第11話
ココナのトラブルで開店の時間を過ぎてしまっていたが、店主はいつも通り店が開くようだ。ココナは急いで二階の部屋に行って厨房服に着替え、下へ出てくると。
メイとミーシャが椅子を並べたりと開店準備を手伝っていた。常連に手伝わせてしまうあたり迷宮中華飯店はゆるい。
「ココナ、今日は休んでいていいんだぞ」
「大丈夫です。身体はもうなんともないです」
休んでいても、おもしろくもないし、働いたほうが、気分を変えることもできて良いとココナは思った。
それに、ここに居れば私のような人間でも他では不可能な未知の体験ができる、だから、動けるなら店に出たい、何でも参加したいという気持ちたった。
今日のことだってそうだ。魔族に身体を乗っ取られそうになり、最悪の体験だったが、これこそ冒険そのものではないかとココナは感じた。
自分はまともじゃないかもしれない、心の奥底から湧き上がってくる情熱と世界の神秘にこそ価値を見出すのだから。
ココナは弱いが、立ち直りは早かったのだ。
***
さあ、開店だ。
迷宮中華飯店は辺鄙なところにあるが、暖簾を出すと探索者や時には亜人や魔族までやってくる。
厨房に入ると店主が早速調理をはじめていた。
鍋をふるう店主、チャーハンが完成し、その上に厚切りのチャーシューがのせられる。向こうにいる、大きな盾を持ったジェイという男の大好きなメニューだ。
ココナは玉子スープを椀に入れトレイに入れてチャーハンと一緒に持っていく。
「おっ、ココナちゃん、今日もかわいいね」
大柄なジェイが言う。
ココナはにっこりと営業スマイルをかえした。
カウンターの端にはひっそりと気配を消して、いつものように餃子の大好きな人がいた。
ココナは同じ目にあった、彼のことを案じていたので一安心した。しかし、細身で長身だったガロキンは、自分と同じくらいの背丈に縮んでいたのだ。
そして、ガロキンの足元には寄り添うように小さな黒いネコがいた。
思わず、ココナは驚いてガロキンに近寄った。
「ガロキンさん、どうしたんですか」
「ああ、ココナか、見ての通りだよ。私、縮んでしまったんだよ。それに女になってしまったんだ」
ガロキンは半泣きでココナに訴えた。
「ええええええっ、どうして」
「知るか、気が付いたらこんなになっていて、メイとミーシャに聞いてくれよ」
「おい、ココナ、肉団子あがったぞ、スープとライス、紹興酒のボトルも持って行ってくれ」
ココナは店主から、熱々の肉団子を二皿もらうと、メイとミーシャの前に置いた。すぐに スープとライス、紹興酒のボトルも持っていく。
メイとミーシャは何とも言えない顔をしていた。
「ガロキンには悪いことをしたけど、どうしようもなかったんですよ」
メイが揚げ肉団子を箸でとって口にはこんだ。
「ガロキン、ごめんな」
メイはコップに5年物の紹興酒を注ぎ、ザラメを入れてかき混ぜあおった。
「どうしてガロキンさんはあんなことになっているんですか?」
「あいつ、身体が死んでいただろう。だから再構成して、憑いていた霊魂はあいつの身体を削って黒ネコとして再生させたから、ああいう形になった」
ココナは話が飛びすぎていて、うまく理解できない。
「ミーシャ、だめですよ事実だけでは、ココナさんが驚いています」
「いや、これ以上説明のしようがねえよ」
「まあ、確かに、でも、ココナさんとレーリアの分離はしっかりと成功しましたからね」
「うん、そこはきっちりとやった。安心しろココナ、それと、お前に伝えておかなきゃならないことがある」
「心して聞いてほしいです」
それを聞いていた店主が料理をしながら言った。
「いや、それは話したってわからないだろう。ココナ、そこの小あがりの席があるだろう。そこを見てみな」
ココナは小あがりを覗いた。
すると、ココナはこの日、何度目になるかわからないが、また驚くことになった。
そこには自分とそっくりの少女が寝ていたのだ。
思わず覗き込むと、少女はどこからどこまでも自分とそっくりだった。
使い古された言い回しだが、鏡に映ったとはよく言ったもので、まさにそんな感じだった。
「なっ、何なんですか?あの子は?」
「レーリアですよココナさん」
「説明するよ。レーリアはしぶとくココナから離れなかったんだ。聖化術でほとんどを滅したが、どうしても残ったんだぜ」
「私がなんでおとなしく消滅しないか希望を聞いたら、死ねるかって言うんです。あまりに言うことを聞かないんで、餃子の遺体を削り、ここの冷凍庫の隅で凍っていたチキンの古肉を店主からもらって、身体を造ったんです。まあタンパク質ですからね。ヒューマンの肉体の構造を知っていればわけもない。そこへレーリアの魂を移したと、そういうことです」
「ホムンクルスを造ることは聖化術の基本だから、思いついた」
ココナは返す言葉もなく震えた。聖化術のすごさと、その恐ろしさ、人の魂や身体を簡単に作り変え、時間をも操ってしまう業の深さをだ。
ココナが何か言おうと口ごもっていると。
「ココナ、神に対しての冒涜とか思っているなら、それはやめてくれ。自分はあの時、最善と思ったことをしたまでだぜ」
「そうです、二人を救うために仕方のないことでした」
「わかりました。あの、それと、レーリアはまた私を…」
「ああ、それはないよ。レーリアの邪悪な部分は切除した。そして、レーリアも現状を受け入れたからな」
「安心してください。今のレーリアはココナさんと同じくらいの力しかないし、魔法はもう使えないと思います」
「そいつをどうするんだココナ?」
厨房から店主の声がした。
