第10話

 メイとミーシャは自分たちの荷物の中から、ロープを取り出すと、わめきたてるレーリアを縛り上げた。


 そして、廟の中に手足を持ち、転がし、うるさいので適当な布で猿ぐつわを嚙まされた。

『良かった。メイとミーシャがやってくれた』ココナは安心する。


***


「メイ、この倒れているの餃子のガロキンじゃねえか?」

「そうですね、彼も採取に来たんでしょうか」


 二人はガロキンが倒れているのを見つけたようだ。

「ヤバい状態じゃねえ?」


「確かめてみます」

 メイが首の脈を確かめると、首を左右に振る。


 メイとミーシャがこちらへやってくると、ココナの身体を座らせた。

 レーリアは色々と頭の中で考えをめぐらさていたが、手も足も出せない状況のようだと、ココナにはわかった。


「何なんだこいつらは、どんな奴なんだ。こいつらの事を知って対策を立てなければ」


 レーリアは必死にココナの記憶を手繰り、このエルフたちのことを知ろうとしているようだが、ココナもそれほどメイとミーシャの事を知っているわけではないので、記憶以上の事を知ることはできないようだった。


「メイ、ココナの魂に話しかけて、まず起こったことを調査してくれるか」

「わかったわ」

 メイがココナの額に手を当て、念じると、彼女の言葉が伝わってきた。


「ココナさんどうしたんですか?こいつは誰ですか?」

「私もわかりません。身体をこいつに乗っ取られてしまって」


「こいつの名前はわかりますか?」

「レーリアという名前で、自分は魔族だと言っています」


「魔族ですか、わかりました」

 メイはそれをミーシャに伝えた。


「やっぱりな、ココナの身体を乗っ取ったのは魔族だよ。このタイプは私らの世界にもいただろう?全く厄介な相手に乗っ取られたな」


「ああ、そういう個体は魔族に稀にいましたね。では、どうしましょうか?」

「うーん、まあ、方法は二つかな、一つは説得してココナの身体から出ていってもらう。もう一つは聖化術を使って、強制的に分離させるかだな」


「えっ、聖化術ですか、あれはほんとうに危険ですから、あまり使わない方がいいのでは?」


「だな、聖化術はリスクがある。しかし、魂と精神を操作できる利点もある。問題はこいつを切除する際に、魂や精神が癒着していて、それを無理に切り離すとココナの人格を崩壊させる危険もあることだな」


 ミーシャは長い間、聖化術を使ってきたからその危険性がはっきりとわかっていた。


 メイも聖化術に通じていたが、彼女はどちらかというと、魂と精神について診断したり、それを癒す術の方にたけていたので、また、違った危険性を指摘した。


「そうですね、それに、こういう奴は過去から様々な人格をスナッチしてきましたから、それによって因果を貯め込んでいるでしょうね」


「なるほど、そうだな、因果というのは現実界では幻灯の陰みたいな感じだが、アストラルの世界では、巨大な構造物みたいになるからな、変な話だが可能性の塊にもなり、良くも悪くも特異点にもなりえるから厄介だ」


「その集積回路である因果自体を聖化術で切除してしまうと?」

「ああ、つまり全部の因果がなくなると、どうなるかだな?」


「真っ白ですね。このつながった3人の心と魂は何もなくなってしまう」


「だろ、それこそ総崩れになる。今度は現実界もアストラルも機能不全になり、周りにも良くないし、下手すりゃ存在自体もなくなるかもな」


 メイとミーシャはココナにはよくわからない議論を続けていた。レーリアも理解できていないようだ。

「まあ、とりあえず正攻法だな、メイ、レーリアだっけその魔族に出ていくように話してみてくれないか」


 メイはミーシャの言葉に頷いた。

「レーリア、回りくどくいっても意味ないでしょうから、単刀直入に言います、ココナさんの身体から出ていきなさい」


 メイは猿ぐつわを外してやる。

「嫌だ。お前たちの言うことなんて聞かない。私は偉大だ、神にも匹敵する力を持っているんだ。お前らなんてモガもが…」


 聞くに堪えないので、メイはまた猿ぐつわを戻した。

「まったくうるさい奴だな。こうなったら聖化術しかないね」


「ですね、聖化術は嫌な技術ですけど、それしかないですね」


「まず、手分けして、魂と精神の状態と位置を把握するため、アストラルカルテを作成する。それから、レーリアを慎重にココナから分離させ、消滅させる。聖銀のトレーは持ってきている?」


「ありますよ」

 メイは軍隊式の敬礼をして見せた。


 レーリアは自分がこれからどうなるか、わかったわけでないのだろうが、不利益なことが起こることは察知しているようだ。打ち上げられた魚のように身をよじって、ジタバタしていた。


***

 メイがアストラルサーチをかけ、ミーシャがそれを聖銀で出来たトレーの中に魔力をかけながら移していく、作業はそれほど時間をかけずに終わった。


 それを解析していく。

「どうでしたか、ミーシャ?」


「うううむ、正直言って厳しいな、レーリアの魂がココナに吸いついている。そこに、ガロキンの魂が絡んでいる状態だ。かなりまずいな」


「ミーシャ、しっかりして、あなたに使えない聖化術なんてないでしょ」

「まあ、しかし、いじくり過ぎるとそれはもうココナではなくなってしまうよ。それが怖い」


「ミーシャ、しっかりして、これはココナさんを救うための聖化術よ。私と絶対にやり遂げるのよ」


「そうだな、メイ、私は国家の命令で、邪悪な行いをした。人が人であり、心と身体が同一であることは尊いこと、それがわかっているのに、私は間違った使命感であんなことをしてしまった、だから…」


