5話 クズ、王都へ行く
グラセリア王国は歴史ある国家であり、その王都・フェイルサンテは、壮大な都として知られている。
そんな王国の中で紆余曲折ありつつも、平民に過ぎなかった主人公のジーク君が、必死の努力や仲間たちの支えと共に、ついには世界を救う……というのが原作の主なストーリーである。
英雄である父親に対するコンプレックスを持つジーク君。
そして、かつて出会った真っ直ぐなお嬢様のイーリス。
彼らが再開する場所が、これから入学する魔法学院だ。
とはいえ、国中からエリートの集まる学院に入学するには、まずは試験に合格しなければ話が始まらない。
「ふぅ」
というわけで俺は、ヴェーベルン男爵領という辺境から約一ヵ月ほどかけて、王都に到着していた。
王都の大通りは巨大で、人がひっきりなしに往来している。イーリスもこれほどの人混みを見るのは初めてなのだろう。
「お、大きいわねわね」
イーリスが口をあんぐりと開ける。
わかる。わかるぞ、その気持ち。人混みの具合はさすが王都と言った感じである。
「ね、ねえ。あそこの、いい匂いはなにかしら……?」
「あー、露店の食べ物かな。肉でも焼いてるんじゃない」
「そ、そんな……うちの領地では、あんな匂いは誕生日とかでしか嗅いだことがないのに……!!」
「……さようですか」
「なによ、その生暖かい眼は」
ちらちら露店を見て興味津々な様子のイーリス。
冷静な表情を装っているが完全に目が泳いでいる。
「中々やるわね……王都。この私を香ばしい匂いでかく乱してくるなんて」
「いや、平常運転だぞ」
「う、うるさい!」
顔を真っ赤にしたイーリスに反論されるが、露店のおっちゃんだって、別にお前1人を陥れようとして肉を焼いているわけではない。
当たり前である。
「というか、アンタは意外と冷静なのね」
イーリスが意外だ、という風にこちらを見る。
「まあ、一応公爵家嫡男ですし?」
「なるほど、初めてアンタが公爵家だってことを感じたわ」
「…………あのねえ」
こいつは俺を一体何だと思っていたのだろうか。
そもそも俺は父の仕事関係で何度もリヨンに行ったことがある。リヨンだって王都ほどではないが王国内でも大きい都市だ。
まあ、そういう意味では、イーリスはこの前リヨンに来た時も観光どころではなかったし、大きな都市をのんびりと眺めるのはこれが初めてなのかもしれない。
「……ちょ、ちょっと何か買ってみるわね。これは毒味よ……決してお腹がすいたからではないわ。王都の食糧事情の調査よ」
「ハイハイ」
ぶつぶつ、小銭を数えながら買い物に行くイーリス。言い訳にもなっていない。
やつは絶対に食べに行くだろう。
しかし、
「いやあ、まさか本当にここに来てしまうとは……」
テンションの上がり続けるイーリスの後ろで、俺は1人テンションが急降下していた。
一見明るい王都にふさわしくない、青ざめた顔をした俺。
なぜなら――俺にとって、いや『ラスアカ』を知る人間にとって、グラセリア王国の王都・フェイルサンテは、なるべくなら来たくない場所だったからである。
◇
そう。この際、包み隠さずハッキリ言おう。
この王都はイカレている。
たしかに、この王都。
表向きは秩序のある巨大都市である。明るく楽しく、街もきれい。
が、それはあくまでも表向きの話。
ところがどっこい、先程の明るいイメージはどこれやら。
この王都は、プレイヤーからは「王都」ではなく、魔の都――略して『魔都・フェイルサンテ』と呼ばれていた。
それは、なぜか?
