ゾンビを通して見る、「人間」

 この作品で何よりも面白いのは、その設定だ。
 ”ゾンビ”と聞けば誰もが、「生きている人間を見つけ次第、仲間にしようと追ってくるもの」という風に思うだろう。しかしこの作品は、違う。この作品内でのゾンビは、人を襲わない、少し悲しい。そんなゾンビなのである。


 主人公は生きている人間だ。そして普通の生活を送りつつも、とある仕事をしている。ほんの少し、後ろめたさを感じながら。

 この主人公の仕事は、生前と同じ行動を繰り返すゾンビを「幸福」にすること。ゾンビの望む「人物」になり、そこで生活をする。
 主人公はその仕事は、誰のことも不幸にしていないと思っていた。「彼女」に出会うまでは。

 この「彼女」もいい役割をしていた。主人公が関わる、数少ない「生者」である。初対面での印象は、お互い最悪なものだったのだろう。しかし段々彼らは打ち解けていく。その生活を楽しむようになってくる。



 この作品で私は、一つの死生観を見たように思う。どこから人間は「生きている」ということになるのか。どこから「死んだ」と定義されるのか。「人間」とは何か。

 彼女は最後、生者だけで生きていくことを決めた。対して主人公は、「人間」と生きていくことを決めた。

 主人公は「ゾンビ」を「人間」と見なした。例え死んでいるとしても。その体に、大事な記憶が残っているから。自分もいつか、死んでしまうかもしれないけれど、「人間」を「幸福」にする仕事を、続けていく。
 彼女と生きた記憶を大事に抱え、そして母に迎え入れられ、「ただいま」と口にするのだ。



 なんだか、身近にいる大事な人に会いたくなるような、そんな作品だった。

 綺麗で、悲しくて、切ない。ぜひ色々な人に一読してほしい。