「大丈夫、私もだから、それはわかるわ、あなたの忸怩たる想いよね」

「そうだ」


「でも、やらなきゃ、ミーシャあなたは外で少し頭を冷やしてきたらいい、私はレーリアの中に降りて探ってみるわ」


「ありがとうメイ、私は柄にもなく弱気になっていたようだ。そうだな、少し考えを整理してくるよ」

 ミーシャは廟の外へ出ていった。


***


 メイは聖女の能力であるシャーマンの力を使って、魂の中に降りていく。


 茜色の夕焼けが広がっている。先へ進む、人の精神の中は現実にある物を使って造られている。しかし、それは本当にあるわけではないのだ。


 空に浮かぶ豪奢な館があり、その一室に赤毛で緑ドレスの女がいる。おそらくレーリアだろう。


 メイを見ると何か喚き散らして、襲い掛かってくるが、メイはそれをかわし、レーリアの中に入っていきその中を探る。


 余程、多くの人を吸収してきたのだろう、レーリアの中はまた迷宮になっていて、訳が分からない。うかつに探ると拒否されてしまう。


 メイは吐き気のするような見にくいもの、美しいもの、様々なものをそこで見る。普通なら発狂してしまってもおかしくない物事をだ。


 そして、そこで座って途方に暮れているガロキンにあった。

 ガロキンの魂と精神、記憶をメイは見ていく。


「ガロキン、あんたどうしたの?」

「お前はメイ、なんでこんなところに。そうだ、俺はここに魔眼ヒラメを捕りに来て、レーリアとかいう奴に身体を乗っ取られたんだ。何とかしてくれ、お願いだ」


「わかっているわガロキン気をしっかりと保って待っていなさい。あんたは戻って餃子でビールでしょう」

「ああ、あれは俺のとっておきなんだ。でも、また食えるかな」

「大丈夫よ、何とかするから」

 メイはガロキンを勇気づけた。


 そして、近くで呆けているココナと会うこともできた。

 そこで知りたかったことを聞く。


「よかった。ココナさん大丈夫?」

「メイさん、ダメです。ここに来たら危険です」


「私は大丈夫、ねえ、ココナさん、レーリアの真名は知っていますか。私がレーリアから覗こうとすると、すごい拒否されてしまって」


「わかります、同化していますから、レーリアの真名はレーリシア・デュルクラシイ・ミエテティ・ファンズ・ニニギです」


「なんじゃそりゃ、長ったらしく珍妙な名ですね。ココナさん、今、あなたを救出するためにミーシャが頑張っています。ちょっと辛抱してくださいね」


「お願いします。厄介なことに巻き込んでごめんなさい」

「いいのよ、私たちが連れてきたんだもの。心をしっかり保って待っていて、必ず救い出すわ」


 メイはそうココナに言うとログアウトして現実界に戻ってきた。

 振り返ると、ミーシャが何か決意した表情で待っていた。


「メイ、切除ではなくて、分けるんだ。レーリア、ココナ、ガロキンと分けて行けば、それぞれになるはずだ。それに必要なのは」


「わかっています。レーリアの真名ですね。それはココナさんが教えてくれて、把握しています」

「ガロキンの真名は大丈夫か?」


「ちょっと待って聞いてきますよ」

 メイは程なくして戻ってくる。


「ガロキンの真名はガロキアン・シビリアンだそうです。それとちょっとややこしいのが、ガロキンの身体にはもう一人の消えかけの魂が入っています。そちらの真名はロキシアですね」


「なんでまた?」

「まあ、彼の記憶を見たけど、ちょっと複雑な事情があるみたいですね」


「なるほど、うん、それについては、まあ、難しくないからやってみよう」

 ミーシャは精神を統一すると、聖化術をはじめた。


「ココナ、少しの間、意識を閉じるぞ」

 ミーシャの声がした。


 ココナは白いカプセルの中に閉じ込められたようになった。

 ココナは音や視界から遮断された。カプセルの外で何が起こっているかわからない。祈るしかなかった。


***


 緊張と不安の中「ココナ、もう大丈夫だぜ」ミーシャの声で視覚を取り戻す。

 そこは中華飯店だった。見回すと店主とメイとミーシャが心配そうにこちらを見ていた。


 ココナはゆっくりと立ち上がって、自分自身の身体を見た。

 頭の中に変な感覚もない。


 右手を握ってみたが、いつものように動かせた。

 どうやら、メイとミーシャが解決してくれたようだ。


「おかえりココナ、お前、平気か、なんか面倒なことになったらしいじゃねえか?」

「店主、ココナは大丈夫みたいです」


「ほんとうに大丈夫か?お前の大丈夫はまあ…、ふう、まあいいや、腹減っているだろ。今から、何か作ってやるから食って元気つけな」


「店主、メイさんとミーシャさんごめんなさい、ご心配をおかけしました」

 こうして一件は解決したのだった。

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