58:訳あり王子の守護聖女
「どうしたんですか?」
「やっと念願叶ってお前と踊れるなと思っただけだ。ラークやシエナには練習相手をさせたのに、俺と一緒には踊ってくれなかっただろう?」
楽しみは本番まで取っておきたかったんですと弁解する暇もなく、ルカ様は言葉を続けた。
「ディエン村でも次々とダンスに誘われるお前をただ見ているだけだった。あのときは空気を読んで我慢していたが、今日は遠慮しないからな」
「はい。思いっきり楽しみましょう」
そのために――ルカ様の隣に並びたいがために、私はこれまで努力してきたのだから。
回廊に灯る魔法の明かりの下で会話しながら私が笑うと、ルカ様も笑った。
最近ルカ様はよく笑うようになり、その変化がとても嬉しい。
やがて辿り着いた大広間はまるで別世界のようだった。
煌々と輝くシャンデリアの下では既に大勢の紳士淑女が集まって歓談している。
会場の隅では宮廷楽団が音楽を奏で、いくつも繋げられた長テーブルの上には料理や飲み物が所狭しと並んでいた。
「ステラ」
華やかに飾り付けられた舞踏会場をのんびり見て回る余裕はなく、ルカ様は大広間に入ってすぐに足を止めた。
「父上が乾杯の挨拶をするまでは、俺は王子として高座にいなければならない。お前を一人残すことになるが……帰りを待てるな?」
ルカ様が私を見つめる眼差しは不安そう。
いない間に浮気されるとでも思っているのだろうか。心外だ。
ちらちらと私を見る貴族男性たちの眼差しは感じているけれど、こちらから応じるつもりは一切ないというのに。
「はい。ちゃんと高座から見える範囲にいますし、たとえ誰かに誘われたとしても断りますよ。ご安心ください」
「……お前は大人気だからな。厄介な男に絡まれないか心配だ」
どうやら昼間、私が三人もの男性から求婚されたことを気にしているようだ。
しかも、そのうちの一人はやたらとしつこかった。
「ルカ様、その心配は無用です。ステラは私たちがお守り致しますわ」
私たちより早く会場入りしていたらしいシエナとラークが近づいてきた。
舞踏会に相応しく、守護騎士たちは白と黒を基調とした礼服を着用している。
腰に剣はないけれど、この二人は素手でも簡単に人を倒せるほどの実力者だ。
「わあ、シエナ格好良い! まさしく男装の麗人ね!」
「ふふ。ありがとう」
金髪を結い上げ、黒の脚衣を穿いたシエナは朗らかに笑った。
「オレも同じ格好してるんですけどー?」
「ラークはいつも格好良いわ」
「うむ、よろしい。オレの扱いが上手くなってきたな」
すかさず言うと、ラークは不満顔から一転、満足げに頷いた。
「二人とも。くれぐれも頼んだぞ」
よっぽど不安らしく、ルカ様はラークとシエナの肩を叩いた。
「はいはい。お前が愛してやまないステラのことはオレらが責任もって守るから、行ってきな、王子様」
ひらひらとラークが手を振る。
ルカ様はなおも名残惜しそうに私を見た後、高座へと歩き出した。
「……なんか信じらんねーよな。ただの恋する男にしか見えないのに、国を滅ぼしかねない魔法が使えるなんて」
人混みに紛れて遠ざかるルカ様の背中を見つめてラークが呟く。
「大丈夫よ、この先ルカ様が魔法を使うことはないわ。もう二度と悲劇は起きない。起こさせない。ルカ様の傍には皆がいるし、私もいるもの」
高座に向かう途中でルカ様は肩にプリムを乗せたノクス様とばったり出会い、そのまま歩きながら会話を始めた。
兄弟は楽しそうに笑っていて、その笑顔を守りたいと強く思う。
「ルカ様のことは私が守る。だって私は、ルカ様の守護聖女だから!」
《END.》
訳あり王子の守護聖女 星名柚花 @yuzuriha
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