第2話 みんなと顔合わせ

あのあと俺は酒場の戻ることはなかった。


なぜならそのまま気を失ったからだ。


倒れた後は『妖精の踊りフェアリーダンス』の基地にそのまま運ばれたらしい。


エルザさんが言うには肉体の限界以上の動きをしたせいで負荷がかかりすぎたのではないかということだった。


力を使いこなすためにも修練は欠かせない。

他人の力に頼りっぱなしというのも気が引けるしなにより修練は俺の日課みたいなものだ。


俺は気合を入れるために頬を叩くと鏡で顔を確認する。


よし。変なところはないな。


今日は団員たちと初顔合わせだ。

初日から妙な印象を持たれないために頑張らなければ。


エルザさんと一緒に修練場に入るとすでにほかの団員たちは集まっていた。


「今日から入団するアッシュ・ブレイク。18歳です。剣士やってます。よろしくお願いします。」


直角に頭を下げた俺の背中をエルザさんがぽんぽんと優しく叩く。


「見ての通り我がクラン初の男の子だ。みんな優しくしてあげてくれ。」


顔を上げると5人の団員たちの表情は様々だった。


興味なさそうに俯くもの、楽しそうにこちらを見つめるもの、興味津々で俺を観察するもの、照れ臭そうに笑いかけてくれるもの、舌なめずりしながらニヤリと笑うもの。


あまり歓迎されていないのかもしれないが女性ばかりのクランに男が入るのだ。最初はこんなものかもしれない。


「それではアッシュ君はあちらに座ってくれ。これから一人一人彼に自己紹介を行ってもらう。最初はライザから。」


「はい。ライザ・プリン。19歳です。アッシュ君と同じ剣士です。よろしくお願いします。」


ライザさんは白くきめ細かな髪を肩まで伸ばしている。

エルザさんとまったく同じ髪形をしているせいで見分けづらいが、表情や目つきが柔らかいほうがライザさんだ。


「質問はないかい?」


「はい。とりあえず皆さんの名前を覚えることにします。」


「わかった。それじゃあどんどんいこう。次はカレン。」


「カレン・クラセル。18歳。専門は槍だ。よろしく。団長が選んだ人がどんな人か気になってたんだ。悪いやつじゃなさそうだな。」


赤い髪を後頭部で一つに結び、鋭い目つきで俺を見つめている。


「メル・コレットです。17歳です。基本的に前線でガードやってます。アッシュさんのことも絶対守るので安心してほしいです。」


そういえばこの子は酒場で一心不乱に料理を食べていた子だ。

オレンジのショートカットでいかにも元気いっぱいという感じのメルさんはやはり元気いっぱいだったようだ。


「次は私ね。レナ・リリィ。21歳。よろしくアッシュ君。スピードを生かして斥候やったり大型の裏を取ったりいろいろやってるよ。」


レナさんは長く伸ばした薄緑の髪をゆらゆらと揺らしながら楽し気に笑っている。

なぜかこの人にはすごく気に入られているような気がする。


「私はドロシア・ノーマ。15歳。魔法使い見習い。よろしく。」


ドロシアは空色の髪を短く切りそろえ、一見少年のようにも見える。

それよりも魔法使い見習いとはどういうことだろうか。


「こらこらドロシア。自分を卑下するな。彼女は魔法適性値がとても高くてね。その膨大な魔力を使いこなすために練習中って話だ。今では魔法をうまく使えているし決して魔法使い見習いなんてものじゃないよ。」


