第9話 心の振動数がとんでもないことになってるぜ。60Hzぐらいかな
ひとしきり泣いて落ち着くと、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。体感8つも下の少女に慰めてもらうだなんてどうかしている。というか何より俺は今パンイチだ。服を着よう。
「どうしたの、って聞いても大丈夫?」
服を着終わった俺に、円香は控えめぎみにそう聞いてきた。
「信じてもらえないかもだけど、俺、タイムリープしてるんだ。もう何回も今日を繰り返してて、皆ロボットみたいに同じ言動ばっかして――」
「信じるよ」
早口でまくし立てる俺に、落ち着かせるように円香はそう言い切った。
「だって、誰よりも小説が大好きな嵐君が、仕事道具のパソコンを壊しちゃうくらいだもんね。耐えられなかったんでしょ? 私は、信じるよ。だから、落ち着いてちゃんと説明して?」
一分の疑いもなく信じると言ってくれる彼女の様子に、再び目頭が熱くなったが、ここで泣いてしまったら話が進まないので上を向いてこらえる。そんな俺の様子を、
「ふふ、いいんだよ? もういっかいくらい泣いても。さっきの嵐君かわいかったし」
「いや、泣かない」
「うんうん、調子出てきたね。それで、今は体感、何回目の今日なの?」
「えーと……」
俺は自分自身整理するためにも、散らかった部屋の中からなんとか紙とペンを発掘してループの回数とそれぞれの世界を簡略に示した内容を書いた。
・1回目。25歳まで生きた世界。
・2回目。一週間、続いた世界。初めてのタイムリープ!
・3回目。一日だけ過ごせた世界。
・4回目。昼で終わった世界。
・5回目。学園に行かなかった世界。円香が去ると同時にタイムリープした。
・6回目。今。
「ふむふむ……なるほど。ね、この25歳まで生きた世界ってどういう意味?」
円香に話す以上、やっぱり避けては通れないよな……。
「通り魔に殺された。そんで、気づいたら学生時代に戻ってたんだ」
俺がそう言うと、円香は「そっか……そっか……」と言ったきり黙ってしまった。
「円香?」
「あ、ごめんね。たぶんだけど、参考にするべきは2回目の世界だと思うんだ」
「というと?」
「1回目の世界はきっかけみたいなものだから例外として、2回目の何かが上手く噛み合ったから翌日以降を迎えることができたんだと思うんだよね」
円香の言う事いちいち最も。確かに思い返してみると、2回目、3回目、4回目……と俺はそれぞれ違う行動を取っていた。その中の何かがこのループを引き起こしている者、例えば「彼女」のお眼鏡に叶わないために戻されていると考えれば辻褄が合う。
「なるほどな。実はさ、俺1回目のループの時白い不思議な世界を見たんだ。そこに何かがいて、『彼女達を救え』って言われてるんだよな」
おまけに女神像のところでも黒猫にメモ用紙を落とされてるしな。
「じゃあ絶対それだよ。3回目以降の世界ではその条件を満たせない、もしくは何かに失敗したからスタート地点である今日に戻されたんじゃない?」
「となれば、2回目を詳しく思い出してみるか」
「うん。まずは今日という日を抜け出すためにも、4月6日に何をやったのか詳しく思い出してみて」
「ちょっと書き出してみるか……」
朝、円香に起こされる。パンツ姿を見られる。飯食って学園に行く。雪堂先生に怒られる。円香と一緒に食堂に行く。コーヒーセットを注文する。円香のお茶と交換。さーちゃんを席に誘う。さーちゃんが転ぶ。三国大河と出会う。ひたすら小説を書く。
「こんな感じだな。初日以降、俺はずっと部屋に籠もって小説書いてたし、他にトピックはないはずだ」
「ね、さーちゃんって誰?」
「一回生の子。食堂で席に座れなくて困ってたから円香が声かけようって言ったんだよ」
「ふーん……かわいいの?」
「そうだな、可愛いよ。ちっこいのに胸デカいし、マスコットみたいだから刺さる人には刺さるだろうな。それが?」
「へーほーふーん?」
「な、なんだよ?」
「べっつにー」
と、円香はそっぽを向いてしまった。今の会話のどこかに機嫌を損ねる要素が?
