第3話 アッシュの武器と天才魔法少女の願望

眼を開けると昨日と同じ天井が俺を迎えてくれた。


「おはよう。」


この世界の自然万物に神が宿っているという考え方を父さんから聞いたことがある。

もしかすればこの天井にも神が宿っていて昨日と同じように寝転ぶ俺を心配してくれているのかもしれない。


「心配しないでくれ。次こそは必ず。」


天井に言葉を送り俺は勢いよく立ち上がった。


昨日は気づかなかったがどうやらここは俺のために用意してくれた部屋らしい。

俺が持ってきた服や日用品を入れた大きなカバンとベッド以外何もない部屋だ。


元々住んでいた場所も同じようなものだったので特に気にはならないが、真っ白な壁に囲まれているとなんだか閉塞感を覚えるのでなにか壁紙でも買いに行こうか。


「その前に顔を洗って鍛錬するか。」


ダンジョンでの気絶は命取りだということは考えるまでもないためこのままでは俺はお荷物になってしまう。

もしかすれば脱退させられることもあり得るのだ。


基地内の修練場に行くとその設備に驚く。

普段は誰でも使える街の修練場に行っていたためあまりいい環境で鍛錬することはできなかった。

誰でも使えるということで仲間が出来たこともあったが皆クランに入るとそちらの修練場に行ってしまうためいつも俺だけ取り残されていたことを思い出す。


俺も遂にこのステージまで上がってこれた。


「おう。早いな。」


「あ、カレンさん。おはようございます。」


「同い年だぜ。敬語やめてくれ。それにうちのクランは敬語なんて使ってる奴いないし、他のやつにも使うなよ。」


「そうなのですか。いや、そうなのか。」


「まあ少しずつ慣れてくれや。信頼関係っていうのはそういうところから始まるだろうからさ。でも団長だけには敬意を払えよ。団長はすごい人だからな。」


「ありがとう。」


「ほら。」


剣を渡される。

そのままカレンは槍を構えてニヤリと笑う。


「こいよ新入り。ここにある武器は斬れないようになってるから遠慮はいらないぜ。準備運動もかねてどのくらいやれるか見てやるよ。」


準備運動とは舐められたものだが、相手はS級の怪物だ。

一度構えに入ったカレンは真剣にこちらの動きを観察している。


よく見ろ。動きじゃ絶対にかなわない相手だ。なにかスキはないか?


腰を低く構え槍の先端をこちらに向けている。

スキを見せればこちらが一突きされそうな状況だがリーチの関係でこちらから近づかなければ勝負にならない。


懐に入ればいけるか?どうやって?


