第13話 狂気

話は少し遡る



「皆の者聞いてくれ、今しがたボレアス・エドー・ジャパール皇帝陛下が歴代の偉大な王の元へと旅立たれた」


広大なホール、その2階部分にある中央階段の上から臣下達を見下ろしながら第一皇太子のウィリアス・エドーは叫んだ。


彼の居るホール一階には50人を超える臣下達が集められており、彼の発言によりホールに集められた臣下達は一瞬騒然となったが、すぐに片膝を着き右腕を胸の前でクロスさせはじめた。

全ての臣下達が同じポーズを取るとホールは静まり返る。


「うむ、皆の忠義に皇帝陛下に代わり感謝する。父上も心置きなく先王様方の元へ行けるであろう」


臣下達の忠誠心に満足した様に頷く皇太子


「これより11日間は葬冠の儀とし陛下を讃えお送りする、皆にはその為の準備を頼む」


「「「はっ!!」」」


葬冠の儀とは、ジャパール帝国皇帝を弔う為の儀式いわば葬式である。

皇帝は今の王冠を後継者に譲り、新しい王冠を被って先代の皇帝達の仲間入りを果たすという意味が込められている。

それと同時に王冠を受け取った後継者の戴冠式でもある。

つまり国を挙げて行われる一大イベントが2つ同時にやって来るのだ、ついでに言うと帝国領土内の各国の王達もここ帝都に召集されるので11日間もの長い準備期間が必要なのだが、絶対に失敗できない大イベントを思えば短い期間と言わざるおえないだろう。


これから起こる戦争の様な準備期間を思うと臣下達は顔から吹き出す汗が止められず心なしか身体もガタガタと震えていた。


武者震いだろうか


そんな臣下達の蒼白な顔が見えているのかいないのか分からないが皇太子は再度満足そうに頷くとその場を後にした。


※※※※※※※※※※


「ククククッ、今ごろ奴やらはパニックになり城内では怒号が飛び交っているのだろうな、クククッ」


「殿下、そのようなお話を臣下達に聞かれては信用を失います」


「ああ、分かっている少し私も浮かれているようだな」


そう言うとウィリアス殿下はまたクククっと笑っていた。

私が殿下に支えるようになってから3年余り、しかし今だに殿下の底が見えない。


否、私には覗き込む勇気すらない。


帝国騎士団に入団し数々の修羅場を這いずり回りやっと親衛騎士団副団長となった私だが殿下ほどの底見えぬ瞳を見たのは初めてだった。

魑魅魍魎が渦巻く戦場で憎悪と狂気に侵された騎士達と戦ってきた私がそう思うのだ。


殿下は一見して全てが完璧だ。

武術、勉学、作法、容姿、どれを取っても隙がないし、女遊びもしない、たまに先ほどのような軽口が出る程度だ。


しかし、私は知っている。

その完璧の中には暗くドロドロと渦巻く闇が閉じ込められている事を。


「ところでダリス、鑑定士のドールマンを読んできてもらえないか?」


殿下は笑い終えると、私の名を呼び皇宮鑑定士のドールマンを呼ぶ様にと言われた。


皇宮鑑定士とは呼んで字の如く皇宮内での鑑定を生業としている者だ。

各国から届く献上品の鑑定や、皇宮に仕える人材の鑑定などを行っている鑑定のスキルを有する者だが、この鑑定スキルを持つ者は極めて少ない。

それは鑑定スキルが先天的にしか覚えられないからだ。

どれだけ鑑定士として腕を磨こうと努力しても鑑定スキルを得る事はできない、ギルドが持っている人のスキルを読み取る魔道具は存在しているが、物を鑑定し使用用途やどんな効果があるのか調べるのは、鑑定スキルを使用しないと分からない。

その為、鑑定スキル持ちは各国で要職に就いている場合がほとんどである。


そんな鑑定士を呼べとは、殿下は何をするつもりなのかと考えつつも、私は皇宮鑑定士のドールマン氏を連れて来た。


「お呼びでしょうか殿下、いや陛下とお呼びした方がよろしいですかな?」


殿下の前で片膝を着き忠誠のポーズをしたままドールマンはそう言った。

この初老の男は若い時から鑑定士として要職に就き甘い蜜を啜りながらこの皇宮で生きてきた男だ、鑑定と同じくらいおべっかも得意なようだ。あまり接点は無かったが私の嫌いな部類の人間だ。


「よせドールマン気が早いぞ、そう呼ぶのは葬冠の儀が終わってからだ」


「これは失礼致しました殿下、して何用で私をお呼びになられたか伺ってもよろしいですかな?」


「あぁ…、私を鑑定して欲しいのだ」


「殿下をですかな?また新しいスキルを会得されましたか」


「なに、私もの自分をちゃんと見ておきたくてな」


口元をニヤリと歪ませながら殿下は答えた。

疑問に思う所もある様だがそれ以上は何も聞かずにドールマンは「では」と続けて両手を殿下に向けて突き出した。


「鑑定」


スキルを使ったドールマンは、口頭で殿下のスキルを申し上げていく


しかし本当にこの人は同じ人間なのかと思う程の量のスキルである

大抵の人間のスキルは10前後、優秀な人間でも15程度だろう。

しかし殿下のスキル量は30を超えていた、これほどのスキルを獲得するのにどれだけの努力と才能が必要か、また1つ私は殿下を畏怖する理由ができてしまった。が、しかし


それでは終わらなかった


「………。」


ドールマンがスキル名を全て言い終わっても殿下は無言のままだった。


「殿下?いかが…」


「もう一度だ」


「え?」


「聞こえないか?もう一度だ」


一度は聞き返したドールマンだったが、二度は聞けなかった


「鑑定」

「もう一度だ」


「…鑑定」

「もう一度だ」


…………………


「ハァ、ハァ、殿下…これ…以上はもう…ハァ、ハァ」


もはや、何度目なのかもわからない鑑定を終えたドールマンは息も絶え絶えに殿下へと懇願した。

鑑定スキルがどれ程の体力を使うのか私には分からないが、初老の男が膝をつき肩で息をしている様子を見ると多少の同情は禁じ得ない。


一方で殿下は椅子に座ったまま俯き押し黙ったまま…


「あはははっあはあはあはははっ〜!!」


突如、気味の悪い笑い声が響き渡った


突然の事にこの声がどこから発せられているのか私もドールマンも分からなかったがそれは初めからそこに居た。

椅子から転げ落ちながら足をバタつかせ腹と目元を抱えて笑い転げていた。


気色悪い…


皇族に仕える臣下としてあるまじき感想であろう。

しかし、全身を這うような感覚と共に鳥肌が立ち、背中に大量の汗が吹き出している。

この状況を気色悪いと言う他の表現を私は知らない。


ちらりとドールマンを見れば私と同じような恐怖の目で呆然と殿下を眺めて固まっていた。


「クヒクヒヒヒィ…」


早く帰って酒を飲んで忘れたい


そんな思いを残し私は自分の胴体と紅く光る目を無感情で見つめていた。

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竜と人の狭間で がんじー @11tomamenoki

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