第11話 そういうことか…そうだったのか…点と点が線で繋がったわ。許さんぞ…!
「……まるで終わらない夏休みだ」
一体何がいけなかったのだろうか。さっぱりわからない。ちゃんとさーちゃんと出会えたじゃないか。あれ以上何をすれというんだい?
再び挫けそうになる心を必死に奮い立たせて、俺はネタ帳を開く。そして、実行した事を斜線で消していき、残ったイベントだけを列挙した。
・さーちゃんが転ぶ。三国大河と出会う。ひたすら小説を書く。
この内、小説をひたすら書くというのは論外だから消すとして、三国大河と出会うってのがもしかして重要なのか? いやでも、円香の仮説が正しいとするならば、三国大河は「彼女達」には入っていないはずだ。あれで三国大河が女だったら笑うしかないが。
「となれば、さーちゃんが転ぶ? ……いや、そんなはずはない、よな? これが原因だったら笑うしかないぞ……」
しかし、もう他にやっていない事といえばそれくらいしか思いつかなかった。
俺は足りない最後の1ピースを探すべく、さーちゃんが転ぶイベント直前までを完璧に前周回をなぞった。そして、いよいよ運命の時が訪れた。
「鳥が呼んでる……」
前後の文脈とまったく関係のない不思議な独り言。それが合図だった。さーちゃんは急に残りのご飯をかき込んで立ち上がる。
「さーちゃん、やる事を思い出しました。ので、もう行きます。ありがとうございました」
俺の視線の先にはバナナの皮があった。後少しで、さーちゃんがそれを踏む。
「へぶっ!」
「うわぁ……」
何度見ても、本当に派手に転んでいる。一回目は純白のおぱんちゅに気を取られて至らなかったが、あれは相当痛い転び方だ。
「大丈夫か?」
心配になった俺は、彼女を抱き起こしながら、転ぶ原因となったバナナの皮を彼女の頭から取ってやった。
「はわ。さーちゃん、お姫様になっちゃいました」
「……大丈夫そうだな」
さーちゃんから手を離し、円香と共に3人で転がった食器を拾う。しかしやはり、小皿が一枚どこにも見当たらなかった。最後の一枚を差し出すのは、
「はいこれ」
「……やっぱりそうだよな」
三国大河だ。何もかも覚えのある光景。これが足りない最後の1ピースだとは到底思えなかった。
「ん? 何がやっぱりなんだ?」
「いや、こっちの話だよ。ありがとう」
「おう? しかし、派手に転んだなぁ。その子、一回生だろ? 名前教えてくれよ」
後はもう、知っているやり取りだった。それぞれ自己紹介をして、円香の食事が終わったのを確認して解散する。
やはり足りない最後の1ピースはもっとどこか見落としがあるのだろう。次はそれを見つけよう。そう思い、俺は大した期待もせずに眠りについた。
翌日。目を覚ました俺の目に映ったのは最早慣れてきた天井だった。惰性でスマホのカレンダーを確認すると、4月「7」日と書かれていた。
「…………寝ぼけてんのか?」
ゴシゴシと目を擦って再度スマホを見るも、何度見返してもカレンダーには4月7日としか書かれていなかった。
俺は、入学初日のループから抜け出す事に成功したようだった。
「よっしゃああああああああ!」
ひとしきり声にならない声をあげて喜ぶと、今度は一つの疑問が浮かんできた。すなわち、足りない最後の1ピースはなんだったのか、と。
「……変わったのって2つだけだよな?」
前の周回と変えたのは、さーちゃんが転ぶイベントを起こす事と、三国大河と出会う事だけのはずだ。内、三国大河との出会いはさーちゃんが転ぶイベントとワンセットだ。となると、やはり……。
「ひょっとしなくてもさーちゃんが転ぶ事が最後の1ピースだったのか……」
こんなんわかるわけねえだろ! 今どきどんなクソゲーだよ! たけしの挑戦状もびっくりだ。
しかし振り返ってみると、1回目のタイムリープ時、俺は奇跡的にこなさなければならないタスクの全てを完了していたのだとわかった。おかげで4月6日の牢獄から抜け出す事ができたが、1回目の奇跡的ムーブがなければもっと時間がかかっただろう。
「忘れないようにネタ帳に書いておこう」
ネタ帳を開くと、なんと不思議な事に、1回目のループから今日ここに至るまでの出来事が詳細に書かれてあった。
「……このネタ帳、元は俺のだよな?」
一体いつの間にこのノートは不思議世界の物体になったのだろうか。俺の知らないところで進化していたようだ。ニャオハ立つな。
なにはともあれ、今後またループに囚われた際の参考にできるものがあるというのは有り難い。これはもうそういうものだと思って受け入れよう。
「とはいえ、だ……」
ここで調子に乗って部屋に籠もり、小説ばかりを書いていると再び4月6日に戻されてしまうのは経験でわかっている。おそらく今日以降も、何かこなさなければならないタスクやイベントの類が待ちわびているのだろう。
「勝負の一週間だな……」
さしあたって俺がするべきは、学園に通う事だろう。4月6日を乗り切るために必要なイベントは全て学園に関連していた。積極的に講義に出て、気は進まないが人付き合いをこなしていかなければまた元の木阿弥だ。
着替えて歯を磨いた俺は、適当に朝食を食べて円香の到着を待った。今日は履修登録期間なので、おそらく円香に付き合う形で各ガイダンスを受講する事になるだろう。