「どうした?加減はしてやるからこいよ。」


今は雑念を捨てて相手を見ろ。

なにか。なにかないか。


「仕方ねーな。こっちからいってやるよ。」


鋭い突きをなんとか防ぎ後ろに飛ぶ。

速い。あれで加減してるっていうのか?あんなの食らったら死んじまう。


「お、いい動きじゃねーか。ほら次行くぞ!」


そこからは模擬戦ではなくカレンが繰り出す突きをどうにかして躱し、弾き、防ぐだけの戦いになってしまった。


「ぐはっ。」


「わりー。あんまり防ぐもんだからつい力はいっちまった。」


ぶっ飛ばされた俺はカレンに手を借りながらなんとか上体を起こすとそのまま座り込む。


「はぁ。はぁ。すごいな。あれで手加減してるなんて。」


「お前こそよく頑張ったな。まさかこんなに粘るなんて思ってなかったよ。」


カレンは隣に腰を起こす。


「ライザも言ってたけどないものねだりはするな。自分にあった何かが必ずあるはずだ。」


「俺にそんなものあるかな。」


「あるさ。私も自分はずっと魔法が使えないかと思ってた。けど付与魔法の才能があったらしくてな。それを伸ばしてなんとか上に食らいついてるよ。」


「自分の武器か。俺は付与魔法も全然だからな。」


パチパチパチパチ。


柔らかな拍手と共に修練場にエルザさんとドロシアが入ってくる。


相変わらずドロシアは俺と顔を合わせてはくれない。たぶん本当に興味がないんだろう。


「すごかったよ。戦ったときから思っていたんだがアッシュ君の動きは面白いね。相手の動きを先読みしているようだ。」


「先読み?」


「ああ。君の実力なら一回目の突きで確実にやられているよ。まるでどこにくるかわかっているかのような動きのおかげでここまで耐えることができた。君のスキルかい?」


スキルというのは一部の人間にだけ発現する固有の能力だ。


発現する条件はいまだにわかっておらず強弱に関係なく発現する。


剣や魔法の適性がない物でもスキルだけでS級まで上り詰めたものもいるという話だが残念なことに俺にはそんなスキルはない。


「いえ、スキルではないと思います。先読みしている実感もないですし。」


「そうか。それについてはさらなる検証が必要だね。その前に。」


「テイム。」


ドロシアの指から放たれた白く美しい線が俺の胸元に当たり消える。


その瞬間、俺は直立不動で固まった。

体の自由を完全に奪われる感覚は何度やっても慣れないな。


「魔法を使えない君がドロシアにテイムされた場合、どのくらい魔法が使えるようになるか試したい。」


「テイムする前に言ってくださいよ。」


「だそうだドロシア。」


「私は忙しいから。」


「だそうだ。アッシュ君。」


「わかりました。さっそくやらせてもらいます。」


「面白そうだな。私に打って来いよ。」


カレンは遠くまで走っていくと振り返り槍を構えている。


「アッシュ。」


ドロシアの呼びかけに俺の体は勝手に魔法を唱え始める。


「フレイム!」


すごい。初めてだ。手のひらから火の玉が飛び出しカレンに向かっていく。


あっさりと切り伏せられたがそれでも俺の興奮は収まらない。


魔法ってすげーかっこいい!


「まだいけるかな?」


「やってみる。アッシュ。」


「ヘルフレイム!」


俺は突き出した両腕から炎の波を作り出しカレンを飲み込む。


が、その波はすぐに切り裂かれ消えてしまった。


「上級魔法まで使えるのか。これは予想外の収穫だね。」


「使えてない。」


「またいつもの悪い癖が出ているよ。確かに通常のヘルフレイムに比べると遅く球体の形を取っていないせいで脆い。だが火力は十分だ。」


「だから使えてないってこと。もう終わっていい?」


「ああ。ありがとう。」


「じゃあ。」


修練場から出て行こうとするドロシアに駆け寄ると俺は頭を撫でる。


「なに?」


不機嫌そうに振り向かれても俺にはどうしようもできない。

この行動は俺の意志じゃない!


「すごい!ドロシアは天才!ドロシアは世界で一番の魔法使い!ドロシアはすごい!」


それに口が勝手に動く。俺はさらにドロシアの頭をさらになでなでする。


「やめろ。私なんて、ぜんぜん。」


そういうドロシアもまんざらでもなさそうだ。


「なんだ?なにやってんだアッシュ。」


「ふふ。これは。」


不思議そうなカレンと対照的に楽しそうなエルザさん。


「こら。怒るぞ。お前の気持ちは嬉しいが、急にこんな風に撫でるな。」


口ではそう言っているが俺の腕を払うこともせず気持ちよさそうに頭を撫でられている。それどころか自分で頭を動かし気持ちいい個所を探しているようだ。


「ドロシアは最強魔法使い!ドロシアは頑張っている!ドロシアの才能と努力が合わされば誰にも負けない!」


洗脳された様にドロシアを褒め、撫で続ける俺にエルザさんは遂に大笑いしてしまう。


「はは。はっはっは。ドロシア。君はテイムを解いてないだろう。」


「え?」


「ドロシアは世界一!ドロシアは可愛い!ドロシアは美しい!」


「じゃあこれってドロシアの潜在的願望ってことか?」


カレンの言葉を聞き、さっきまで気持ちよさそうに笑っていたドロシアの顔がどんどん赤くなり、表情が険しくなる。


「ドロシアはセクシー!ドロシアは可愛い!ドロシアは褒められるべき!」


「こ、こ、こ、この!嘘つきー!」


俺の手を振り払い、ドロシアは走って行ってしまった。


体の自由が戻ったあとも俺はそのまま立ち尽くす。


「今日は収穫が多かったな。魔法適性値が低い君でも魔法適性値が高いものがテイムすれば魔法が使えること。それと、ドロシアの心の壁を壊せるのは君かもしれない。ドロシアのこと任せたよ。」


「任せたって言われてもどうすればいいんですか?」


「それは自分で考えて欲しい。じゃあ私は用事があるから失礼するよ。」


「まあよくわからないけど、頑張れ。」


「ああ。ありがとう。」


結局ドロシアにしてあげられることは思いつかず雑念を振り払うように剣を振るしかないのだった。

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ダンジョン街の落ちこぼれ剣士は美少女にテイムされる くるる @aitoheiwa

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