「私は…、これ以上ないくらい、嫌な思いをしました。もう見たくもないし、関わりたくもないです」
「だよな、でも、そいつは赤ん坊にもどって、生きなおしたいって言い張ったんだそうだぜ、なあ」
「ええ、そんな戯言をたれていましたね」
「だから、記憶はフォーマットしてゼロにしたぜ」
ココナが見ている前で、レーリアが目を覚まして立ち上がった。
「えーと、あなたは私のお母さん?」
「お母さん?違います、あなたはレーリアだよ」
ココナはいきなり言われて、即座に否定した。
「そいつは、3歳くらいに退行しているぜ。人としては、見守ってやらなきゃならない段階だ」
「もう、レーリアとか名前も忘れているから、誰かが付けてやらなきゃならないですね」
一同の視線をココナは感じたが、いまだに恐ろしく嫌な気持ちしかなかったので、押し黙ってしまった。
店主が助け舟を出してくれる。
「じゃあ、ここにいる皆で名をつけてやったらどうだ?」
「それがいいと思うぜ、何か案はあるか?」
メイが手を挙げた。何か案があるようだ。
「はい、えーと元の名前を参考にしたら思います。確かレーリシアなんとかニニギとか言いましたね。途中は忘れちゃいましたけど」
「ほう、なるほど、さてそこからどうするか、じゃあ、ミーシャお前の意見は?」
「だめだ、ちょっと待ってくれ、こういうのは苦手だぜ」
「うーん、私もダメですね」
「私はパスです」とココナ。
「そんな奴、名無しだから、ナナシでいいよ」
ガロキンは吐き捨てるように言った。
「そうだな、そいつニニギというのか。それ、関係ねえけど、俺の国の神話の神様の名だよ。そこだけとって、ニニーとかニーナでどうだ?」
「へえー、女の子らしくて、良いと思いますね」
「私はニーナがいいと思うぜ…、しかし、店主、あんたこんなことも思いつくのな」
「ミーシャ、おまえ何を言う、忘れてもらっちゃ困る、俺は子どもを成人させているんだぜ」
満がレーリアだった少女に告げる「お前、私たちは今日からニニーかニーナと呼ぶが、どっちがいいか言ってみな?」
「私の名前まだない?くれるの?」
「そうですよ。だから、ニニーかニーナのどちらがいいか選んでください」
少女は少し逡巡すると「私、ニーナがいい、私、今日からニーナ」立ち上がってクルクルとその場で踊った。
「決まったな、それはさておき、ニーナの事だが、そいつは俺に預けてほしい。考えがあるんだ。ニーナには店の手伝いをさせたいんだ」
「ええっ、店主、私はどうなるんでしょうか?ニーナと一緒は嫌ですよ」
ココナが心配そうな声で言った。
「ココナ、違う違う、ニーナは中華飯店の向こうの店で預かろうと思う」
「向こうって、ひょっとして店主もどっかの世界からこのダンジョンにきたとか?」
「そうだ、メイも知っていたか」
「なんとなく私たちと同じ感じがしていたけど、やっぱりそうでしたか。このダンジョンは色々なところにつながっていますからね」
察しの良いメイは気が付いていたようだ。
「まあ、そういうことだ。理由は二つある。まず、美智が研究に戻るんだ。そこで向こうはかみさんだけになっちまう。もう一つは、この迷宮中華飯店を広げたい。だから、人出がいるんだ。どうだ、俺と一緒にこの店を盛り立てようというやつはいないか?」
店主の思わぬ発言にその場の一同は驚く、向こうにいるジェイもむせたほどだ。
「店主、俺を雇ってくれ」
ガロキンがハスキーボイスで訴えた。
「おめえは餃子のガロキンか、良いぜ、とりあえず向こうの店に行ってもらうが良いか?」
「かまわねえよ、願ったりだ。俺はもう恥ずかしくて、他の探索者には会いたくないんだ。異世界だか何だか知らんが、誰も俺を知らないところに行きたい」
「よし、ガロキン、お前は採用だ。メイとミーシャはどうだ?他の連中は?」
「もちろん手伝うのはいいけど、毎日働くのはちょっとね。でも、探索者として店主の世界に行ってみたいですね」
「メイの言う通りだ。異世界には興味があるぜ」
「なら、時々でいいから手を貸してくれ。俺のいる世界に興味があるなら、向こうの店を拠点に活動を広げてみたらいい」
「それいいですね。近いうち、準備を整えて行きたいです」
「それはそうと、店主よ。この店を広げてどうするんだ。客がいるんか?」
「まあなミーシャ、今は常連だけで細々やっているが、客を増やしたい。それとこの店を開いたときにオーナーと約束したんだ。ここを繁盛させるとな」
「ええっ、この店、店主の満さんのでしょ?オーナーなんかいたんですか?」
ココナもはじめて聞く話だった。
「そのことな、オーナーとはこの迷宮の持ち主だ」
店主の衝撃的な発言に、一同はフリーズしてしまった。
そこからいちばん最初に再起動したのはメイだった。
「もしかしてダンジョンマスターですか?」
「そうそう、それだよ」
「本当に、本当ですか?この迷宮の探索者にとってはそんな話、神にあったみたいなものですよ」
「でもなあ、そればっかりは、信じられないぜ」
「まあ、お前らはそうだろうな、俺はこの後、オーナーに連絡を取って、この店の出入口扉をもっと人の多いところにつなげてもらおうと思っている」
「本当に?」
「何言ってんだ、こんなことウソついて何の得になるんだよ」
***
ココナとメイとミーシャ、ガロキン、その場にいた者たちは、このやり取りのあった翌日、迷宮中華飯店は3階建ての中華風の楼閣に改装さているのを目にした。
そして、新たに出来た店の入り口はこの世界の中心ともいうべき二つの都市とつながっていたのであった。
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