「嵐くーん。起きてるー?」
噂をすればなんとやら、だ。「入っていいぞー」と返事をすると、
「お、今日はちゃんと服を着てるね」
入室した円香は、開口一番そう言った。当たり前だ。そう何回もパンツ姿を見られるイベントが発生してたまるか。どうせならパンツを見られるより俺が女子のパンツを見るイベントが発生してほしい。
「今日ガイダンスだろ? 円香は何見にいくか決めたか?」
鞄を手に、アザミ寮を後にした俺は、教室までの僅かな時間にそう尋ねた。
「迷いちゅー。嵐君は?」
「俺も決めかねてる。一般とかは可能な限り円香に合わせるけど、問題は専門だ」
俺の専門は小説なので、本来であればそれ関連の講義を受講すればいいのだが、円香の専門はイラストだ。どうしても専門講義では教室が離れてしまう。
ループの事を考えると講義の全てを彼女に合わせたいが、そんな事をすれば怪しまれてしまうだろうし、そもそもイラストで単位は絶対に取れないという問題がある。
「二回生になると専門の比率増えちゃうもんねえ。そだ、私一般の楽単友達に聞いてきたよ」
「ほー、なんの講義だ?」
問いかけると、円香は鞄から時間割を取り出して読み上げてくれた。
「んとね、英語なんだけど、英語文化演習って講義」
「ああ、それ罠だぞ。去年は楽だったらしいけど、今年から先生が変わる」
今思い出したが、タイムリープ前に楽単の噂に踊らされて取った結果、めちゃくちゃ苦労をした。文化演習とかいって、やるのはひたすら英文法を詰め込むだけの講義だった。
「えー本当? 私英語の単位これで取ろうと思ってたのにー」
「英語の単位なら、英単語習熟が確か楽だったはずだ。テストもないし、ただ英単語を書いて提出すれば単位くれたはず」
そう言うと、円香は「ふふ」っと笑った。なぜ笑ったのかわからない俺は、不思議そうな顔をしていると、
「ちゃんと講義の事、調べてるんだね。えらい、えらい」
円香はそう言って俺の頭を撫でた。大変照れくさかったので、「あー、まあそれなりにな」と返して、俺は鼻の頭をポリポリとかいた。
どうにも、この幼馴染と会話しているとリズムが崩れてしまう。円香は俺の事ならなんでも肯定してしまうので、おいそれとテキトーな事が言えないのだ。
その後、朝から5コマ、フルでガイダンスを受講するという、タイムリープ前でも考えられない勤勉さを発揮した俺は、疲れ切った身体と精神を癒やすべく自室へと戻っていた。
「やりきった……」
講義を受けるだけでなく、昼食もわざわざ円香と待ち合わせして食べた。考えうる限り人との接触は増やした。これといったイベントはなかったように思うが、まあこんなものだろう。そんな毎日毎日イベント続きでは精神がもたない。
「根暗のやる事じゃないぞ、マジで」
後はもう晩飯をテキトーに食って、寝るまで小説を書こう。万が一またタイムリープしてしまえば、今日の何かが間違っていたという事だが、それはその時考えればいい。
あり得ない事に巻き込まれているが、俺は元々ちょっと夢見がちの普通の人間なのだ。決して小説家になるという夢を諦めた覚えはない。
「お肉ジュージューっとな……ん?」
冷蔵庫に入っていた豚肉をフライパンで焼いていると、スマホから音が聞こえてきた。レインの着信音だ。
通話の着信音ではないので、別に今すぐ見る必要もなかったが、なんとなく、本当になんとなく肉に火を入れたままスマホを開いて確認した。
『明日アザミ寮に新しい人が来るんだって! しかも二人も!』
円香だった。まあ、さもありなん。俺のレインの友達欄には家族親類と円香しかいない。その内両親は余程の用でもない限り連絡を寄越さないので、そうだとは思った。しかし、
「この時期に入寮生? 厄介事の臭いがするな……」
現在アザミ寮には俺と円香、それから三回生が一人住んでいるが、三回生の人はすでにプロとして活躍している関係で、忙しく各地を飛び回っているから実質俺と円香二人だけという事になる。
今更二回生以上がアザミ寮に入ってくるはずもないので、おそらく一回生だろうが、いくらなんでも時期がおかしすぎる。普通は入学式前に入寮するものだ。
『それどこ情報?』
そう返したタイミングで肉が焼けたので、火を止めてフライパンと鍋敷きを持ってちゃぶ台まで移動する。フライパンは皿代わりだ。こうすれば洗い物が少なくて済むし、熱々の状態で食べられる。ちょっとしたライフハック。男の一人暮らしなんてこんなもんだ。
炊飯ジャーから白米をよそっていると、再びスマホがピロンと鳴った。
『ポストにプリントが届いてたんだよー。後で見に来る?』
いや、面倒だからいい、そう返しかけて、俺の指が止まった。これは明らかなイベントである。万が一、本当に万が一、入寮するのが女子だったら? その子が例の「彼女達」の達に入っていたら?
そう思った俺は、一度書いた文章を全削除して、こう送った。
『今飯食ってるから食い終わったら見に行く』
「皆で一緒にゲームを作りませんか」茜色の教室で、彼女は唐突にそう言った。 山城京(yamasiro kei) @yamasiro
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