2話 じゃじゃ馬




 家を出た俺は、早速すぐ横にあるイーリスの屋敷へと向かった。


「どうも~~」


 そう言いながら、門をくぐる。


 若い男性がそうやすやすと女性の家に入ってはいけないが、もちろんそんなのは無視。

 というかそもそも、俺はこの1年間、何度もイーリスの家にお邪魔していた。


「まさかな……」


 そう。というのも――


「まさか、




 麗しい金髪のメイド・リエラ。俺のたった1人のメイドが、ある日突然、いなくなってしまったからである。




 1年ほど前。ふと、リエラが覚悟を決めた目で口を開いた。


「ウルトス様、私、どうしてもやらなければならないことがあるのです。だから、学院には一緒に入れません」

「そう……か」


 真剣な表情できっぱりと言い放つリエラ。

 それを聞いて俺は、ああ、と理解してしまった。


 リエラは優秀だ。ちょっと暴走しがちな一面もあるが、基本的には仕事ができ、見た目もいい。


 そんな人材はどこに行ってもやっていけるはず。

 一方の俺は数年間も雲隠れをしており、もはや社交界では、「ランドール公爵家の一人息子」という俺の立場はとっくに忘れ去られている気がする。


 そもそも、リエラは軽はずみなことを言うようなタイプではない。

 つまり、リエラはこう言いたかったのだろう。


 ――もう、貴方について行けません。我慢の限界です、と。


 そして、そんな俺に、リエラを引き留める権利があるはずない。


「……言いたいことは、分かった。頑張ってな」


 そう言った俺に背を向け、リエラは去って行ってしまった。






 というわけで、俺は少しの傷と共にリエラに別れを告げたのである。

 ……ちなみに、未だにリエラからは連絡の一つも来やしない。きっとどこかで俺のことを忘れて幸せにやっているのだろう。


 が、そんな昔馴染みに振られて、傷心中の俺に手を差し伸べてくれた人物がいた。


 意外なその人物こそが、イーリス・ヴェーベルンだ。


 イーリスは男爵家という貴族の一員だが、辺境で没落寸前。家臣もおじいちゃんの執事が1人という質素な状況である。

 ただ、そこは厳しいことを言うくせに、性根はあまっちょろいことでよく知られる彼女。


 イーリスも最初は「なんであんたがうちの領地に来るのよ……」だのなんだのとぶつくさ言っていたが、リエラに去られた俺を見かねて、しぶしぶ家に誘ってくれるようになった。


「まあ、暇だし訓練相手にならなってあげるわよ」と。


 しかし、ここで転んだままで終わらないのが、俺のいいところだ。

 俺は思いついてしまった。

 

 考えてみれば、このイーリス。実は王家の血を継ぐというとんでもない高貴な女性である。将来的には、ジーク君に続き盤石の地位を得るだろう。


 そう思うと、ここで関係を深めておくのも悪くない。

 そもそも、俺は絶望しかけていたジーク君に友情の大切さを教えるなど、他人の感情のコントロールには定評がある。

 

 ――というわけで、俺はこの1年。

 イーリスと一緒に訓練をしたりなど、一緒に食事をし、時には屋敷に泊まり込み――と、初対面の印象の悪さが嘘のように比較的いい関係築いてきた。


 最近では、近所のおばさんたちは俺たち二人が通ると、ニヤニヤ笑いかけてきたりする。無事、俺とイーリスの友人っぷりも知れ渡っているようで何よりである。





「入りますよ、イーリスお嬢様!! 学院に行きましょう!!!」


 屋敷に入り、イーリスを探す。

 昼から無断で他人の屋敷に入るというのは、さすがにあまりよろしくないので、一応ちゃんと声を掛ける。


 すると、階段の上から嫌そうな声が聞こえた。

 

「……あのねえ、『入りますよ』ってセリフは家に入る前に言うセリフよ? って何べん言えばわかるのかしら??」

 

 階段を降り、颯爽と現れたのは、街中でも人目を惹く美少女。

 絹糸のように滑らかな赤髪は数年間で伸び、光を反射して美しく輝くき、燃えるように意志の強い瞳がじっとこちらを見つめている。


 背丈が伸び、成長したその姿は、文句なしにメインヒロインの名をふさわしいものにしていた。


 ――イーリス・ヴェーベルン。

 この領地を治めるヴェーベルン男爵家の長であり、ジーク君の初恋の相手である。


「いやだなあ、イーリス。俺とイーリスの仲じゃないか」

 

 キラリ。

 俺はクズトスを脱却した姿で、爽やかな笑みを浮かべたが、降りてきたイーリスの眼はまったく笑っていなかった。


「あのねえ。私は、ちょっっっっっとだけ、ほんのちょっっっっっとだけ可哀そうに思って、家に誘っただけなのよ? それで普通、毎日に家に押しかけてくるのはどういう神経かしらァ……?」


 幻聴だろうか。ぴきぴきという音が聞こえてきた気がする。


 ……あ、魔力も揺らいでるな。

 俺のように普段から魔力を隠して運用している小心者とはちがい、ストレートなイーリスの魔力はだいぶわかりやすい。


 前言撤回。いくら美しく成長したとはいえ、イーリスはイーリス。

 作中屈指のじゃじゃ馬は健在であった。

 

「いやだって、あの時は『くよくよしてないで、いつでも私を頼りなさいよ』って言ってくれて」

「限度ってものがあるわよ、限度がぁぁぁ!!!」


 目の前に来て地団駄を踏むイーリス。


「これ見よがしに毎日うちに来るし、本当に悪夢よ!! 私の過去で取り消したい発言ナンバーワンは今のところ、そのセリフだから」


 なんということでしょうか。

 頬はひくつき、目は全然笑っていない。

 

「このクズ男……! だいたい私が、周りの人にどれだけアンタのことを誤解されて、説明に奔走していることか……!!」


 そんな殺気立つイーリスを横目に引っかかることがあった。

 いや待て……こいつ、俺のことをなんと呼んだ??


「いや、イーリス。この俺に『クズ』なんて言葉は似合わないさ」


 とんでもない誤解が発生していたので、すぐさま訂正する。

 

 全く、イーリスも困ったものだ。

『クズレス・オブリージュ』という単語を人生の道筋としている自分に、『クズ男』なんて言葉は最も似合わない単語である。


「なるほど、無知は罪ってことね。よくわかったわ」

「分かってもらえたようで何よりだね」

「……くっ、なんでこのアホ、皮肉が通じないの……!」


 なぜかわからないが、頭を抱えるイーリス。

 が、ため息とともに「仕方ないわね」と首を振った。


「まあ、いいわ。準備はできているわよ。もう調べ物も終わったし出発しましょうか」

「調べもの?」

「ええ」


 イーリスが答える。


「アンタも知っているはずよ――うちの領地でなぜか、魔物が激減していること」

「ああ、それか」


 俺も同じように、首を傾げた。


 そう。

 この数年の間に、




――――――――――――――――――――


クズトス

→他人の感情のコントロールには低評がある


イーリス

→珍しく落ち込んでいると思ってフォローした結果、クズを招き寄せてしまう


歩く2人を見かけた近所の噂好きおばさんたち

→「あ……(察し」




そう言えば、クズレス2巻がなんと重版かかりました

ご購入くださった方々ありがとうございました。

ちなみに作者は嬉しさと不気味さが半々です(※重版するの????この作品が???)

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