ストーリーを進めていくとわかるのだが、この王国は中々に詰んでいる。
魔物の大量発生で世界がやべーことになっているのに、貴族たちは足の引っ張り合いが大好き。
帝国の人間に、「王国の人間って協調性がないわ……」と言わせるだけのことはある。
権力争いで、足の引っ張り合いをする貴族たち。
それらを搔い潜り、勢力を伸ばす闇の組織。
隙あらば、己の力を誇示する機会を虎視眈々と狙う強者たち。
そもそもリヨンではグレゴリオが暗躍していたが、逆を言えば、それができるほどに国内が分裂している……ということもである。
――そう、誰が呼んだか。魔都・フェイルサンテ。
つまり王都は、想像を絶するやべーやつらの巣窟なのである。
裏組織・犯罪行為・権力闘争の雨あられ。
さらには、冒険者の中でも別格とされるSランク冒険者、常軌を逸した魔法を行使する、高位階の魔法詠唱者、秩序の番人たる王国の騎士団など強者たちが集う。
正直、この辺はゲームでも後半レベルにならないと歯が立たない猛者たちばかり。
冗談抜きで、たまたまゲーム知識で第10位階を発動できた俺や、言うことだけはやけに勇ましいエンリケのような初心者どもが歩いては行けない都市なのである。
現世でも、
「絶対にフェイルサンテにだけはいきたくない」とか「フェイルサンテで生活するくらいなら、ヴェーベルン男爵領でわけのわからない魔物と一生戦っていた方がまだマシ」などと言われ、snsではどうすれば地雷原のようなファイルサンテを生きていけるか、と議論まで巻き起こる、表裏の激しい絶望世紀末都市なのである。
実際、ルートを間違えたらジーク君でも普通に死ぬこともあるし、大貴族と敵対したりしてロクな目に遭わないこともある。
これだから18禁ゲーは、とりあえずダークにすりゃいいやと思ってやがる……と言いたくなるような最悪の状況。
何なら主人公に悪行の限りを尽くしていたクズトスすらも、手駒くらいにしか思われておらず、真っ先に切り捨てられ始末される、というヒャッハーな世界観なのである。
控えめに言って詰んでいる。
……なんてすばらしい世界なのでしょうか、嬉しくて目から涙が出そうである。
「はぁ……」
俺は、こっそりとため息を付いた。
「だ、ダメだわ……そんなに食べ過ぎるわけには……!」
と、すでに串を3つも4つも買って、両手に持っているイーリスを見ながら。
……あいつ、楽しそうでいいなぁ。
◇
俺は気を取り直し、移動していた。
王都から時間をかけ、目的地にたどり着く。ズバリ、学院の試験会場である。
魔法学院への入学には筆記試験と実技試験がある。
筆記試験では魔法に関する知識が問われ、一方の実技試験では実際に魔法を詠唱したり、剣を使った対人戦を想定したりと入学希望者の実戦での対応力を見るというものだ。
悲しいかな、この世界ではそれなりの強さがないと生きていけいないのである。
「ふぅ」
もはや試験会場ということもあって、周りには実力がありそうな同年代のやつらが集中している。
案内された場所に荷物を置き、俺も精神を集中させる。
それもそのはず。
魔法学院は試験の結果次第で入れるクラスも変わる、徹底した実力主義の校風。
上位のクラスにいかにして入るか。ここの成績次第で将来の出世にも響くので、周りの受験生も必死になっている。
が、
「ふっ」
他の受験生に見えないよう、にやりとほくそ笑む。
先ほど言ったように、残念ながらこの世界は目立ってもロクなことがない。
原作のクズトスは、大した実力もないのに公爵家という地位を使って、上位のクラスに入っていたが、それは失敗というもの。
こんな地雷原のようなところを爆走するのは、主人公のジーク君に任せるべきだ。
なら、やるべきことはたった1つ。
アルカナの『愚者』――ジーク君は自ら事件に首を突っ込むが、俺のように冷静な男――賢者はあくまでも冷静に対応する。
逃れられぬ死の運命。せっかく手に入れたジーク君の友達というポジション。
これらの条件をすべて活かし、俺はしぶとく幸せをつかむのである。
ハーレム? 最強になる?
そんなことはどうでもいい。
おれなんかやっちゃいました? などと調子に乗っている余裕は俺にはない。
そう。
――俺は、この世界18禁ゲーの世界を地味に生き延びる男。
「へえ、案外集中してるわね」
同じように気合を入れるイーリス。
不敵に笑う彼女からは、みじんも気負いを感じない。むしろその余裕は語っていた。
自分は負けるつもりがない、と。
「じゃあ会いましょう。上の――」
「ああ。絶対に――」
熱く燃えるイーリスの発言に負けないよう、俺も同じように真剣に誓う。
「絶対に赤点ギリギリ取って、最下位のクラスに入る」
「クラスで……ん?」
――――――――――――――――――――――――――
クズトス
→イーリスとの熱いライバルルートを普通に回避。おそらくクズのアルカナ持ち(そんなものはない)
イーリス
→珍しく真剣な顔をしたからちょっと評価を上げたけど、ものすごく目標が低いのでやっぱクズだなと思いなおす
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重版しました。今のうちに勝っておけば数年後、「へえ、ワシは最初からクズレスブームを見抜いていたけどねえ」という強者ムーブができます。
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早く動いているエンリケさんが見たい作者より。
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