マルーンの頃

べてぃ

第1話

 梅田を発車してすぐの阪急電車を見て、僕たちはここが大都会だと実感したものだった。いろんな路線の電車が並んで走るなんて、僕たちの故郷ではまず見られなかった。


 就職を機に大阪へやって来た僕たちにとって、この大都会は故郷とは比べ物にならないほどきらきらして見えた。何でも揃ってて、待たずに電車に乗れて、誰にも気にされない、素晴らしいところだ。とても合理的で無駄のない毎日を送れることに、僕たちは幸せを感じていた。


 だけどそれは、実のところ、僕の独りよがりだった。合理性ばかりを追求する僕は、彼女が本当に欲していたのはそんなものじゃないってことに、ちっとも気がつけなかった。ようやく気がついた時には彼女は泣いていて、交際記念日の豪華なディナーも味が分からなくて、更には、僕は彼女の言葉を半分も理解できなかった。


 大量の人が澱みなく流れゆく阪急の何番街かを通り抜け、予定よりもずいぶん早い時間に、僕たちは阪急大阪梅田駅へ歩いていった。


 僕は京都線で、彼女は宝塚線。どちらも梅田を20:25に発車した。別々の路線だけれど、僕たちの乗った電車は手が届きそうな距離でゆっくりと並んで走っている。


 ふと見ると、僕の斜め前に彼女が立っていることに気がついた。僕は彼女と目があった。だけど彼女はすぐに目をそらしてしまった。

 やがて中津が近づいて、彼女が乗る列車は後ろに消えていった。


 僕が次の十三で走れば、間に合うかもしれない。彼女とまた会えるかもしれない。同じ列車に乗れるかもしれない。


 十三のホームドアが開くと、大勢の人が澱みなく降りて、また大勢の人が乗ってきた。みやびな発車メロディが鳴って、電車のドアが閉まった。


 向こうのホームには、ちょうど宝塚線の電車が入ってきたところだった。

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マルーンの頃 べてぃ @he_tasu_dakuten

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