浜辺と人魚と俺の恋

junhon

第1話 これがほんとのマーメイド!(笑)

その日の早朝、おれはいつもの日課で浜辺はまべを歩いていた。

 

 お供はゴールデンレトリバーのビート、要は犬の散歩である。

 

 リードを持った手にはレジぶくろにぎられている。浜辺に落ちているゴミを拾うのも日課の一つだ。昨日は天気が悪く海がれていたので、普段ふだんよりも流れ着いたゴミが多い。時々足を止めてはゴミを拾いつつ歩いていた時のことだ。

 

「ワン!」


 普段めったにえないビートが大声を放った。なにか見つけたのか一点を見つめている。そしておれを引っ張りつつそちらへと駆け出した。

 

 体重四十キロ半ばの大型犬だ。本気を出されれば男の俺でも引き留めるのは難しい。リードをしっかりつかみつつ、俺もビートの後に続いた。

 

 目を細めて先の方を見れば、浜辺になにか大きなものが流れ着いている。流木? ――いや、あれは人じゃないか!?

 

「マジかよ!?」

 

 俺はビートと一緒いつしよに全力で浜辺を走り、その人影ひとかげへと駆け寄った。

 

 半身を海にひたし、うつせにたおれているのは若い女性――青みがかった長い黒髪くろかみに、白い水着といくつかのアクセサリーを身に着けている。

 

 俺は恐る恐るその女性の身体にれて抱き起こす。身体はすっかり冷えきっていたが、かすかな吐息といきと共に胸はゆっくりと上下していて息はある様だ。

 

 そして思わず見入ってしまうほどの美少女だった。年のころは俺と同年代の十代後半だろう。りが深めのハーフっぽい顔立ちに、スッとびたまゆと長いまつげ、ツンと立った鼻に桜色のくちびる――人形の様という表現がピッタリだ。

 

「おい! しっかりしろ! おい!」


 俺はそう呼びかけながら彼女かのじよの身体をすってみるが、わずかに眉を寄せるだけで起きる気配がない。

 

 とにかく海から引き上げようと彼女のあしの方へと視線を向け、俺は言葉を失う。

 

 そこにあったのは青くかがやうろこに包まれた魚の。彼女のこしから下は魚のそれになっているのだ。

 

「にん……ぎょ……?」


 俺は呆然ぼうぜんつぶやくのだった。

 

        ◆

 

 今、俺の部屋のベッドの上に人魚の少女はかされている。

 

 あの後、俺は着ていたパーカーで彼女の下半身を出来るだけかくし、かたに担いで自宅へと帰った。幸い、早朝だったのでだれにも見とがめられることはなく、親父にも見つからずに部屋にはもどれたのだが……。

 

 じっと魚の尾を観察してみても作り物とは思えない。指でつつけば鱗の下にちゃんと肉の感触かんしよくがある。

 

「……うっ」


 少女の口からうめきがれる。続いてそのまぶたがゆっくりと開いていった。

 

「……ここ、は?」

 

「だ、大丈夫だいじようぶか?」


 俺は上から彼女の顔をのぞむ。大きなひとみは深い海の青をたたえていた。

 

「……」


 しばし呆然ぼうぜんとしていた少女だったが、瞳の焦点しようてんが合うといきなり悲鳴を上げる。

 

「ひぃいい! 人間! 食われる!」


「いや! 食わねーよ! ちょっ、落ち着け」


 俺はベッドからね起きて身を縮ませる彼女をなだめようとする。

 

うそおっしゃい! 私を食べて不老不死になる気でしょう。いやぁあああ! 助けて! 母上ぇええ!」


「え? そうなのか?」


 俺は思わず聞き返す。人魚の肉にそんな効能があるなんて初耳だ。

 

「……ハッ」


 少女はしまったとばかりに自分の口を両手でふさぐ。

 

「えーと……キミは人魚なんだよな? 本物の」


「……そうよ。私は高貴なるブルーマーメイドの一族を束ねる女王のむすめマリン。あなたに食べられるくらいなら舌をんで死ぬわ」


 少女――マリンはふてくされながらそう答えた。

 

「俺は竜児、浜田竜児はまだりゆうじだ。落ち着いて欲しいんだがキミを食べる気はないし、一応浜辺に倒れていたのを助けてやったんだぜ」


 俺は彼女を見つけた経緯けいいをゆっくりと説明した。次第にマリンの警戒けいかい心もうすれていく。

 

「――そう。それならお礼を言わなければならないわね。どうもありがとう」


 マリンは礼儀れいぎ正しく頭を下げる。

 

