ただの無能でございます

鴉杜さく

第1話

「わたしに! なにもするなと!?」


本を窓辺で読んでいると下から大声が聞こえた。

何事かと思い、下へと視線を投げるとそこには国王の左腕と呼ばれる第三王子と召喚魔法で召喚されたばかりの聖女様がいた。


本をぱたりと閉じ、別の場所に移動しようと思うと第三王子がこちらを見ていることがはっきりと分かった。


巻き込まれるのはごめんなのですが。


ため息を吐き、そちらへと向かった。


「こんにちは。聖女様」


「えっ! あ、こんにちは? えっと……」


「あら、説明がされていないようですね。当り前ですか。……この国の無能。セシリアです。姓は剥奪されましたので持ち合わせてはおりません」


それを言うと持っている本に気づかれたのか口をはっと押えていた。

わたくしとは大違い。

優秀で、咎められることも少なく、希望に満ち溢れている。

そんな人。


「先ほどの大きな声、聞こえてしまいました。差し支えなければなにがあったのかをお聞きしてもよろしいでしょうか」


「それについては僕から」


見目麗しい第三王子様。

王族の後継者争いから外れし実務ばかりをこなす愚者。

遊びに出ることも少なく、執務室にこもりきりだと聞く。


そんな人がこちらにいらっしゃる時点で察しが付く。


「最近、丁度そうですね。聖女召喚の儀からですかね。魔物の大量発生が確認されています。それに瘴気も濃度を増し、こちらへと向かっていることを確認しました。本来であれば魔物に関しては討伐をし、瘴気に関しては浄化を。浄化が追い付かない場合は柱を。するのがいいのですが」


「なるほど。聖女様の熟練度が召喚されたばかりで足りないために、浄化ができずに瘴気から魔物が出続けているという状況というわけですね?」


「はい。その通りです」


大方、それに対して文句を言ったのだろう。

そうしてその要望が通らなかったために口論になったと。


恐らくだが、この聖女様は人一倍正義感と言うものが強いのだろう。

でも、気になるのは。


「訓練は行われているのでしょう? 召喚の儀からはすでに3か月経っているはずなのですが、まだ足りないのですか?」


「聖女の訓練といったものが我々には知識がなく、手探りの状態です。それに魔物の頻度も上がってきており。それにだんだんと魔物が強くなっているのです。この間はフェンリルが出たとの報告が」


「分かりました。瘴気の件についてですが、わたくしが何とかしてみせますので残り……そうですね。2か月で聖女の訓練を完了させてくださいませ。この国の者は本を読まなさすぎです。聖女の訓練なんて書物に情報が書かれていますわよ」


持っていた本を第三王子に渡すと、そのまま魔法で換装を終わらせる。

服装がドレスから軍服へと変わる。


そのままコツコツと歩き、城門から外に出る。

真珠の森と呼ばれる初心者にうってつけの訓練用の森から瘴気の発生を確認した。


黒い煙のようなものがにじみ出ている。

森の手前まで行くと、正教会から派遣されたであろうシスターたちが糸を張っていた。


近くにいたシスターに声をかけた。


「シスター。こんにちは」


「あら。セシリア様! こんにちは」


「今はどちらまで作業したのかしら」


そういうと、持っていた木箱を床に置いた彼女は説明をしてくれた。


「今は第三王子様の指示で、糸を周辺と言っても森を囲うだけですけれど、そこまで糸を張り巡らせ終わったところです」


「では、もう中で動いても大丈夫なのかしら?」


「はい! でも、この糸瘴気までは防ぐことができないので……」


木箱の中身を見ると、糸が結構残っていた。


「シスター。瘴気を押さえる魔法を森の中心で掛けてくるわ。でも、それと同時に一度糸がほどけてしまうの。もう一度張り巡らせられる状態にしておいてくれる? ほどけたと同時にもう一度糸を巡らせてくださる?」


「あれをおひとりで使われる予定ですか!? 危険ですと言いたいのですが、仕方ありませんね。今はどこも人手不足ですしね。分かりました。教主様にもお伝えしておきます。……お気をつけて」


ええ、と相槌を打つと糸をくぐって森へと入っていく。





「第三王子様。今の人は……」


「とあるテストで計測不可を叩き出し、無能の烙印を押された方です。僕のあこがれの方ですよ」


「だから『無能』と。それにしてもカッコイイ人でした!」


何かを狙っているのではないかと勘繰るが、そんな頭は持ち合わせていないかと自己完結をさせた第三王子。


「あの人の手を煩わせない為にも訓練しますよ。あの人の言い方ではどうやら文献にたくさん書いてあるようですので。わたしたちは文献等を読まなさすぎですね。いつも感謝ばかりです」


それにしてもと、窓の外へと視線を投げる。

あの人は巻き込まれることを嫌う。


なのに、今回協力をしてくださった。

なにか大きなものが動いていないといいが。


あの人が協力する時は大抵なにかが起きる前だ。


真珠の森へと向かわれただろう。

あそこはいま東の協会が着工していたはず。


ここのシスターも手伝わせに行くか。

おそらく1人であの魔法を撃つつもりなのだろう。


この国で唯一の魔力測定時のエラー検出者。

セシリア。


測定時のエラーなど未知でしかなかったために、無能者の烙印が押された。

ありとあらゆる測定をするもことごとくエラーを検出させ、代々王族に仕えてきたセシリアの家は彼女に烙印を押し、一族から追放させることで家のメンツを保っている。


彼女は戦場には行きたがらないが、行った際に敵を屠る様からは不動の毒華と呼ばれている。


無能者と信じている者は今や彼女本人だけであろう。

彼女の築き上げた戦歴を見れば一目瞭然だ。

彼女を追放した一族、ガーデン家も彼女を家に戻そうと必死らしい。


彼女を取り戻せばすべての戦歴がセシリア本人のものではなく、ガーデン家のものになりさらなる繁栄をすることが出来るからだろう。


しかし、我々王族や国王はそれをよくは思っていない。

行き場を失った彼女を迎い入れ、平穏な暮らしを与えた国王は彼女を娘同然と思っており、今更図々しいと考えているようだった。


それもそうだろう。

国王が一番、彼女に烙印を押すことをよしとしなかった。


烙印が押された日、国王は彼女の家に赴こうとさえ思っていたようだった。

その後、雨に濡れ大きな荷物を抱える彼女を見かけた近衛騎士が連れてきた際にはずっと抱きしめていた。


烙印と言う不名誉な称号を取る方法として戦績を築き上げることだと言ったのも国王だ。


それでも彼女の中に一度でも芽生えた劣等感は薄れることを知らず、ずっと大きく彼女を蝕んでいる。


彼女が解放されるのは一体いつになるのだろうか。









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