第12話迷宮中華飯店 幕間

 迷宮中華飯店の新装開店は一週間後と決まった。

 その間、休業するのかというと、そういうこともなく、営業を続けることになった。


 迷宮中華飯店の客は大半が常連だったし、いつもの通り営業が望まれていたのである。

 それでも大きく変わった店の外観や今後の営業について、次々と訪れる客たちにココナと店主は説明することになった。


***


 それから、ココナと店主はみんなで迷宮中華飯店とつながった都市へと行ってみることにした。


 店主が言うには敵情視察という話だったが、ようするに大げさな物でなく、迷宮中華飯店が出現した場所や、そこにどんな料理店があるか、まわってみることにした。


 そこで何が食されてるのか、みんなで食べてみたいということも含まれていた。

 そんなわけで、店主とココナ、メイとミーシャ、ガロキンで行くことになった。


 ニーナは異世界の中華料理大満で預かってもらうことにした。幼すぎて、連れて回るには心配だったのだ。


「さあ、行くぞ」

 店主が扉を開くと、そこには小汚い壁があった。


 下を向くと石畳になっていた。向かいもこちら側も、上を向くと見上げるほど高い建物だった。

 迷宮中華飯店は大きな建物の裏路地に店の入り口が出来てしまったようだ。


 路地は人がかろうじてすれ違えるぐらいだった。

 店主に続いて、エルフコンビとココナ、ガロキンが路地に出た。


 とりあえず、左に向かって歩いてみる。街中だということもあって、すぐに人が歩いてきた。中年の男性でこの世界で見られるごく普通のヒューマンだった。


 時間を置かず何人かとすれ違う。裏路地と言っても全く人通りがないというわけではないようだ。少し歩くと大きな通りに出た。


***


 真昼の街中、光が溢れ、ココナはダンジョン、裏路地と薄暗いところから陽光の溢れる場所に出たので、まぶしさにびっくりした。


 通りは老若男女、お金を持っていそうな上等な服装の人から、そうでない人、作業服などまちまちで、雑多な人々が歩いていた。


 建物も上等な石造り、レンガ造り、木骨のハーフティンバーなどまちまちだが、どれもガラス窓がはめられていて、4階建て以上はあるようだ。そんな風景が未知の果てまで続いていた。巨大な都市のようだ。


「あっ、ここはロンディニュムかあ、知っているぞ」

 すっとんきょうな声を上げたのは、ガロキンだった。


「あんた、知っているの?ここがどこか?」


「ああ、ここはローデリア共和国の首都のロンディニュムだな、すっげえでけえ街だよ。花の都、ロンディって名前もあるくらいだ。俺、前に来たことがあったから知っているんだ」


