第33話 最後の戦い

 俺とリリは地球でたっぷりと余暇を過ごした。

 そしてすぐにマサヤからの連絡が入った。

「どうして、俺の連絡先を知っている?」

 俺は一度携帯端末を買い換えている。

 知るはずもない。

『オレが誰だか、分かっているのか?』

「あー。ハッカーだったな。それも凄腕の」

『は。まあいい。少年、キミの腕を貸してくれ』

「なんで?」

 俺は今更軍隊に復帰するつもりはない。

 それに俺は一人じゃない。これからはリリと一緒に生きていこうと思う。

 だが、

『あの最新兵器、荷電重粒子砲が回復した。オレらしか衛星兵器を動かせない』

 マサヤは淡々とした口調で告げる。

「お兄ちゃん……」

「俺は……!」

「いいの。お兄ちゃんは無理しなくても」

『これは人類を守るための戦いだ。こい、少年』

「お兄ちゃん」

 二人の声を聞き、戸惑う俺がいる。

 軍に復帰するつもりは毛頭ない。

 だが、世界の危機となれば話は別だ。

 俺はどうしたらいい。

 リリを守るためならば。

「分かった。どこにいけばいい?」

 マサヤの意見に従うことにした。

「お兄ちゃん……」

 悲しげな声が耳朶を打つが気にしている余裕はなさそうだ。

 焦った様子で事実を伝えてくるマサヤ。

『まずは午後二時の02Hの船に乗ってくれ』

「分かった。すぐいく」

「お兄ちゃん、行っちゃうの?」

 俺はリリを置いていくのか?

