トラック・リベンジャー ~運命に翻弄されし運転手~

九十九零

第1話 1台目 急転する日常

 コンビニのドアの前に佇む、青いツナギを着ている青年の男性が一人。

 片手の缶コーヒーを持ち、夕焼けに染まる赤い空を眺め、悠然とした表情を浮かべる。

 男性の名前は雲点うんてん 虎久とらく。ごく普通のトラックの運転手だ。

 毎日の重労働は決して楽な仕事ではないが、何の才能もなく根性だけが取り柄の彼にとっては、貧しい生活を変えるためにはこの方法しかなかったのだ。


 この5年の間にコツコツと金を貯め、ようやく意中の人・山田花子との生活を保障できるようになる。つい先日も結婚式に向けて、お気に入りの指輪を買った。

 未来への期待からか、虎久は口元を緩め、ポケットから指輪の入った小箱を取り出し、それをじっと見つめている。

 指輪はルビーの入ったシルバー製のものだ。黄金やダイヤモンドに比べれば少々見劣りはするが、それでもかなりの値段がするはずだ。

 それにルビーを選んだのは、ちゃんとした理由があるからだ。「自分の愛が炎のように真っ赤に燃える」ことを示すためらしい。


「さて、そろそろ時間だし、さっさと帰社してお家に帰るとすっか」

 指輪を買って気をよくしたのか、虎久は最近では仕事の効率も上がっている。そのため残業する回数も減り、帰宅も早くなる。

(そして今日こそ、意中の人に指輪を渡して、幸せの溢れる人生を歩むんだ……!)

 そう思うと、虎久は飲み終わったコーヒー缶をゴミ箱に入れ、そそくさとトラックに戻り運転を始める。


 親の顔よりも見てきたこの街は、虎久はすでに隅々まで覚えている。今日も何の変哲もない、いつもの井瀬海いせかい街だ。

 右側の手前の屋敷には松岡という名の老人が住んでおり、大好物は秋刀魚だ。夕方になると必ず窓から煙が立ちこめ、秋刀魚さんまの香ばしい匂いに釣られてやってくる野良猫たちもいる。

 左側の屋敷には高橋家の大所帯で、子供たちの楽しそうな声が響いてくる。車から降りた子供たちの姿からすると、どうやらちょうど放課後帰りのようだ。

(なんて幸せそうな家族だ……俺もこれから、花子とこのような生活を過ごせるんだろうな……)

 そんな仲睦まじい場面を見ていると、虎久も自分の未来に思いを馳せる。

 だが彼の運命が、これから大きく変わってしまう。もちろんその時の彼には、こうなることを知る由もなかった……


 あれはトラックが交差点を通過する時のことだった。突如一人の少年が飛び出し、トラックの前に姿を現す。

「…………っ!? 危ない!」

 あまりにも急な出来事に、虎久の反応は追い付かない。急いでブレーキを踏むも、時は既に遅し。鋼鉄の塊が無情にも少年を吹き飛ばし、その体から赤き液体が吹き出る。

「こ、こんなのウソだろう……!」

 少年の屍を目の当たりにした虎久は、慌てて車から降りて、少年の生死を確認する。だが地面が一瞬にして血の海に染まり、少年の死を物語る。


「何かしら? ものすごい大きな音だったけど……はっ!?」

 事故で発した物音を聞いて、近くに住んでいる人たちも現場へやってくる。そして息を引き取る少年を見て、動揺を隠せずにいる。

「お前か! お前がやったのか!」

「まあひどい、何の罪のない子供を轢き殺すなんて……ご両親はきっと悲しむでしょうね」

 やがて住人たちの怒りの矛先は、虎久に向けることになる。彼らはまるで殺人犯を見るような蔑んだ目付きで、虎久に睨み付ける。

「ち、違うんだこれ! これは意外で……」

 恐怖によって混乱に陥る虎久は、慌てて状況を説明しようとするが、怒りに満ちる住人たちはまったく聞く耳を持たない。


「意外ということは、罪を認めるんだな? よし、こいつを取っ捕らえて警察に突き出せ!」

「そうだそうだ! 罰を受けやがれこの人殺し!」

「だから違うって……な、何をする気だ!?」

 突如、大柄な男が何人か現れて、虎久の身柄を拘束する。男たちのあまりの力強さに虎久は身動きができなくなり、このまま警察局に連行されてしまう。

 

 案の定、虎久は自動車運転過失致死罪の罪名で刑務所に入り、7年間の懲役が下される。

「ウソだろう……俺の未来はこんなはずじゃ、なかったのに……」

 予想以上の重い現実に、膝をつく虎久。

 こうして彼の未来輝く人生が、一瞬にして無限の闇に染まってしまう……

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