4話 生態系



「まったく、もう大変な状況だっていうのに……」


 イーリス・ヴェーベルンは先を歩く男を見つめた。

 

 ――


 数年前、急に領地にあがりこんできた男。

 ウルトス自身は「貴族社会で生きるのは、ストレスが溜まって……もう夜も眠れないんだ」などとほざいていたが、イーリスはその発言を全く信用していなかった。


 なぜなら、その晩、一応心配になって、


「ちゃ、ちゃんと寝れているかしら……?」と隣の家に様子を見に行ったイーリスは、メイドと一緒に爆睡しているウルトスを目撃していたからである。


 というかそもそも、ウルトス・ランドールという男は、どちらかといえば、ストレスを受けるような繊細なタイプではなく、無自覚にストレスを周りに与えるような主犯格側の人間である。


 そして、そんな男に住み着かれてから、数年。


 ――このヴェーベルン男爵領では2つの不可解な事件が起きていた。


 1つは、原因不明の魔物の激減。

 もう1つは、数年前に発見された異常なほどに巨大なサンドワーム。


 初めてみたとき、イーリスは己の眼を疑った。


 


 通常のサンドワームは全長が2から3メートルほど。しかし、そのサンドワームは土の中の全長も含めると、ゆうに10mを越える異常個体だったのである。


 その危険度はランクEの通常種とは比べものにならない。

 まさしく、大地を揺るがす巨躯。本来なら、間違いなく、高名な冒険者や国に助けを求めなければならないはず。


 しかし、イーリスが疑問に思ったのは、そのサンドワームが発見された場所だった。

 朝方発見されたサンドワームの周囲は、戦闘の後もなく、きれいなままだった。通常、それほどの大きさのサンドワームが暴れ回れば周囲には甚大な被害が巻き起こるだろう。


 つまり、その強大なサンドワームは一瞬にして倒れされた、というわけである。

 

 王国などにも一応報告はしたが、周りの人間は魔物の激減と巨大サンドワームを別々の事件だと思っているらしい。

 

 が、しかし。

 イーリスだけは確信していた。


 2つの事件に、つながりがないわけがない。

 魔物は人間よりも感覚が鋭いという。


 であれば、魔物が少なり始めた数年前から、何かがこの近くに紛れ込んだのではないか。


 異常発達したサンドワームすら歯牙にもかけないような、何か。

 思わず付近の魔物も寄ってこないような、何か。


 ――絶対的な強者、生態系を歪めるほどの異常な捕食者が。


(そう言えば……)


 そんなことを考えるイーリスの脳裏にふと浮かんだのは、目の前の男だった。


 ヴェーベルン男爵領は辺境。特に人の交流が多いわけでもない。

 魔物が減ったのは数年前、そして数年前の変化と言えば、ウルトスがここに住み着いたこと。


「…………ウル……トス」


 油断なく、前を行く男を見つめる。


 一緒の訓練で鍛えてあげてもすぐにへばって泣き言をいい、特に才能もない貴族の男。大貴族にしては偉ぶっていないが、プライドがないだけにも思える。


(もしかして、何か――)



 が、イーリスが深い思考に達しようとしたその時、ふいに先を行くウルトスの前に、子供の集団が通りかかった。


「あ、ウルトスさん、イーリスお姉ちゃんと一緒に行くの?」

「ああ。ちょっと王都までね」


 快く答えるウルトスに、


「なんでぇ?」


 と、無邪気に尋ねる子供。

 平和な光景だ。 


 しかし、イーリスは、ふと猛烈に嫌な予感を感じた。

 それもこれも、あのクズがあることないことを適当にペラペラ抜かすせいで、イーリスとあのバカの仲は、このへんではもはや公認のように扱われている。


「なんで王都に行くか? あぁ、大事な将来をつかみ取るために学院まで――」

「って、このクズぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 ……本当にこの男は……!!

 聞きようによっては、まるで「将来を誓った2人で婚約旅行に行ってきます」みたいな言い草。

 案の定、悪意ゼロで、とんでもない爆弾発言をした男を追いかけ、イーリスは全力を持って蹴りを放った。


「うわあああ」


 と、数メートル先を情けなく吹っ飛んでいく男を見て、思いなおす。


「はぁ……そんなわけないわね。私にしては冷静じゃないわ」

 

 そう。

 そもそもウルトスという男は、面倒くさがって魔物の情報もほとんど食いついてこない。こんなひ弱なやつには、通常種のサンドワーム狩りだって無理だろう。


「無駄口叩いてないで、いくわよ。後、その男と私は何の関係もないから! というか、おばさんたちにもそう伝えなさいよ!!!」


 地面に転がっているウルトスを回収し、誤解されないよう、こどもたちにもきつく言い渡しておく。

 

 そして、イーリスはゆっくりと歩きだした。

 これからは王都。様々な陰謀が待ち受けているかもしれない。


 が、自分のやるべきことは変わらない。

 まずは領地を安定させる。


 そのためには――


「……何とかして、原因を突き止めないと。王都なら何かわかるかも」


 魔物の激減と、一瞬で倒された巨大サンドワーム。


 サンドワームの全長によって、成長具合がわかるなど、この辺の子供なら誰だって知っている。

 そしてあれだけのサンドワームを下したのであれば、普通の冒険者であれば自慢や財産を要求してきたっておかしくはない。


 だとすると、魔物? でもそれにしては食べような形跡もない。

 縄張り争いをしたけど、食性が違う? だとすると、食事を必要としないアンデット系統の魔物……??


 もしかすると、数年前のエラステアでアンデットが大量発生した事件の余波……?



(私がみんなを守るんだから)


 覚悟を決めるイーリス。




 まさか、サンドワームの異常個体が「修行の帰り道に邪魔だったからサクッと倒された」レベルで処理されたとは到底考えつかなかったイーリスは、王都へ行く途中も冷静に知恵を絞り続けるのであった――




―――――――――――――――――――――――――――――――――


ウルトス

→本日の敗因。近所の子供でも分かるサンドワームの測定方法を知らなかった。


イーリス

→自分が探し求める絶対的な強者を普通に蹴り飛ばしているので、実質ヴェーベルン男爵領周辺の食物連鎖の頂点に立つ存在。


サンドワーム

→散歩帰りのウルトスと出会わなかったら、王国の冒険者内でも話題にされたほどの逸材。





※みんな転生して真面目になっていく悪役貴族系小説業界で、1人だけクズ度が悪化している気がしなくもない、『クズレス・オブリージュ』。第2巻も重版・好評発売中!!


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