第4話 活用

私たち一家は、一日会津若松で散策して一日がかりで家に戻った。

私はその日、持参した絽の着物を着て歩いていた。

白地に紺の模様の着物で、帯は青緑色で桜の模様が施された半幅帯だ。本当は浴衣と悩んだが、絽の着物にしたのである。

会津若松城では、チラチラと視線を感じた。

やはり、20代の若者が好んで和装をするのは珍しいのだろう。

いつものことだ、と私は気にしなかった。


「さてと、持って帰ってきたは良いけども……」

「和室に干しておいてちょうだい……」

母は苦笑いしながら言う。

ナフタリンの臭いには、さすがに親子ともども苦笑いする他はない。


和室に着物を干して、帯も隣にかける。

寄り添う着物と帯に、私はなんとも言えない気持ちになる。

祖母と祖父が、寄り添い合っているようにも思えたからだ。


1ヶ月、2ヶ月と経ち、少し臭いは薄れた。

薄物の着物はもう少し寒くなったから、そろそろ単も着始めていい季節だ。


私は町中の散歩へ、その着物を着ていくことにした。

その方が風も通るし、そう考えたのである。


祖母の着物を着て、水色の半幅帯を締める。

黒のショルダーバッグをかけて、私は出かけた。


祖父母は私の乳幼児期以来、地元へ来たことがない。

[祖父母に新幹線の“のぞみ(当時はのぞみは別料金有りだったそう……)”に乗せてやれた、これは数少ない親孝行になった]

と父はよく嬉しそうに言うので、私は地元に祖父母が来られたのは乳幼児期が最後とよく覚えている。


今の風景を見せてあげられたような、そんな気持ちになる。

いっぱい変わったよね。

私はこの町で大きくなったよ。

いい町でしょ?

川をぼーっと眺めながら、私は祖母に心の中で話しかけた。

返事のように、そよ風が吹く。

その風は、着物で少しほてった体には心地のいい風だった。


それから数か月。

私は、あるイベントに来ていた。

祖母から受け継いだ、オフホワイトの着物を着て、祖父の青い角帯を締め、自前の灰色の馬乗り袴を穿いた。

羽織はお気に入りの古着屋さんで購入した黒い羽織だ。

着付けは自分で行った、祖父母の流れを受け継いだ袴姿だ。


「粋な格好だね」

「カッコいいね!」

知っている人から声をかけてもらった。

少し誇らしげで、少し気恥ずかしい気分になる。


イベント会場を歩いていると、急に一人の男性が寄ってきた。

「今日もよく似合っとるね」

私は思わずその男性を見る。

その男性は、ステージの出場者側の人間だった。

「え……」

私はその場で処理が追い付かず、一時的にフリーズした。


私は、その手のイベントへ顔を出すときは大抵和装か、和装アレンジの和洋折衷でコーディネートする。

その人が誉めてくれたのは、どうやら毎度こんな感じだからと声をかけてくれたらしい。


「おじいちゃん、おばあちゃん、着物素敵だって。帯素敵だって。いっぱい褒められたよ」

私は空に向かって言う。

曇っていた空が、急に明るくなった。

祖父母も喜んでくれているのかな?

私はそんな気分になった。


そのイベントから数か月、祖母の一周忌後。

私は、宮島に祖母の着物を着て、自前の薄緑色の長羽織、短く着付けた着物の上から汚れ防止を兼ねたスカートを履いた和洋折衷コーディネートだ。

宮島に来たというのに、どんより暗い曇り空……。

私は少し残念に思いながら歩いていた。


鹿を見つめてはのんびりと歩き、海を見てはのんびり歩いた。

海水に指先をつけてみる。

「ひゃあ! 冷たいっ!」

私はそう言って笑った。

海無しの場所にずっと住んでいるから、海辺にいるだけでとても楽しいのである。

ブーツがほんのりと濡れ、私は海岸沿いを進み、階段を登って参道へと向かう。


見ず知らずのお年を召したご夫婦や、若いお姉さんに急に話しかけられた。

「素敵なお着物ね」

「よくお似合いですよ」

私は嬉しい反面、はしゃぎすぎて恥ずかしくなる。

お礼を言って頭を下げる。

お互い笑顔で別れると、何だか暖かな気持ちになる。

それどころか、空も晴れてきている。

孫娘の笑顔に、祖母も喜んでくれたのかな?

私はそんな気持ちで、空を見上げては、心の中でありがとうとお礼を何回も言った。


海の水面が、より一層キラキラ輝いているように見えた。

だが、それはきっと気のせいではないような、そんな気がした。





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