第10話 へっ 雑魚が もう10回位タイムリープしてるくせに
目が覚めた。眼前には見慣れた天井。当然のように隣には昨晩布団を共にした円香の姿はない。俺は再び、4月6日に戻ってきたのだ。だが、混乱はない。円香に慰めてもらった事で、元気100倍。
「やるか……」
円香の思い、無駄にしてはいけない。俺は、なんとしてもこのループから抜け出さなければならないのだ。
とはいえ、円香が部屋を訪れるまでやる事もないので、何かをして暇を潰そう。さしあたって俺ができる事などしれているが。
歯を磨くわけにもいかないし、通学の準備をするわけにもいかない。となれば、鏡の前でマッチョポーズでも取るしかないだろう。しぐれ煮! 肩メロン! 三角チョコパイ!
「……ふむ、素晴らしい」
「嵐くーん。もう待ち合わせの時間過ぎてるよー」
おっといかんいかん。もうそんな時間か。扉を開けた円香の目に映る位置にいないと。
「まだ寝てるのかな? 入るよ嵐君」
緊張の一瞬だ。果たして俺は2回目の時と同じ対応ができるだろうか。
「きゃあ! なんで服着てないの!」
さあ、ここからだ。可能な限り覚えている通りの流れで円香と共に通学するというタスクを完了させる必要がある。
一度退室した円香を、歯を磨きながら迎え入れ、彼女の作った朝食を食べて、部屋を出る。
そして、アザミ寮に思いを馳せていざ正門へと到着した。
「よかった……」
「さーちゃん印のワッペンですよ~。今ならなんと、驚きの0円! もらってくださ~い」
正門にたどり着くと、道行く人に一生懸命ワッペンを渡そうとしている少女がいた。さーちゃんだ。ここで俺が言うべき言葉は、
「サークルの勧誘解禁ってもうされてたっけ?」
細部は違うだろうが、確かこんな発言だったはずだ。
「まだだよー」
よし、いいぞ。後はさーちゃんが生徒会に連行されれば……。
「あーかわいそうに。あれ生徒会だよー。連行されちゃったね」
でかした! 俺は思わず心の中でそう叫んだ。後はもう流れに乗るだけだ。
「たぶん新入生だろうな。関わる事があったら優しくしてあげよう」
「そうだねー」
そんな会話をしながら掲示板に行き、クラス分けの紙を見てクラスが一緒な事を喜ぶ円香に適当な相槌を返して2ーCに到着した。
「やった……やったぞ……!」
たぶん100点に近い形で2回目を再現できたんじゃないだろうか。ここに来るまで気が気じゃなかったが、ここから昼まではちょっとした休憩時間だ。
雪堂先生の話をわざと聞いてないふりして、軽く怒られた後、学長の話を聞き流す。
「今日はこれで終わりにするが、学生生活は助け合いだ~。今の内からクラスに友達をつくったりして、有意義な学生生活を送れるようにする事。決してダラケたりしちゃいかんぞ~」
雪堂先生は「終わり終わり~」と言って教卓に戻っていった。が、俺の戦いはここから再開する。すなわち、
「嵐君、お昼ご飯どーする?」
予定通り、円香がぴょこっと現れた。俺はすかさず用意していたセリフを口に出す。
「さっき食べたばっかだからあんま腹減ってないんだよな。円香腹減ってるんだったら一人で食堂で食べてきたら?」
「えーやだよー。一人ぼっちでご飯なんて食べたくないよ。一緒に食べよ?」
円香がこう返すのも予定通り。ならば俺は、
「よしじゃあこうしよう。俺は紅茶セットかなんかを注文するよ。それなら一緒に食べれるし、いいだろ?」
「ほんと? ありがとー。そうと決まったら早速いこー」
これで、円香と一緒に昼食を食べるというタスクが完了するはずだ。問題は、このループでさーちゃんに声をかけるべきかどうか。
迷ったが、今回は声をかけない事にした。情報が少ない今、やはりトライアンドエラーの原則には従うべきだ。どこが間違いだったのかを明白にするために、変えるのは少しにするべきだ。だが、
「ここのご飯ほんとに美味しいよねぇ。自炊する人が少ないのもわかるよー」
「そうだな。料金も安いし、下手に自炊するより金がかからない」
「ねー。今度おばちゃんに料理教えてもらおうかな?」
「今だって円香は料理上手い方だろう」
「そうかな? えへへ」
平静を装って円香と会話しているが、その実俺の心中は猛烈な焦りに駆られていた。それもそのはず、どの周回でも俺はこの時間、円香とこんな話をした覚えがないからだ。
それはすなわち、間違った道に進んでいるという事を示しているのではないだろうか。
俺のそんな予感は悪い事に当っていた。円香が食べ終えたのを確認し、食堂を後にしたタイミングで俺は再び4月6日の朝に戻されていた。
「……戻される間隔が狭まってきているな?」
以前はなんとなく漠然としたタイミングで戻されていたが、前回のループは明確に誤った行動を取り終わったタイミングで戻されたように思う。
「円香と食堂に行ったところまでは合っていたって事だよな……」
となればやはり、円香の予想通り、俺は食堂でさーちゃんに声をかける必要があるのだろう。
「さーちゃん関連のイベントって何があったかな……」
ネタ帳に以前円香と話した際に書き出した事を再び書いて整理しようと思い、机の上から持ってきて開く。すると、そこには以前書き出した内容がそっくりそのまま書いてあった。
「……もういい加減驚かねえぞ。槍でもなんでも降ってこいってんだ」
なんにせよ、書く時間が省略された。
・朝、円香に起こされる。パンツ姿を見られる。飯食って学園に行く。雪堂先生に怒られる。
・円香と一緒に食堂に行く。コーヒーセットを注文する。円香のお茶と交換。さーちゃんを席に誘う。さーちゃんが転ぶ。三国大河と出会う。ひたすら小説を書く。
この内前半部分の円香と通学する部分に関しては前周回でクリアした。ここに書いてある事をなぞれば大丈夫だ。
問題は第二のタスクの方、食堂だ。前回俺は、コーヒーセットではなく紅茶セットを頼んでしまった。おそらくそれが、会話内容が大幅に変わった要因の一つだろう。なので、今回は念には念を入れてコーヒーセットを注文し、さーちゃんを席に誘ってみよう。
「嵐くーん。もう待ち合わせの時間過ぎてるよー」
「む。もうそんな時間か」
俺はネタ帳を閉じて円香にパンツ姿を見られる準備をした。
入室した円香に驚かれ、歯ブラシを咥えて部屋に招き入れる。繰り返しもここまでくると一つ一つの動作が洗練されてくるのがわかる。なんだかRTAをやっているみたいだな?