 違う。

「リリ、一緒に来い」

「お兄ちゃん……。うん!」

 すぐに駆け寄ってくるリリ。

 俺とリリは船に乗り込むと、ノシアに向かう。

 最後の戦いだ。

 これで終わりにする。

 全てを。


 俺たちは人として、人間としてあるべき正しき姿へと戻るのだ。

 そして世界は再び安寧と安らぎで満たされていく。

 みなが幸せでなくては意味がないのだから。

 俺たちはそのために戦ってきたのだ。

 今更、全てをひっくり返すつもりなどない。

 ハーミットよ。止まってくれ。

 下船すると、マサヤに導かれるまま、武器庫でサブマシンガンを手にする。

 そしてそのまま、ハーミットのいる地区へ入る。

 赤外線レーダや監視カメラの間をくぐり抜け、ハーミットのいる士官室へ向かう。

 そこにはハーミットと秘書が立っていた。

 俺とリリは二人に対して銃を向ける。

 二人は手を挙げて白旗を見せる。

「ハーミット。お前の用意した兵器を破壊させてもらう」

「そんなことをしても無駄よ。これは地球の意思だわ。ここで私たちが滅びるわけにはいかない」

「ハーミット!」

 俺は遮るように声を荒げる。

「やればいいじゃない。それで環境派に打撃を与えることはできるわ」

『やれ。少年』

 インカム越しに聞こえてくるマサヤの声。

「ごめんなさい」

 俺はそう言ってサブマシンガンの引き金を引き絞る。

 ハーミットは血を噴きだし、その場に崩れ落ちる。

 その士官室を出て、リリとともに新兵器へと向かう。

『二番ベースベッドだ。すぐにC4による爆破をせよ。場所はイアン037』

「了解。俺が破壊する」

「お兄ちゃん。わたしも手伝う」

 リリが真剣な顔で追従してくる。

 言われた場所にたどりつくと、俺はありったけのC4を投げつける。

 固定砲台である荷電重粒子砲はC4の爆破に巻き込まれる。

 金属の塊である、それは爆破の衝撃と熱により、溶解し、壊れすさんでいく。

 壊れた破片を見下ろし、俺はホッとため息を吐く。

 これでもう世界に脅威はなくなった。

 環境派も一時的とはいえ、黙っているしかないだろう。

 あとは現政府か。


 俺は星々を眺めながらツーッと一筋の涙を流す。


 あの先にスペースコロニーがある。



☆★☆


 オレは現政府に疑問を抱いている。

 そして大統領の裏を探っていた。

 ようやく見つけた陰の姿。

 これをネットに公表しさえすれば、世界は変わる。

 不正など許すものか。

 オレはネットにリークさせようとすると、ネット回線が切れた。

「まさか……!」

雅也まさや。逃げるよ!」

 夏帆がそう言い、すぐに撤退を始める。

 ブルーのノーパソを手にして、脱出ルートを通る。

 オレのあとを夏帆が続く。

「ハンソン=ハリホードめ。オレらを探っていたな!」

「今は逃げるの! そのあとで考えましょう」

「分かっている」

 焦りと怒りを露わにするオレ。

 まだ生きていたい。

 そして世界に訴えかけていく。

 オレらのような子どもがもう二度と産まれてこないために。

 そのためなら、ルールなんてくそったれだ。

 脱出ルートを抜けて、落ちつくと、衛星兵器のデータをいじる。

「雅也!? 何をする気!?」

「あいつを殺す!」

「待って!!」

 夏帆の声を聞き届ける前にエンターキーを押す。

 衛星兵器は姿勢制御の噴射を行い、その砲身をハンソン大統領のいる地球《アリア》に向ける。

 彼を殺す。

 明確な意思が衛星兵器の弾頭を発射させる。

 核兵器。

 それは人が生み出した最悪の兵器。

 人を殺すためだけの兵器。

 悪意で動く兵器。

 発射された弾丸は数分の時間を要し、ハンソン大統領のいる大統領府へ落ちていく。

 彼のいる場所は荒野ではない。

 普通の町並みだ。

 そこには平民も、市民もいる。

 そこに核が落ちた。

 熱で焼かれ、放射線で苦しみ、人々を殺す兵器。


 オレは大統領を殺した。

 これで世界は変わる。

 もう生きるために頑張る必要もない。


「雅也……」

 夏帆はオレを悲しげに見つめてくる。

「いいだ。これで」

「そうなのかな……?」

 夏帆は哀しげにオレを見やる。

「何が言いたい?」

 彼女の言葉に疑問符を覚えるオレ。

「だって、これでは旧世代のやり方と一緒じゃない。あなたの言っていた世界の変革とは違うでしょう?」

「……そのためには過去を思い出す必要がある」

「それは本音……?」

「今はそれでいい」

 オレは夏帆から視線を外し、衛星兵器の弾倉を装填するよう、プログラムを走らせる。

 書き換えられたデータはすぐに衛星兵器への供給を行う。

 あと少しだ。

 あと少しで全てが終わる。

 オレは変革をとげるべく、全人類にメッセージを発する。

「オレたちはいい加減変わらなくてはいけない。すべての人類を愛するために」

 それが人の希望なのだから。

「だから、オレは今日、大統領を撃った」

 彼が障害になっていたから。

「オレは今日をもって変える。全ての人類が一つになるために」

 思想を持った。

 それで人を変えられると思っている。

「オレは今日より、ソフィアシステムを起動させる」

 人が生きるためには、望まれた世界にする必要があるから。

 そのあとも演説をすると、思ったよりも世界の反応は良い。

 ただ一人を除いて……。


『俺は違うと思う。マサヤ、間違っているよ』

「少年。それは身を滅ぼす。だからオレが導くのだ」

『人は手を取り合い助け合える。そのために生きているはずだ』

「そんな理想は今の世界にふさわしくない」

『あんたともあろう者が間違ったな』

「何を?」

『人は世界のために生きるんじゃない。人が生きている場が世界だ。そんなことも忘れてしまったか? マサヤ』

 どうした。

 オレは間違っていないはずだ。

 なのに。


 なのに、なんでこうも胸が苦しくなる。

「ふん。お前も所詮ノーマリアンだったってことだ。世界を変えるのはこのオレだ」

「雅也……。どうしたの?」

 少年と連絡を絶ったあと、夏帆が哀しげな目を向けてくる。

「なんでもない。そっちの準備は整ったか?」

 オレは夏帆を一瞥する。

「うん。でも……」

「なら、行こうか。オレらのために。生きるすべての人のために」

 そう言ってオレは荷電重粒子砲に乗り込む。

 その力を世界に示す。

 そして世界を変える。

 そして人類を変える。

 そのためにオレは生きてきたのだ。

 作られた存在。

 デザインベイビーと言われたオレと夏帆は、この世界で自分の価値を示す。


 荷電重粒子砲が空高くそびえ立つ。

 その狙いをノーマリアンの住まうスペースコロニー《アマツ》に向ける。

 これで世界は変わる。

 全ての矛盾をはらみながらも、世界は一つになる。

 それでいい。

 それだけでいい。


 と、スコープの向こうに一つの陰がかかる。

「あ。あれは……!」

 オレは信じがたいものを目にした。

 そこには宇宙服を着た少年の姿があった。

 スペースコロニー《アマツ》と兵器の軸線上。その間にふわりと漂っていた。

「バカ者! 死にたいのか!」

 オレは慌てて彼に無線を向ける。

『これ以上の戦いは無意味だ。もうやめろ』

 静かに投げかけてくる声。

 オレは彼と敵対するとは思っていなかった。

 彼なら理解してくれると思っていた。

 だから今は……今は?

 困惑した顔で、視線を夏帆に投げかける。

「もう。やめよう? 雅也」

「夏帆……」

「あたしはあんたが生きてさえくれれば、それでいい」

「夏帆?」

「普通に暮らして、普通に老いていきたい。それだけじゃ、ダメなの?」

「……そんなことを言っても」

「だから、誰が悪いとか、そういう問題じゃないのよ。自分の幸せに気がついて」

「自分の、幸せ……?」

 オレは幸せだったのか?


 微笑む夏帆。


 ああ。確かにこれは幸せだ。


 オレは目を閉じると、彼女に全てを委ねる。


 もう戦わなくていいんだ。


 オレの目の端から涙が零れ落ちた。

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ロボ愛好家の俺と世界掌握系ハッカーと宇宙《そら》 夕日ゆうや @PT03wing

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