「と、とにかく、これと3回目以降を比較してみよう」
再び3回目以降を紙に書き出し、比較してわかった。どうやら俺が絶対にこなさなければならないタスクは大別して2つ。すなわち、
「朝私と一緒に学園に行く」
「昼、円香と一緒に昼食を食べる。この2つのタスクをこなせば、少なくとも4月6日の夜まではいけるのかもしれない」
「うん、そうだね。でも私、『彼女達を救え』っていうのがすごい気になる」
「言ってなかったけど、3回目かのループで女神像のところに行った時、黒猫が『彼女達を救って』っていうメモ用紙を俺の前に落としていったんだよ」
「やっぱり……『達』っていうのはどういう意味なんだろう?」
「そのままじゃないか? 彼女の複数形。つまり、俺が救うべき女性は二人以上いるって事だろ?」
そしてたぶんだけど、その内の一人には円香が含まれている。紙にまとめた事でわかったが、こなさなければならないタスク2つの内、両方共に円香の名前が入ってるのだ。これはきっと偶然じゃない。それは円香にしても理解しているようで、
「救わなければならない対象が女の子ってことは、このさーちゃんって子も入るんじゃないのかな?」
トントン、と紙に書かれたさーちゃんの名を指しながら彼女は言った。
「どう、なんだろうな……」
脳裏に浮かぶのは、バナナの皮に滑って転び、盛大に純白を晒した彼女の姿。変わった子だとは思ったが、誰かに救われなければならないほど困っているのだろうか?
「こういうのって、辛いかもしれないけどトライアンドエラーだと思うから、頭の片隅にでも置いておいて」
「そうだな、ありがとう」
「んぅ……うぅん……」
円香が背伸びをした事で気が付いた。奇跡的に無事だった時計に目をやると、もうそろそろ夕食時になろうかという時間になっていた。ずいぶんと話し込んでいたようだ。
「ごめん、気づかなかった。疲れたよな?」
「ううん、だいじょぶ」
「とはいっても、もうあらかた話し終えたし、解散しよう。円香も腹減っただろ?」
「うーん、確かにお腹は空いたけど……」
そこで言葉を区切った円香は、改めて部屋の惨状を見回してこう続けた。
「なら、この後の時間私にくれない? どうせこの部屋じゃご飯も作れないし、寝るのも大変でしょ?」
「そりゃそうだけど……どうせたぶん寝たら戻ってるし……」
「だからこそ、だよ。今日の嵐君に会えるのはこれっきりなんだもん。私に泣きついた嵐君も、私に秘密を打ち明けてくれた嵐君も、全部全部、明日になったらなかったことになってる。それじゃ寂しいでしょ?」
俺はなんて愚かなのだろう。俺にとっての今日と、円香にとっての今日は価値が違うのだ。
俺は今日の思い出をタイムリープする事で次の今日以降も覚えていられるが、円香は違う。次の今日では、彼女は何も知らないまま次の俺に出会うのだ。
「次の私は、きっと今日のことを覚えていない。ごめんね」
辛そうに言う彼女に、俺は「円香が謝る事じゃない」、そう強く言いたかった。だが、彼女の浮かべる表情がそれをさせなかった。
「だけど、これだけは覚えておいて。私はいつだって嵐君の味方だよ。嵐君が困ってたら絶対に助けるから。って言っても、私じゃ頼りないかもしれないけど……」
「そんな事はない! 俺にとって円香は――」
彼女は俺の口に人差し指を当ててその先を遮った。
「その先は、次に会ういつかの私に言ってあげて? きっと、今は卑怯だと思うから」
円香の部屋へと移動した俺達は、彼女の作る晩御飯を一緒に食べて、他愛もない話をして過ごした。心底、心の安らぐ時間だった。
そんな時間を過ごして、夜も更けてきた頃だった。円香は俺にお願いがあると言ってきた。
「今日だけ、昔みたいに一緒のベッドで寝て?」
常であれば断っていただろう。だが、今日の円香に会えるのはこれが最後なのだ。そう思うと、自然、俺の口は「わかった」と言っていた。
「流石に、二人で入ると狭いね」
嬉しそうにそうささやく円香に、
「そりゃそうだ。身体だけはいっちょ前に大人になってるからな、俺らも」
「えへへ、昔はよくこうして一緒に寝たよね。懐かしいなぁ。私が怖い映画見て寝れなくなって、枕抱えて嵐君のお布団まで行ったんだよね」
「あーお泊まり会の時な。あんときゃひどかった。怖い怖い言って俺にしがみついてたろ」
「そんなことないよぉ。嵐君だって怖がってたじゃない」
「今となってはいい思い出さ」
「そうだね。いい思い出……だからこれも、大人になって思い出したら……」
円香はそう言って俺の頬にキスをしてきた。
「円香……?」
「明日になったら、私は全部忘れちゃってる。だから、今日のこと、嵐君だけは覚えてて?」
「……わかった」
暗がりで彼女の表情がわからなかった、というのは言い訳だ。俺はただ、純粋な好意を向けてくれる彼女が怖くて直視できなかったのだ。
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