迷子の風船

若生竜夜

ふらふらと流されていく

 数日前の雷雨に追われ、秋は急ぎ足で完璧に立ち去っていた。

 降ってくる冷たさも雨粒から細かな雪へと変わったせいで、アルバイトの往き帰りには、あたたかな鎧のようなコートとぶ厚い手袋が手放せない。

 十二月のカレンダーが二日目に突入した今日は、町のあちらこちらで黒々とした夜をイルミネーションがいろどりはじめている。滑稽なほど明るい輝きに飾り立てられた街路樹を見あげて、空っぽだなと僕は思う。

 そんなふうに空っぽに光る枝の間に誰かが飛ばしてしまった風船が引っかかっていたから、ついかわいそうになって手を伸ばした。

 いつかの自分と同じだと感じたからだ、助けてやらなければと。

 ちょうど迷子を救う気分だった。ほそい紐を手に巻きつけ、頭に積もった雪を払ってやった。

 どうしようかと少し迷って、バイト先につれていこうと決めた。あそこならあたたかいし、行き場所だって見つかるかもしれない。

 こんな空の下で凍えてしぼむよりも百倍ましだ、と。今年の初めに嫌というほど実感して、差し出された手をつかんだことを思い出したんだ。

 バイト先の控え室で、とりあえずパイプ椅子に紐を引っかけてみた。

 名前でもつけてやろうかと浮いている赤い頭をながめて、さすがに感傷が過ぎると首を振った。

 そのうちオーナーの真山が寄ってきて、落書きしていいかと尋ねた。

 断る理由はなかったけど、断わられるなんて一ミリも思ってない顔が少しだけしゃくに障った。

 だけど結局、いいよと答えてしまうあたり、僕はチキンなんだろう。

 油性マジックで、はな歌まじりに描かれたのは、犬なのか猫なのかよくわからないいきものだった。

 画伯だな、とながめていると、断りもなく肩の上に顎を乗せられた。

「特別な気がするじゃん、こうしてやるとさぁ。どっかに紛れてもオレのだってすぐに見つけてやれる、ってさ」

 制服の下のタトゥーを思い浮かべる、兵隊になれと左腰に真山に入れられたものを。

 人も風船も道に迷えば、行き着く先は同じなのかもしれない。考えて少しだけ胸が寒くなる。

 ごめん、と風船に心の中でわびた。

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迷子の風船 若生竜夜 @kusfune

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