第4話 4台目 自省する罪人
「キーーーーーーーーーーーー!」
突如発した、タイヤが
幸いなところに、トラックは雄舎を轢くことなく、ギリギリのところまで止まっている。
「はぁ……はぁ……」
死神とすれ違った雄舎は、未だに恐怖から立ち直れず、ただ目の前に止まっているトラックをじっと見詰めている。そしてフロントガラス越しに見える、虎久の顔も。
一方虎久の方も頭を俯いて、何やら考え込んでいるようだ。
(何やってんだ俺は……? これじゃまるで殺人鬼みたいじゃねえか……! 確かにあのガキのせいで俺の人生は台無しにされたけど、だからと言って人を勝手に殺していい理由にはならねえだろう……!)
息切れをしている虎久は両手をハンドルから離すと、自分の手のひらを見詰めている。その頬には数え切れないほどの冷や汗が流れ、瞳が安定せずに揺れている。
7年間の因縁を持つ相手にもかかわらず、虎久は新たな過ちを犯す一歩手前で踏み止まった。どうやら彼は、まだ人間としての良知を捨てていないようだ。
「そうだ、あいつはどうなった?」
我に返った虎久は、急いでトラックを降りて、雄舎の様子を確認する。
迫り来るトラックで放心状態になった雄舎は、ぽかんとしている。今までの勇者としての勇ましい姿はどこへやら。
虎久はやれやれと首を横に振ると、勢いよくトラックのドアを閉めて、雄舎に声をかける。
「おい、俺のことが覚えてるか?」
「えっ? あ、貴方はあの時の……!」
やはり雄舎もあの時のことを覚えているのか、彼は虎久の顔を見た途端に目を見開き、驚きの声を上げてしまう。
「ほう、まさか俺のことを覚えてるとはな、こいつは驚いたぜ。んで、何か言うことがあるんじゃねえか?」
既に虎久の脳内で、何パターンもの結果が巡っている。普通の謝罪や命乞いから、果ては開き直りや仲間を呼んでくることも……
そう思った虎久は、雄舎からの反撃を警戒して拳を握り締め、険しい目付きで睨み付ける。
しかし雄舎が取った行動は、彼の予想から大きく外れるものだった。
「ありがとうございました!」
「はぁ?」
大きくお辞儀する雄舎に、虎久は疑惑の顔色を浮かべる。
「貴方はあの時、僕を轢いたトラックの運転手さんでしたよね?」
「ああ、そうだが」
雄舎は確認するように、虎久に質問する。そして確信を得た瞬間、雄舎は無邪気な笑顔を浮かべる。
「ああ、やっぱりそうだったんですね! まさかここで会えるなんて、なんてお礼を言ったらいいでしょうか……!」
勇者であるはずの雄舎が、救世主でも見たかのように両目を輝かせて、尊敬の眼差しを向ける。この異様な光景を見た村人たちは、顔を見合わせている。
しかしそんな雄舎の笑顔は、虎久にとってはこの上なく不快なものでしかなかった。
「調子に乗ってんじゃねえぞ、このクソガキ! てめえのせいで俺の人生がどんなに狂わされたか分かってんのか!」
怒り心頭に発した虎久は、勢いに任せて雄舎の胸倉を掴む。
「おい、勇者様に何をするつもりだ!」
雄舎を尊敬する村人たちは、そんな虎久の暴行を見過ごすわけがなく、武器を手に取って反撃を図る。
「いいんです。この人が怒るのも、きっと何か深い事情があるはずです。多分の僕が引き起こした事故のせいで、この人の人生がめちゃくちゃになったんです。とりあえず話を聞きましょう」
冷静になった雄舎は手を出して村人たちを制止し、虎久の言い分を聞こうとする。
「へっ、随分と物分かりがいいじゃねえか。ちゃんと俺にやられる覚悟はできてるのか?」
抵抗の意思をまったく見せない雄舎に対し、虎久は恨みを晴らしたかのように不敵な笑みを浮かべる。
「まずは言いたいこと言ってください。話はそれからです」
雄舎は返答をせず、虎久に話を続けるよう促す。
「へっ、いいぜ、お望み通り全部話してやるよ! 俺は雲点 虎久、元々は普通のトラック運転手だ! 仕事をこなしてお金を貯めて、ようやく好きな人と結婚できるようになったのに、てめえのせいで俺が人殺し扱いになって、結婚も水の泡だ! てめえさえ、てめえさえいなければぁ……!」
虎久が愚痴を零していくうちに、今までの記憶が蘇り、さっきまで強気だった彼も急に涙を流してしまう。
そんな彼を見て、雄舎と村人たちは同情の満ちた目で彼を見詰める。