さて、通学タスクを無事終えた俺は今、円香と食堂にいる。すでにテーブルには注文の品が並んでおり、後は俺がコーヒーを飲んでマズイと言えば仕込みは終了だ。よし、やるぞ。
「マズ!」
「なんでコーヒー頼んじゃうかなー。背伸びしたってしょうがないじゃない」
「飲んでみたかったんだ」
「そうなの? 全部飲めそう?」
「いや、もう飲みたくない。悪いけど円香のお茶と交換してくれないか?」
「しょうがないなあ。はい、どーぞ」
よし、いいぞ。確かこの辺のタイミングで俺はさーちゃんの姿を目撃するはずだ。目を血走らせんばかりの勢いで見開いて、ギョロギョロとさーちゃんの姿を探す。……いた。
「うーん……うーん……」
目標補足。俺はすかさず立ち上がり、さーちゃんの元まで駆け寄る。他の男に声をかけられるより前に声をかける必要がある。掟破りの地元走りだぁ!
「お嬢さん、席にお困りなら僕と一緒に食べませんか?」
俺の言葉に、さーちゃんは不思議そうな表情を浮かべた後ピンと来たとばかりにこう言った。
「ナンパさんですかぁ?」
なんでそうなる。
「さーちゃんはご飯が食べたいのです。ので、ナンパなら他所をあたってください」
「いや、ちが――」
「それじゃ、失礼するのです」
しくじった。明確なしくじりだ。やっちまったぜ。誰だよRTAをやっているみたいだなとか言ったバカは。俺か。某兄貴みたいなメガトンコインだ。
本当にRTAみたいなノリで行動すると、この先のさーちゃんを誘うイベントでフラレてしまうんですね。だから、冷静に行動する必要があるんですね。
「戻れ戻れ戻れ戻れ」
ふざけて念じてみたら、なんと食堂のシーンから再開した。通学からここまで地味に時間がかかるのでこれはありがたい。
どうやら今は、食券をおばちゃんに渡し終えた後のようで、受け取り口から食事が出てくるのを待っているらしい。
この幸運を逃す手はない。今度はちゃんと落ち着いて、俺は前なんて言ってさーちゃんを誘ったんだったかな……確か、
「席なくて困ってるんだったら相席しないか?」
「なんと! いいのですか?」
「もちろんだ。そのつもりで声かけたんだしな」
「ありがとうございます。どこを探しても席が空いてなくてさーちゃん困っていたのです」
やったぜ。最初からこうすれってんだ、俺のバカタレ。
それからはなんとなく覚えのある会話をして、互いに自己紹介をしたところで、再びさーちゃんは「鳥が呼んでる……」と言って席を立った。
このフレーズは何故か記憶に残っていたので覚えている。この後彼女は、バナナの皮に滑って転ぶのだ。だが、それを知っている俺は彼女が滑って転ぶ前にバナナの皮を処理した。
「それどうしたの?」
俺がバナナの皮を手に持っている事を不思議に思ったらしい円香がそう尋ねる。まあ、当然の疑問だよな。誰だって唐突にバナナの皮を手にしていたら質問したくなる。
「誰かがそこに落としてたから拾ったんだ。踏んで転んだら危ないだろ?」
「よく気がついたねー」
「俺は目がいいんだ」
それから食事を終えた俺は、円香に先に部屋に戻っていると言って自室に戻っていた。
気分はウキウキ。遠足前の小学生だ。たぶんこれで、4月6日の牢獄から脱獄できたはずだ。さーちゃんともしっかり出会ったし、何より食堂から出てもタイムリープしなかった。
「やっと、乗り越えられたんやなって」
嬉しすぎて泣きそうだった。無限にも思えたこのループから抜け出したらまず何をしようかな、まるで出所後の服役囚みたいだな、そんな呑気な事を考えながら眠りに落ちた俺の目は、翌朝、4月6日の文字を見るのだった。
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