第5話 新たな旅立ち

祖母が亡くなり、数年。

我が家は特に父の実家から遠方で、このご時世だ。

父の兄弟の中で、我が家は一番家が遠いこともあり、墓参りなどはなかなか行けずじまいだ。


そんな中、一度きりだが……。

祖母の着物を着て、伯父に会いに行ったことがある。

伯父は祖母が最晩年を過ごした静岡で未だに一人暮らしをしている。


「おう、来たか。お、それ……」

「うん、おじいちゃんちから持って帰った、あの着物」

「ふーん。まあ、良いんじゃないか? 悪くはない」

私はえへへと照れ笑いした。


伯父の家から歩いて数分のスーパーで母と買い物をしていると、やはりひそひそと言われているのを感じた。

「ほら、だから着物は……」

母がその言葉を続けようとすると、お年を召した女性が寄ってきた。

「素敵ですね。着物は好きですか?」

「はい、大好きです」

私は照れ笑いしながら答える。


「とても素敵なお嬢様ですね。着物もお似合いですし、これからもどんどん着物を着てくださいね」

「ありがとうございます」

私は頭を下げてお礼を言う。

母も少し恥ずかしそうにしながら、お礼を言う。


「恥ずかしいって思うことないでしょう?」

私は母に悪戯っぽく言う。

「……そうね」

母は諦めたように言った。



それからさらに時間は流れた。

2022年12月半ばの頃、私は実家を旅立たねばならなくなった。

仕事の関係で、12月の下旬に単身で引っ越すことになったのである。

「お母さん、あの着物はこの家に置いていくよ。すごく大事なものだからさ」

「わかった」

「代わりに茶色の角帯は持ってく。それに、たまに帰るから」

茶色の角帯も、青の角帯同様に祖父の遺品から受け継いだものだ。

「まあ、ここは実家なんだから。好きな時に帰っておいで」

私は頷いた。


12月某日の夜 私は生まれ故郷から旅立ったのである。

生まれて初めての引っ越し、そして生まれ始めて一週間以上地元と親元を離れる。

寂しいやら、ドキドキワクワクやら、不思議な気持ちが渦巻く。

不意に目頭が熱くなった。


そうだ、私のこれからの新生活は……。

これから始まる……。

しっかりと、前を向いていかねば!


≪完≫

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受け継ぐ着物~祖母から孫娘へ~ 金森 怜香 @asutai1119

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