「まさかそんなことが……本当に申し訳ありません」
自分の行いがこんな事態を招いてしまったことを知り、雄舎は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ふんっ、そんなちっぽけな謝罪は何の役に立つっていうんだよ! 俺の失ったもんは、もう二度と戻ってこねえぜ!」
もちろんそんな言葉で虎久は納得するはずもなく、彼の怒りはまだ治まる様子がない。
「そうですか……確かに虎久さんの言い分はごもっともです。ではこれで手を打ちましょう」
雄舎はポケットから、小包を一つ取り出して、虎久に手渡す。
「ん? 何だこりゃ?」
「この世界で使えるお金です。大した金額にはなりませんが、屋敷を一軒買うには充分かと」
虎久が小包を手に取り、それを開けてみると、なんと中には無数の金貨が輝いている。あまりの眩しさに、虎久は思わず目を見開く。
(おいおい、マジかよ! これのどこが「大した金額じゃない」んだ!? 俺が一生働いても稼げねえ金じゃねえか……!)
今まで見たことのない大金に、虎久は動揺する。
(さっきあいつを轢き殺さなくて正解だったぜ……! こうなったら、この7年の間損した分、とことん追求してやるぜ!)
人生のどん底に陥った虎久にとって、これは運命を変えられるまたとないチャンスだ。もちろんこのぐらいで虎久は納得するはずもなく、今までの損失を償ってもらうという一念が、彼の胸の中で大きく膨らんでいく。
「いや、まだだ! いくらお金があっても、俺から離れた彼女が帰ってくるわけじゃねえ! こっちの埋め合わせはどうすんだ?」
虎久は依然として不機嫌そうな顔をチラつかせ、更なる要求を提示する。
何年もの間で築き上げた関係が、たった一つの事故で崩れてしまう。虎久だけでなく、誰にとっても辛いことなのだろう。
「おいお前、いい加減にし……」
見兼ねた村人は虎久を責めて阻止しようとするが、またしても雄舎が無言で手を上げて、村人を制止した。
「分かりました。ではこちらの女性たちから、お好きな方を選んでください」
雄舎は後ろにいるファンの女性たちの方を振り向き、とんでもない決断を下す。
「えええええー!?」
先ほど雄舎を追っかけていた女性たちは、一斉に驚きの声を上げる。もちろん彼女たちは納得するはずもなく、反論を口にする。
「イヤですよ勇者様! こんな正体の知らない人が彼氏だなんて……」
「そうですよ勇者様! さっきあの人が勇者様の胸倉を掴んでたし……」
「ダメですよ勇者様! これ以上あの人を甘やかしたら、また何か集られるかもしれませんよ!」
「お前ら……黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! もういい、やはり意中の人は自分の力で落としてみせてやるぜ!」
雄舎に心酔している三人の女性にボロクソ言われて、虎久は急にやる気を無くす。 彼はこれ以上の要求を口にすることなく、自棄を起こして手を振る。
「なるほど、力が足りないということですか。ではこちらを差し上げましょう」
早くも状況を察した雄舎は、またしてもポケットから何かを取り出す。それは星の形をした欠片のようなもので、星のように仄暗い光を放つ。
「今度は何だ?」
見たことのないものに、虎久は不思議そうに見詰める。
「『コピースター』です。これで僕の能力を複製して虎久さんに転移すれば、僕と同じ強さになります。そうすれば、きっと虎久さんを追っかけてくる人も増えるでしょう」
「何……だって!?」
雄舎のあまりにも気前の良さに、虎久はまたしても驚きの色を見せる。
「お前……なんでこんなことを?」
「だってあんなことが起きた以上、虎久さんも元の世界で生活するのも難しいじゃないですか。せっかくここで出会えたわけですし、恩人である虎久さんに恩返しがしたいですよ」
困惑する虎久に、雄舎は当たり前のように返答する。その無邪気な笑顔から、とても裏があるようには思えない。
しかし、そんな和やかな雰囲気に、突如とある不協和音が邪魔に入る……
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