「いいや。私は見習い。思った方向に飛ばすこともできないし、威力の制御もできない。」


悲しそうな顔で呟く。

エルザさんが認めていることから実力はうかがい知れるが自分に厳しい人なんだな。

魔法は才能が全てと思っていたが才能があるものはあるものなりの苦労があるのかもしれない。

それでも魔法が使えない身としては羨ましい限りだ。


「では全員終わったところでアッシュくんに質問タイムだ。全員一回は質問するように。」


「私はパスします。何かあれば個別で聞くんで。」


カレンさんが鋭い目つきで俺を見ながら笑う。


「やりたくないというなら強制はできないな。ではカレン以外のみんな。質問してくれ。」


「はいはーい。彼女はいますかー。」


真っ先に手を挙げたのはレナさんだ。そう言えば昨日も聞かれた気がする。


「彼女はいません。付き合ったこともないです。」


「本当に?理想高い感じかな?」


「いえ、冒険者を目指して修行していたのでそんな余裕がなかっただけです。それに俺ってモテないと思うので。」


「そんなことないと思うけどなー。まあわかった。ありがと。」


「次は自分いきます。アッシュさんはどんな女性がタイプですか?」


メルさんは興味津々といった感じで俺を見ている。

なんだなんだ?バイト仲間に無理やり連れて行かれた合コンみたいな質問ばかりだな。

あんまり剣の腕や実践スキルとかに興味持たれてない感じが少し悲しい。


「好きなタイプはわかりません。あんまり考えたことないので。」


「じゃあデートスポットとかで行きたいところはありますか?」


「ないです。」


「しょぼーん。アッシュさんって青春嫌いなんですね。」


よくわからないが落ち込ませてしまったらしい。

しかしやっとスタートラインに立ったばかりの俺に遊んでいる時間はないのだ。


「使える魔法はある?」


「魔法適性が低くて最低難易度のテイムすら使えないです。」


「あっそ。じゃあ興味なし。」


しょぼーん。

ドロシアさんはそれっきり本当に興味なさそうに俯き、表情は綺麗な空色の髪で隠れて見えなくなった。


切り替えよう。俺には俺の強くなり方がある。できないことを気にしても仕方ない。


「最後に私ですね。わたしは質問ではないのですが昨日は急にテイムを使ってすいませんでした。私も簡単な魔法しか使えないくらい魔法適性値が低いですよ。一緒に頑張りましょう!」


「ありがとうございます。」


俺が落ち込んでいるのを気遣ってくれるなんてライザさんは優しすぎる。

よかった。変な人と怖い人しかいないかと思ったけどライザさんがいるなら安心できる。


「じゃあこれからみんなにアッシュ君の特技を見てもらおうと思う。」


「あれ?団長は自己紹介しないの?」


「その必要はないよ。私のことを知らない人間なんていないからね。」


すごい。ほとんどの人間が口にしたら自信過剰と馬鹿にされそうな言葉だが、エルザさんならその通りと納得できる。

実際エルザさんのことはよく知っている。

大天才。その一言で片付いてしまうほど彼女はすべてが最高峰だ。


「じゃあ誰かにアッシュ君をテイムしてもらおうと思う。」


「はいはーい。私行きます。テイム。」


レナさんの指から放たれた白く美しい線が俺の胸元に当たり消える。


その瞬間俺は引きずられるように走り出すとレナさんに飛びついた。


「あはは。こらー。スケベめー。」


レナさんは全く嫌そうではない。むしろ俺の体を抱きしめてぶんぶんと振り回す。


どうにかして離れようにも俺の体は意思とは関係なくレナさんの体を強く抱きしめる。


「あのようにテイムされたアッシュくんはテイマーの命令に絶対服従となる。直接的な命令がない場合はテイマーが潜在的に望んでいることをするのだと思っている。」


「潜在的って言ってもレナの願望なんて駄々洩れですけどね。」


「うわあああああああ。助けて下さーーーーーーい。」


「ダメダメー。はぁ男の子って可愛いー。」


散々振り回された俺はそのまま倒れこむ。


「でもアッシュ君はまだまだだね。男の子は可愛くもありかっこよくもないといけないよ。」


レナさんは余裕たっぷりだが俺はぐったりとして立ち上がることが出来ない。

さすがS級。恐るべし。


「このようにアッシュ君は魔法耐性値が低いため、テイムが効くんだ。テイム中はテーマーの技術や能力がアッシュ君にも流れている。さぁアッシュ君。今の君はどれだけ早く動けるかな?」


「アッシュ君大丈夫?じゃあ行くよ。私についてきて。」


走り出したレナさんに並走するように体が勝手に動く。

速すぎて話すことも周りを確認することもできないが速度は互角のようだ。


「すごい!ならもっと早くするよ。」


苦しい。きつい。辛い。

速すぎるレナさんの動きに体が無理やりついて行こうとするせいか体中が痛い。

このままじゃ倒れる。

そう思った瞬間足が追い付かなくなり俺の体が宙を浮いた。


「おっとっと。」


レナさんが優しくキャッチしてくれる。危なかった。


「ごめんね。調子に乗っちゃった。大丈夫だった?」


「はい。レナさんのおかげですごい世界が見れました。」


「君って本当に人を喜ばせることが上手だね。ご褒美にぎゅーってしてあげる。」


かなり恥ずかしいがテイム中であるため抵抗することはできず俺はされるがままになっている。


「見てもらった通りのように現在はテイマーの力には及ばないが鍛え方によってはテイマー以上の力を使えるようになると思っている。そのために皆に協力してほしい。」


「団長。私は降りる。自分の鍛錬で忙しいからな。じゃあなアッシュ。また会おう。」


「私も。魔法が使えない人に構っている暇はない。」


カレンさんとドロシアさんはそのまま修練場を出てしまった。


「仕方ない。じゃあ私たちだけで頑張ろう。」


「「「おー!」」」


大きく手を上げる四人を見ながら俺は気を失った。

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