迷子の風船

風と空

第1話 かけがえのないもの

 駅構内のベンチに引っかかっている赤い風船。

 その場を多くの人が行き交っているのに、誰もその風船を目に留めない。


 私もまた見てるだけ。


 男性が近づいていったわ。

 あれは私の夫の悠生ゆうきさん。


 声を出して呼んでいるのに、私の声は悠生さんに届かない。

 

 ねぇ、悠生さんその風船をどうするの?

 なんで風船をいっぱい持っているの?


 私の疑問をよそに悠生さんが駅構内を歩いて行く。


 追いかけると、悠生さんはベンチで休んでいる四十代位の男性に声をかけて、赤い風船をさしだしている。


 男性が驚いているわ。受け取って喜んでいる。あの人のものだったのね。


 悠生さんが持っている風船は、もしかしてみんな持ち主がいるのかしら。


 私の予想通り、悠生さんは風船を届けている。


 コンビニ店員の男性。お茶を飲んでいるOLの女性。学校帰りの大学生。


 みんな驚いているわ。

 そして見つかって喜んでいるの。


 みんなが悠生さんにお礼をいっていくわ。


 ねぇ、どうして風船の持ち主がわかるの?


 悠生さんがようやくこちらを向いた。

 私を見つけて悠生さんが笑顔になる。


 私には手を差し出す悠生さん。


 次の瞬間、悠生さんの手には沢山の風船が握られていた。

 

 私が渡したらしい風船に大喜びする悠生さん。


 笑顔の悠生さんは、私に頭を下げて風船を持って行き交う人たちの波に入って行く。


 ねぇ!何処に行くの?私も行くわ!





 


 目を開けると夕焼けに染まっている病室。

 

 寝ていたのね……


 目の前にはベッドで横になっている悠生さん。


 悠生さんが脳死判定を受けて、先生から臓器提供の話しを聞いたの。


 どうしても受け入れられなくて決断を待って貰っていたわ。


 人を思い自分を犠牲にしてまで働いてきた悠生さん。

 私がパートから帰ってきて、倒れているのを見つけてどれだけ驚いたのかわかっているの?


 でも、あなたは私の夢に出てきてくれた。


 笑顔で私に示してくれた。


 人を助ける夢をみると、未来が明るくなる予兆だというわ。


 ねぇ、悠生さん。あなたは私の勇気が多くの人の希望になる事を伝えたかったの?


 あなたはいつも言っていたわ。


「前を向いて歩いて行こう」


 私にも前を向いて欲しいという意味だったの?


 …… きっとあなたなら優しくそう言うわね。

 

 そうよね…… 悠生さん。


 あなたは迷子になっている私の心という風船を持っていったの。


 迷子になった風船は届けあげなくちゃ。


 決意と共に私の足はナースセンターに向かっていた。





************

追記:植物状態ではなく脳死と変更。

  気分を害されたのであればお詫び致します。

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迷子の風船 風と空 @ron115

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