「ほう、ガロキンはここが知っているのか」

「ここでは皆さんどんなものを召し上がっているのでしょうか」


「それが重要だよな、ここの普段の料理がやってくる客のベースになるはずだからね」

「まあ、店主のつくる餃子はうまいから心配はないよ」


「ガロキン、金を渡すからすまねえがテイクアウトで何か買ってきてもらえんだろうか」

 店主は持ってきた小銭から通用するという金貨をガロキンに預け、持ち帰りの料理を買ってきてもらった。


 どんな所か理解できたので、遠くまで散策するのは、いずれということにして、店に戻る。

 ガロキンが買ってきた料理は、パンで炙った燻製肉を挟んだもの、鶏の串焼き肉だった。


 全員で試食する。

「うん、美味いです」

 ココナが声を上げる。


「ですね、でも、シンプルな味付けです」

「まあ、ただ、これだと旨いけど飽きてくるんだぜ、このベーコンみたいな肉は脂っこいし、味は塩味しかないからな」


「なるほど、これがここの料理か、調味料があんまりねえのかな、しかし、これだと、うちの料理は味が複雑だから受け入れられっかな?」


「大丈夫だよ。俺がここの料理をはじめて食べた時、衝撃だったもの」

「それはそうですが、店主の料理は最高です」


「うん、そう言ってくれるのはありがたいが、そこの人間の好みというのがあるだろうからな」


 ココナは根拠はないが大丈夫だろうと思った。店主の料理は自分やメイとミーシャ、ガロキンを虜にしているのだから。


***


「もうひとつの街の言ってみようか」

「そうですね。そうしましょう」


「そうするか」

 今度はココナが扉を開けると、目の前を大勢の人が歩いていた。

 賑やかな場所で屋根があり、そう、どうやら商店街の中だった。


 ここもヒューマンが主体のようで、様々な店や露店があり、果物、肉、乾物、布、薬と思しきものなど、多種多様なものが売られていた。


 量り売り、値段を交渉して決める方式で、多くの人が大げさな身振りそぶりで商人たちとやり取りをして、物を売り買いしていた。

 啖呵売などもおこなわれていた。


 その生き生きとした人々の姿に一行は見とれてしまいそうになったが、商店街を抜けると大きな広場が広がっていた。

 広場は大きな正方形の白く硬い石で舗装されていた。


 その遠く向こうにあるのは、四本の巨大な尖塔と巨大なドームを持った聖堂だった。全てがこれまた白く美しい石で造られていた。


「美しい建物だな、政府機関かな?」

「政府機関というかあれは宗教施設じゃねえ?」


「そうですね。あの感じは、ミーシャの言う通りだと思います」

 唐突に後ろから鐘の音がした。


 ガランガランと手で振るハンドベルだ。続けて笛のようなピー、ピーと短い音が鳴った。


 皆で振り返って見ると、大きな鉄の塊が動き出していた。白い息を吐き、煙をあげけたたましい音をたてながら走っていく。

 商店街の上は高架の鉄道駅になっていたのだ。


 まるで大きな生き物のように見える。それはココナが見たこともないものだった。

「なんでしょうかあれは?」


「ああ、あれは汽車だろうな」

「ああ、汽車だね。最近、あちこちで走るようになってきたんだ」


 ガロキンは汽車を知っているようだった。

「汽車か、俺のところではもうほとんど見かけねえから久しぶりにみた」


「店主は汽車を知っているのか?」

「俺の世界では昔走っていたようだな、親父が言っていた」


「そうか」

「鉄道ですよね。私とミーシャのところでは生体機関車なんてものがありましたね」


「あれは、自分で思考するんだよな。あまり思い出したくもねえぜ」

 ココナは鉄道というものがよく理解できなかったが、人がたくさん乗って出ていく、客車を見ていると自分も乗ってみたいなと感じた。


***


 広場はとてつもなく大きく、向こうに行きつくには、徒歩では大変そうだった。

 ガロキンは歩いてきた女の子に建物が何か聞くと真ん中のドームが中央教会で左右にあるのが議会と総統府だと誇らしげに教えてくれた。


 白い建物は議会と教会が一体になった建物のようだ。女の子に聞くとここはスレイシティというらしい。


 また、左の奥、向こうには巨大な凱旋門らしい建物が見え、門の上には大きな肖像画が掲げられていた。


 よく見ると広場には架線柱があり、3両編成のトラムが走っていて、停留場がいくつかあるようだった。それにしても敷地が広大な上に人が少ない。


「ここも大きな町だな、わからないことだらけだが、ただ、どんなところかわかったし、今は帰るか」

「そうしましょう」

 一行は商店街に戻って、いくつか食べ物を買って戻った。

 

***

 

 一同は店の円卓に座った。

 買ってきた食べ物をみんなで試食した。


 スパイスをたくさん使ったひき肉を串焼きにしたもの、炒めた麺など、なかなかおいしい。

「スパイスが使われているな、味が濃いがおいしい」


「ですね、ロンディよりもこっちの方が料理として洗練されている」

「新しいところにつながったが、これで客が増えるのかなあ。どこの料理もうまいし、きてくれるかな」


 珍しく店主が弱音のようなことを言う。

「店主よ、新しい環境がどんなものかわからんからな、やってみなきゃわからんだろうぜ」


「そもそも、店主は店を大きくしたいのですか」

 メイが言った。


「現状、今のままでいいとは思っていない。やるからには俺の作る料理を食べる人を増やしたいんだ」

「店主の作る料理はおいしいですから大丈夫ですよ。自信を持ってください」


「それはココナに同感だな。ここに居るのはみんな、あんたがつくる料理を旨いと思って集まった連中だからな。餃子なんて美味いのあんたにしか作れないからな」


「ガロキンありがてえぜ、みんなに助けられてだな、そうだ、ここは感謝を表して、俺がみんなをもてなそうじゃないか。魔力キノコ、ココナが採ってきてくれたのがたくさんあっただろう。あれを食って元気をつけようじゃないか」


