ついのすみか

 私達ふたりは限りなく近くにいて、どこまでも友達でいた。

 高校が分かれて、連絡する頻度が間遠になっても、年始の挨拶や誕生日には必ず電話したりメッセージを送りあった。私は調理の学校を出てレストランに勤め、園田くんは国の援助だけでも暮らせるけれどシステムエンジニアとして働くようになった。どこで何をしているかは知っていて、たまに会うと心地良い、そういう間柄のままでお互い年齢を重ねていった。

 両親が田舎に移住して、一軒家に私だけのひとり住まいになってしばらくして、突然園田くんが訪ねてきた。

「どうしたの急に」

「いやほら、ちゃんとひとり暮らししてるかなーと思って」

「ちょっと、お母さんみたいなこと言わないでくれる?」

「ごめん、本当は俺が顔見たかっただけ」

 上がってもいい? と聞かれて断る理由はない。すすめた椅子に、園田くんはゆっくりと、時間をかけて腰掛けた。

 子供の頃に何度か遊びにきたことはあったけど、大人の男の人になった彼が座るとうちのダイニングセットがいつもより小さく見える。すらりとした背格好はそのまま、年齢を重ねたぶん、樹皮のような肌もなんだか馴染んでしまった。というより……

「だいぶ進んだ?」

 単刀直入に訊いたのは、硬化のことである。彼はなぜか嬉しそうに「ばれたか」と笑った。

「遅らす治療、やめたんだ。時間かけても、あんまり意味がない」

「やっても変わらないってこと?」

「ううん、変わるんだけど。なんていうの、コスパが悪いんだよな。手間かかるわりに、幸せじゃない」

「しあわせ」

 うん、と下を向いて、そのまま話し続ける。

「終わりをひきのばしてその時間の何割かを治療に持ってかれるより、短くてもあるていど好きにやったほうがいいんじゃないかって、おもって。それで浮かんだのが、咲ちゃんのことだった」

「え」

「気持ち悪いかな」

「いや、それはない、っていうかそれ以前によくわからないんだけどどういう意味?」

「言ってほしい?」

「だってわかんないもん」

 こどもみたいに口を尖らせながら、心臓はばくばくと脈打っている。うそ、まさか、考えなかったわけじゃないけど、えええ。

 考えすぎて逆に思考停止している私の反応をたっぷり楽しんだあと、園田くんはいつかの暗い目をした。

「俺がいつか人でなくなるとしたら、そのときは咲ちゃんに見ててほしいと思ってさ。これ、皮膚だけじゃなくて、もっと中のほうまで植物化がすすんで、そのうちほんとうに木みたいになるらしいんだよな。俺が一番進行が早いからまだ予測だっていうけど、たぶん合ってると思う」

 静かに凪いだ声、彼は口元だけで笑んでみせる。こんなときまで笑わなくていい、と思うのは私の勝手だろうか。

「頭ではわかってたんだけど、だんだん本当に怖くなってきて。動けなくなったあとも、動けるあいだも、誰と一緒にいたいか考えたら、咲ちゃんしか思いつかなかった。重いでしょ」

 ちら、と見上げられて、私は縦横どちらにも振りかねた首を斜めにかしげた。

「正直かよ」

「だって」

 子どもの頃は、彼の友達でいることに優越感すらあったけれど。

 いまはただ、彼の寄る辺なさが切ない。それをどう表していいのか、私にはわからないのだ。

 園田くんは、研究材料として生きる対価として得た財産を私に残したいのだと言い、私達はのちに間をおかず籍を入れた。

「このまま、この家の木になりたい」

 猫の額ほどの庭を眺めながら、彼がつぶやく。

「じゃあ私はずっとここにいなきゃね」

「なんか、ごめん」

「ううん、ただ住み続けてただけの家を守る理由ができたなあ、と思っただけ」

 無駄に四脚ある椅子の、彼の向かいから隣に席を移って、ぐっと肩を引き寄せる。硬くてざらざらした手触りの奥がほんのり温かくて、それが心地よくて何度も撫でた。

「咲ちゃんは昔も今も男前だなあ」

「そうかなあ」

「そうだよ。俺、うっかり人生預けちゃったし」

「うっかりって」

 話しながら、撫でる肩の引っかかりが気になった。彼にことわって、服を脱いで見せてもらった。

「あ、芽が出てる」

「ほんとだ」

 懐かしい色。

 硬くひび割れた褐色の肌に、みずみずしい新緑が萌え出ていた。

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ついのすみか 草群 鶏 @emily0420

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