3話 魔物の生態をちゃんと知べていないクズ
――ヴェーベルン男爵領。
王国の辺境に位置するそこは、深い森と隣接している。
つまり、魔物の生息域と非常に近いがゆえに、魔物がとんでもなく出現しやすい……という領地として、欠陥を抱えまくったあるまじき領地である。
『ラスアカ』の原作でも、危機的な状況にある領地としてよく知られていた。
当代の領主・イーリスは才能があるが、まだ若い。
しかも、これと言ったお金もないので高名な冒険者を呼んだり、私兵をかき集めたり……なんてこともできない。
さらには他の貴族を頼ろうとしても、中央ではクズトスのようなクズ貴族が跋扈しているので、ロクな助けも期待できない。
そんな中、度重なる戦闘ですさみ、孤高のヒロインとなったイーリスは学院に入り、主人公のジーク君に少しずつ心を開いていくのだが――
が、しかし。
イーリスに「色々準備するからちょっと出てなさい」と言われ、部屋から閉め出された俺は、窓の外を見つめた。
「う~む」
外を眺めると、緑がいっぱい。そして人々の楽し気な声。
――ザ・平和。
そこには、特に魔物の襲撃もなく、苦しい顔をした人々の姿もなく、ただただのどかな光景が広がっていた。
「やっぱおかしいな……? というか、こんなんだったっけ……?」
疑問。
というのも、俺がこの領地に居着いてからというもの、なぜか、全然魔物が来ないのである。
おかしい……というか、本気で意味が分からない。
ヴェーベルン男爵領といえば、魔物の出没により徐々に限界を迎えはじめた領地。イーリスが学院に入学後、ジーク君の選択によっては、領地を救えずに領民が全滅することもあり得る。
が、しかし。
それがいつから、こんなのほほんとした場所になってしまったのだろうか。
みんな笑顔だし、滅びる気配も一向に見えない。
しまいには、近所のませた子供(女子)に、
「イーリスお姉ちゃんはああ見えて、乙女だから大事にしてあげてね~」
などとからかわれる始末。
乙女ってなんだよ???
と思いながらも、よくわからないから、「そりゃ(メインヒロインだし)大事にするのは当たり前だろ」と真剣に宣言しておいたが、あまりにも平和が過ぎる。
俺だって、ここに来てからというもの、修行をサボることなく続けてきた。エラステアの街では、エルドを倒し自分の名誉を守ることができたが、あれはたまたま有効な魔法があっただけ。
俺はただでさえ、作中でロクな目に遭っていないクズトスなのである。
こんな物騒な世界で調子に乗ってはいけない。
そう思った俺は、魔物の襲来や来たるべき原作に備え、エンリケと修行していた時と同じくらい。いや、それ以上の修行に打ち込んできたのだが――
この数年間で、俺が見かけたことのある魔物と言えば、サンドワーム、通称、「大地の蠕虫」と呼ばれるミミズみたいなキモい魔物だけ。
とはいえ、そのサンドワームだって特段強いわけじゃない。
サンドワームという魔物は長さによって、強さが変わる。
……たしか作中の情報だと、長さが2,3mくらいでだいたい、Eクラス程度にだったはず。俺が見たサンドワームも地面から出ていた部分が2,3mくらいだった。
つまり、俺が夜の修行帰りに遭遇し、一瞬で倒したサンドワームは、サンドワーム界でも最弱クラスということだろう。
しかし、不思議なことにそれ以外にほとんど魔物を見ていないのである。
下手に興味を出すとイーリスにこき使われそうなので、魔物の情報や生態などはイーリスに丸投げして、ほとんど調べないようにしているが、それにしたって魔物が少ない。
まあ原因はよくわからないが、結果として、現在のヴェーベルン男爵領は実りが良く、落ち着いている……という理想的な領地になっていた。
「待たせたわね」
そうこうしているうちに、準備を終えたらしいイーリスが部屋から出てきた。
「魔物の数が減ったのはよくわからないけど、まあ、みんなに被害が出てないなら、別に構わないわ」
すっきりした顔で語るイーリス。
やはり、こいつ――
◇
「……イーリス、成長したな?」
がしっとイーリスの手をつかむ。
「……へ?」
虚を突かれたようなイーリスの顔。
だが、俺は思っていた。こいつ、とんでもなく成長している、と。
イーリスといえば、直情径行、即断即決。
主人公ジーク君を振り回すじゃじゃ馬系ヒロインである。
会って数分も経たないうちに、クズトスの顎めがけて正確に拳を繰り出すなど、「こいつは少年漫画の熱血系主人公か??」「ジークより男らしい」「王家の血筋じゃなくて、どう見てもその辺の傭兵とかの血筋」などと言われることもしばしば。
それがこんなにも真面目に、人のことを考えられる人間になるなんて。
胸が熱くなる。というか、泣きそう。
「な、何よ急に……!」
「いやあ、美人になったし、嬉しいよ俺は」
「は、はぁああああぁぁぁぁぁ!???」
速攻で手が振り払われる。
何やら絶叫するイーリスを横目に俺は密かに計画を考えた。
スタイル抜群の美少女。しかも、原作よりも(たぶん)優しくなっていると来た。
これはもう、ジーク君に紹介してあげるしかない。
ラスアカには色々なヒロインが出てくるが、どのヒロインも攻略するというハーレムルートが最も戦力を集められる。
俺はすぐさま脳内で完璧な計画を組み立てた。
つまり、きっとこんな感じだろう。
俺「う、うわあああ。やっと学院に入学したけど、あ、あそこにいるのは昔からの親友・ジーク君……!?」
ジ「やあ、ウルトス。元気だったかい? はっはっはっ。もう女装は辞めたんだよ。あの頃は若かったぜ」
俺「なるほど、たしかにそっちの方が似合っているね! そして、今日はいい人を紹介するよ。こいつはイーリス……ってアレ、2人とも昔会ったことがあるの?? おやおや、2人ともお似合いじゃない?」
エンリケ「カッカッカ、全くお似合いだぜこりゃ!! なあ坊ちゃん!」
俺「ああ、邪魔になりそうだから、俺は引っ込んでおくよ!! あとはよろしく頼むぜお2人さん!」
――ハッピーエンド、ここに極まれり。
……いや。俺の脳内シミュレーションに関係ないFラン厨二病患者が1人紛れ込んでいた気がするが……。
ま、まあ、いいだろう。
しかも、周りにロクな男がいなかったイーリスは、大の男嫌いという困ったちゃんである。それが初めて会った同世代の異性・ジーク君に褒められ、いい感じになる。
クックック、お熱いねえ。こりゃ。
2人がくっついてくれれば俺もモブルートに邁進できて嬉しい。イーリスもイケメン主人公と知り合えてうれしい。
俺たち2人の将来が約束されると言っても過言ではないのである。
「さあ、イーリス。行こうか、僕らの将来のためにね」
「……今度、他の人がいる前で、そう言うこと言ったら……その無駄口、縫いつけるから」
前言撤回。やっぱり、そんなに変わってないかもしれない。
こうして。
なぜか顔を赤くしながら舌打ちするイーリスを後ろに、俺は王都行きを決めるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ウルトス
→自分のことを恋のキューピッドだと思い込んでいる異常者
イーリス
→自分よりアレな人間が近くにいたので、若干感性がまともになった
エンリケ
→脳内シミュレーションでも大活躍
脳内ジーク
→ウルトスの脳内の理想化されたジーク君。口調も性別も違う。誰だこいつは
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コミカライズも面白い!!!
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