 ココナが窮地に陥りながらも採ってきた魔力キノコは店主が丁寧に下処理をしてくれていた。


 キノコは洗わず、ついていたほこりや枯葉をはらい、石づきを取り除き、半分は乾燥させ、もう半分は冷凍されていた。


「ココナ、お前、一品作ってみな?」

「私が作っていいんですか?」

料理を作らせてくれる。思わぬ店主の提案にココナはうれしくなった。


「今日は営業じゃないから特別にな。魔力キノコの中華スープならつくれるだろう」

「はい」


「まず、魔力キノコを薄くカットする。食感を考えてだが、まあいいや自由にやってみろ」

 ココナは言われた通り慎重に魔力キノコを刻んでいく。


「次に中華鍋にカットした魔力キノコをいれて炒め、しんなりしたら酒をふって、寸胴から中華スープを入れる」


「わかりました」

「煮立ったら、弱火にして、中国醤油をいれる。そうだ、ココナ、味を確認しろ」

「はい」


 ココナはお玉ですくってスープの味付けを確認する。

「ちょっと味が薄いような」


「じゃあ、中国醬油を少し加えるんだ。そうそう、俺にも味を見させろ。ほう、いい塩梅だ。悪くねえな、いいだろう。後は少し煮る」


 その間に店主は何か一品作るようだ。もう一つの鍋で、作りはじめた。あっという間に魔力キノコチャーハンを作った。


「店主、魔力キノコが煮えました」


「なら、仕上げだな、水溶き片栗粉を入れとろみをつける。水溶き片栗粉は一気に入れたらだめだぞ、少しづつ入れ、素早くまぜる」


「ドロッとしてきました。なんだか錬金術みたいです」

「よし、良い感じだ、最後にごま油を回し入れ、スープ用の土鍋に入れ、ネギをちらし、刻み生姜を一つまみ入れて完成だ」


「やりました店主、できました」

「まあな、本当ならこれをひとりで出来なきゃダメだがな。俺の作業を毎日横で見てたからな、手際は悪くない。さあ、ココナはこれを配膳して、みんなと一緒に食べてろ。後は俺が作る」


 店主はそこからいつものスピードで料理を作りはじめた。

 すでに卓上ではチャーハンをみんなが食べはじめていた。


「キノコのチャーハンうまいです。魔力が感じられて、その後、濃厚な旨みが口に広がります」

「味付けが抑えてあるから、キノコの味がはっきりと感じられる」


「魔力キノコの中華スープです」


 ココナは椀にスープを取り分けた。

「スープもばっちりですね。キノコの旨みと魔力が出汁にとけだしてめちゃ美味いです」


「これもいつものメニューに加えてほしいな」

「魔力キノコをいつもなければだめだろうけどな」


 店主は鶏とキノコのオイスターソース炒め、玉子とキノコの中華炒め、キノコの中華風マリネ、キノコあんかけ豆腐、メインで中華風キノコ鍋を作った。


 作り終えた店主も加えて、その後は魔力キノコの味を皆で堪能したのだった。

 中華風キノコ鍋の〆は中華麵を入れて、酸辣湯麺にして楽しい宴は終わった。


 そして、メイとミーシャの希望によって、魔力キノコの料理が、はっきりと裏メニューとして採用されることになったのだった。


***


「魔力キノコは裏メニューか、ある時とない時があるから仕方ないですね」


「まあ、私たちで採ってくればいいということだぜ、けど、店主よ不思議に思ったが、どうやって、この扉、あちこちにつながるんだ」


「だよな、さっき俺が出たら、いつものダンジョンに出たからな。どうなってんだこの扉」

 店のドアは変わらず一か所だ。みんなが思うのも無理はない。


「それな、ダンジョンマスターが作ってくれたんだ、迷宮から来た客は迷宮に戻り、新たにつながった街には行けない。たぶん、つながった街からくる客もダンジョンには行けないようになっている」


「まったくチートだぜ」

「まったくな、そして、店主である俺は行き先を選ぶことだ出来る。もちろん誰かを連れて行くことも出来るんだ」


「なるほど、それなら混乱はないな、うまく出来ている」

「しかし、空間や時間をつなげるって。ダンジョンマスターってどんな人なんですか?」


 ココナは魔法を修めたものとして気になったので、聞いてみた。


「ああ、それは言ってはならないんだ。あいつとの約束があってな、まあ、でもそのうちここにいるやつらは会えるかもしれない。今言えるのはそれだけだな」


「ちょっと気になるぜ」

「ですね」


「まあ、餃子食えればなんでも良いよ俺は」


 こうして、二つの町につながった迷宮中華飯店は新装開店を迎えることになったのだった。

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迷宮中華飯店 かやまりょうた @kayama82212

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