトラックの姿や形は、完全にアナタの意思で出来上がっているわ」

「そ、そういうことなのか……まあいい、今はそれより大事なことが……!」


 虎久はトラックを見ていると、7年前のあの忌々しい記憶が一気に蘇る。血まみれになって倒れた雄舎と、監獄の鉄の檻と、自分の元を去った花子と。

 そしてついに復讐の手立てを見付けた虎久は、恐ろしい笑顔を浮かべる。

「へっ、へへっ……俺のトラックのおかげで第二の人生を歩めて、さぞ幸せだろうよ……だったらもう一度同じ手で、てめえの人生を終わらせてやるよ!」

 7年間運転していなかったにもかかわらず、虎久は慣れた手付きでキーを回してエンジンを起動させ、何も考えずにアクセルを踏んでトラックを移動させ始める。


「死ねええええええー!!! ゆうしゃああああああー!!!」

 理性を失った虎久は、血眼になって雄叫びを上げる。彼の目には、もはや捉えた仇敵えものしか見えていない。

「うわ! 何だありゃ!? 見たことねぇぞ!」

「ものすごい超スピードだ! こっちに来るぜ!」

 もちろんファンタジー世界の住人には、このような得体の知れないものをどう対処すればいいか分かるはずもなく、ただ驚いたり悲鳴を上げたりすることしかできなかった。


「ひぃぃぃ! お助けください勇者様!」

「あ、ああ……あれは……!」

 一部の住人は雄舎に助けを求めるが、当の本人はトラックを見て7年前の記憶を呼び覚ましたのか、恐怖のあまりにその場で固まり、足が竦んでしまう。

「へっ、足が竦んで動けなくなっちまったのか! こりゃ好都合だぜ……さあ、俺の怒りを思い知りやがれぇ!」


 こうしてトラックと雄舎の距離は、少しずつ縮んでいく。

 果たして雄舎は、二度と死ぬ運命が訪れるのか……?

 そして虎久の復讐は、ここで果たされるのか……?

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