「じゃあ、他の人に見つからないうちに海に帰してやるよ。夜まで待ってもらえるか?」


「いいえ。助けてもらってお礼をしないのはブルーマーメイドのひめとしての名折れ、なにか私に出来ることはないかしら?」


「出来る事って……その脚でか?」


 俺は指で彼女の魚の尾を示す。人魚なんて地上じゃなにも出来ないだろう。

 

「……ふっ。見てなさい」


 マリンは不敵に笑うと瞼を閉じた。なにか集中している様子だ。

 

 すると彼女の尾がかがやき出す。強烈きようれつな光を発した次の瞬間しゆんかん、魚の尾は二股ふたまたに分かれた人間の脚となっていた。

 

「どうかしら? これなら問題ないでしょう?」


 マリンはベッドの上に立ち上がり、下半身を見せつけるのだが俺はあわてて視線をらす。なにせ下はすっぽんぽんなのだ。


「おまっ、馬鹿ばか! かくせ隠せ!」


「なによ? よく見なさいよ」


 どうやら人魚には下半身に対する羞恥心しゆうちしんというものが無いらしい。まあ、魚の姿の時はなにも身に着けていないわけだし。

 

――ガチャ。

 

 そこへいきなり部屋のドアが開く。顔をのぞかせたのは親父だった。


「おい、竜児。さっきからさわがしいな。誰か来て――」


 ただいまの状況じようきよう、ベッドに立って仁王立ちの下半身すっぽんぽんの女の子と俺。

 

「……邪魔じやましたな」


ちがうっつーの!」


 俺はそっとドアを閉めようとする親父にツッコむのだった。



       ◆



「はぁ……人魚ねぇ……」


 俺は親父に事情を説明した。マリンにはもう一度人魚の姿にもどってもらって、その魚の尾を親父に見せている。

 

「そういうわけでお礼がしたいの。なにか私に出来ることはないかしら?」


 マリンには俺のジャージを着せている。あいにく男所帯で女物の服はないのだ。

 

「となるとアレかな?」


「アレに丁度いいよな」


 親父と俺は視線を交わし、ニヤリと笑い合う。


「なら、身体ではらってもらおうか」


 俺は満面に笑みをかべてマリンに告げた。

 


       ◆



「――こ、これでいいのかしら?」


「似合ってるよマリンちゃん! サイコー! これがほんとのマーメイド・・・!」


 親父はテンション高くさけんで親指を立てる。

 

 いまマリンが身に着けているのは、黒のビキニに白い前掛けエプロン、そして頭の上にホワイトブリム――要はメイドさんのつけるフリルの付いたカチューシャだ。夏のメイドコスプレである。

 

「うちの酒屋は毎年海岸に海の家を出しているんだ。マリンちゃんにはぜひそこで働いてもらいたい」


 数日後の夏休みから海の家がオープン、俺も夏の間はそこで小遣こづかかせぎをすることとなる。ちょうどアルバイトのウェイトレスを探している所だったのだ。

 

 俺はマリンに接客を教えみ、二人でバイトに精を出す。

 

――そして夏休みが終われば店じまいだ。美少女マリンのおかげで店の売り上げは例年以上だった。


「世話になったわね」


「こっちこそ、助かったぜ」


 マリンを見つけた海岸、その人気の無い岩かげで俺たちは別れの挨拶あいさつを交わす。

 

 そのまま、俺たちはなにも言わずに見つめ合った。

 

「竜児。私、あなたの事が……」


 ふっとマリンが口を開く。


「マリン……」


 マリンも同じ気持ちだったのか。一緒に働き寝食しんしよくを共にするうち、俺たちはお互いにかれ合っていた。

 

「でも私はブルーマーメイドの姫……帰らなければならないわ」


 マリンは悲しげに瞼をせる。

 

「だから……せめて……」


 マリンは俺の胸に身を寄せた。そしてうるんだ瞳で見上げてくる。

 

「私、あなたの子供が欲しい」


「マリン……」


 ふっ……とうとう俺も大人の階段を上る時が来た様だな。

 

 マリンは一旦いつたん俺からはなれると、スカートに手を入れて脚から下着を抜き取る。

 

 俺はゴクリとのどを鳴らした。

 

――と、マリンの脚が輝き人魚の姿となった。


 え? マリンさん、その状態だと出来なくない?

 

「う~~~ん」


 マリンは何やら力み始める。するとスカートの中からテニスボール大の白い球体がポトポトと砂浜すなはまに落ちた。

 

 その数五つ――これは、卵!?

 

「さ、いっぱいかけて・・・♡」


 マリンはほおを染めながら俺に向かって言う。

 

……。


……。


……。


「この魚類がぁあああああ!!」


 俺は血のなみだを流しながら絶叫ぜつきようするのだった。

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