44:訳あり王子の守護聖女

 式典の次は騎士団による華やかな行進が始まった。


 私はルカ様と共に花で飾り付けられた王家の馬車に乗り、沿道に立つ人々に笑顔で手を振り続けた。


 行進が終わったら、城の中庭に移動して交流会。


 今日は即位記念日ということで城門が開放され、一般人でも中庭までは自由に入れるようになっている。


 城の観光を楽しんでいた人々は、人目を引く鮮やかなオレンジ色のドレスに着替えた私の元に殺到した。


 歌が素晴らしかった、『演説塔』の上で放出した神力の光が綺麗だった、あれほど広範囲に渡って神力を放出できる聖女など見たことがない、まさにあなたこそが大聖女だ。


 過剰とも思えるような無数の誉め言葉に加えて、両手に抱えきれないほどの花や菓子を貰った。


 中には「大聖女に触れれば無病息災、一生健康! 瘴気も平気になる!」などという大嘘を信じ込んでいる人もいたり、「私と結婚してください!」と無茶を言い出す人もいたため、そこはかとなく身の危険を感じたが、ルカ様やラークたちが守ってくれた。


 そうこうしているうちに夕刻を告げる鐘が鳴って一般人が去り、城門が閉まった。


 あと一時間もすれば待ちに待った舞踏会の始まりだ。


 身支度を整えるべく部屋に戻った私は、ミアやロゼッタの手を借りて深紅のドレスに身を包んだ。


 複雑に編み込んだ髪にはドレスと同じ色の髪飾り。

 首元や耳元は眩いきらめきを放つダイヤモンドで飾った。


 足に履くのは足首をストラップで固定する舞踏用の赤い靴。

 たとえヒールがついていようと、練習を積んだいまの私には優雅に踊る自信があった。


 見事な変身を遂げさせてくれたミアたちに礼を言い、椅子から腰を上げてしずしずと歩き出す。


 今日は大変な一日だ。


 朝から重い帽子を被り、重い服ばかり着て、胴体をコルセットで絞め続けている。


 舞踏会場では美味しい料理が用意されているというのに、きっと胃に詰め込む余裕はない。


 美とは忍耐。まさにロゼッタの言葉通り。


 ――それでも。

 廊下に出てルカ様の驚いた顔を見れば、耐え忍ぶだけの価値は充分にあった。


 ルカ様が纏うのは私と同じ深紅と黒と白の三色からなる衣装。

 この服を選んだ人に全力で拍手を送りたい。

 素晴らしくルカ様に似合っている。


「いかがですか?」

 頭を下げてスカートの裾を摘まんでみせる。

 すると、呆けたように私を見ていたルカ様は口元を緩めた。


「女神かと思った」

「……ありがとうございます」

 化粧を施した頬が熱を帯びていく。


 その一言だけでもうお腹いっぱいです。

 舞踏会場で何も食べられなくても悔いはありません。


「俺に貴女と踊る栄誉をくださいますか?」


 本気で私を女神扱いするつもりなのか、ルカ様はことさら恭しく手を差し伸べた。


「もちろんです。ダンスのお相手はあなた以外に考えられません」

 私は笑って手を重ね、ルカ様にエスコートされて歩き始めた。


 会場へと向かう貴族たちに交じって幸せな気分で回廊を歩いていると、急にルカ様が笑った。


「どうしたんですか?」

「やっと念願叶ってお前と踊れるなと思っただけだ。ラークやシエナには練習相手をさせたのに、俺と一緒には踊ってくれなかっただろう?」


 楽しみは本番まで取っておきたかったんですと弁解する暇もなく、ルカ様は言葉を続けた。


「ディエン村でも次々とダンスに誘われるお前をただ見ているだけだった。あのときは空気を読んで我慢していたが、今日は遠慮しないからな」

「はい。思いっきり楽しみましょう」


 そのために――ルカ様の隣に並びたいがために、私はこれまで努力してきたのだから。


 回廊に灯る魔法の明かりの下で会話しながら私が笑うと、ルカ様も笑った。


 最近ルカ様はよく笑うようになり、その変化がとても嬉しい。


 やがて辿り着いた大広間はまるで別世界のようだった。


 煌々と輝くシャンデリアの下では既に大勢の紳士淑女が集まって歓談している。


 会場の隅では宮廷楽団が音楽を奏で、いくつも繋げられた長テーブルの上には料理や飲み物が所狭しと並んでいた。


「ステラ」

 華やかに飾り付けられた舞踏会場をのんびり見て回る余裕はなく、ルカ様は大広間に入ってすぐに足を止めた。


「父上が乾杯の挨拶をするまでは、俺は王子として高座にいなければならない。お前を一人残すことになるが……帰りを待てるな?」


 ルカ様が私を見つめる眼差しは不安そう。


 いない間に浮気されるとでも思っているのだろうか。心外だ。


 ちらちらと私を見る貴族男性たちの眼差しは感じているけれど、こちらから応じるつもりは一切ないというのに。


「はい。ちゃんと高座から見える範囲にいますし、たとえ誰かに誘われたとしても断りますよ。ご安心ください」


「……お前は大人気だからな。厄介な男に絡まれないか心配だ」


 どうやら昼間、私が三人もの男性から求婚されたことを気にしているようだ。

 しかも、そのうちの一人はやたらとしつこかった。


「ルカ様、その心配は無用です。ステラは私たちがお守り致しますわ」


 私たちより早く会場入りしていたらしいシエナとラークが近づいてきた。


 舞踏会に相応しく、守護騎士たちは白と黒を基調とした礼服を着用している。


 腰に剣はないけれど、この二人は素手でも簡単に人を倒せるほどの実力者だ。


「わあ、シエナ格好良い! まさしく男装の麗人ね!」

「ふふ。ありがとう」

 金髪を結い上げ、黒の脚衣を穿いたシエナは朗らかに笑った。


「オレも同じ格好してるんですけどー?」

「ラークはいつも格好良いわ」

「うむ、よろしい。オレの扱いが上手くなってきたな」

 すかさず言うと、ラークは不満顔から一転、満足げに頷いた。


「二人とも。くれぐれも頼んだぞ」

 よっぽど不安らしく、ルカ様はラークとシエナの肩を叩いた。


「はいはい。お前が愛してやまないステラのことはオレらが責任もって守るから、行ってきな、王子様」

 ひらひらとラークが手を振る。

 ルカ様はなおも名残惜しそうに私を見た後、高座へと歩き出した。


「……なんか信じらんねーよな。ただの恋する男にしか見えないのに、国を滅ぼしかねない魔法が使えるなんて」


 人混みに紛れて遠ざかるルカ様の背中を見つめてラークが呟く。


「大丈夫よ、この先ルカ様が魔法を使うことはないわ。もう二度と悲劇は起きない。起こさせない。ルカ様の傍には皆がいるし、私もいるもの」


 高座に向かう途中でルカ様は肩にプリムを乗せたノクス様とばったり出会い、そのまま歩きながら会話を始めた。


 兄弟は楽しそうに笑っていて、その笑顔を守りたいと強く思う。


「ルカ様のことは私が守る。だって私は、ルカ様の守護聖女だから!」



《END.》

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訳あり王子の守護聖女 星名柚花@書籍発売中 @yuzuriha

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