第636話 プレゼント

 心配してもらって嬉しいが少し照れるな。

 ティアニス女王の咳払いで、アナティア嬢は名残惜しそうに手を放して席に戻った。


「それにしてもそんな危険な魔物が王国内に現れるなんて……討伐隊を組むとなったら厳しいところだったわね」

「普通の兵士だとかなり被害が出たと思います。私たちが犠牲なく切り抜けられたのも少数精鋭だったからこそかと」

「もう出てこないのを願うばかりだわ。ようやく色々先のことを考えられる状態になったところだし」


 同意した。あんな思いをするのも、誰かが同じ目に合うのももうないことを祈りたい。


「それでお土産があるんですが」


 キタンから貰った大粒のダイヤモンドを取り出す。

 そのうち特に状態が良い三つを机の上に並べた。

 未カットではあるが、それでもその輝きがハッキリと分かる上物だ。

 きっと気に入るはず。


「ちょっと、それダイヤ!?」


 真っ先に駆け寄ったのはユーペだった。

 さすがの審美眼というべきか、真剣な目でダイヤを見つめている。


「問題を解決したお礼として、キタン代表からの贈り物です。是非陛下たちにもと思いまして」

「いいじゃないの。大粒のダイヤは滅多なことじゃ手に入らなくて有名なのよ?」


 そのままシルクの手袋をつけて右手でそっと持ち上げ、光に透かして眺めている。


「この状態でこれってことは、加工したらささいな明かりでも人目を引くくらいの輝きになるわね。私はこれを貰うわ。専属の職人にカットさせて……この大きさなら指輪よりもネックレスの方が自慢できそうね」

「もう、好きにしてよ……」


 ティアニス女王ははしゃぐユーペに対して呆れたように言う。

 彼女はあまり宝石には興味がないようだ。

 そういえば普段からあまり装飾品は身に着けていないな。

 ただ王冠があるから地味という印象は一切無い。


「ヨハネさん、私も頂いても?」

「もちろんです」

「嬉しい。個人的なプレゼントならもっと良かったんだけど」


 アナティア嬢はダイヤを一つ手に取る。

 何も無い時に個人的に宝石を送るのは下心を疑われそうだ。

 誕生日の時などなら自然に渡せそうだな。


「私は指輪にしようかな。構いませんよね?」

「どうぞ。喜んでくれたなら嬉しいです」

「常に身に着けますね。ふふ」


 案外気に入ってくれたようだ。

 独占するよりも良い使い方ができたと思う。


 その後はここ最近の現状を共有してくれた。

 各国の協力もあり、災害の爪痕は短時間で目立たなくなるほど復興が進んだ。

 それに加えて好景気が訪れて王国全体が賑わっている。

 全体的に良い兆候が見られるとのことだった。


 だが、未来に目を向けるとそうもいってられない。

 太陽神連合がある限り、再び隕石を降らせてくる可能性がある。

 王都はより強固な結界を張り巡らせたので耐えられるかもしれないが、もし他の都市に落とされたらそこは廃墟と化す。


 もしそのようなことが繰り返されたら王国は瓦解するだろう。

 規模が規模だけに連発はできないと想定されているが、あの光景はもう見たくないと誰もが思っている。


 それを防がねばならない。

 そのためバロバ公爵は再び太陽神連合国へと攻める準備を行っている。

 今度はより深く侵攻し、太陽神の祭られている神殿まで行くつもりのようだ。

 最低でも王国に対する脅威を取り除く必要があるとのこと。

 今回は再編した王国軍の一部も加わる。

 それから傭兵としてあの竜殺しも雇ったらしい。


 侵攻に対しては他国の協力を借りるのは難しい。

 他の国にとっても明確な脅威とハッキリするまで後方支援以上のことはしてくれないようだ。

 あの隕石が王国を超えて展開されれば話は別だろうが……。

 健闘を祈るしかない。

 まさか戦争に加わるわけにもいかないしな。


「そういうわけでヨハネ。貴方には政務官として各地で問題解決に動いてもらうわ。合間に本業の商売をしてもかまわないから」

「それはまあ構いませんが」

「便利使って悪いけど、下手なやつに代理人として権力を預けられるほどまだ余裕もないのよね。もうしばらくすればもっと楽になると思うわ」

「給料も貰ってますからね。それに色々と情報も手に入りますし」


 政務官の給料は結構良い。

 多分アズたちの実力も込みなのだろう。

 少なくとも仕事を振られても頑張ろうと思えるほどには貰っている。


「ただ次の仕事の前にもう一度エヴァリンさんに会おうと思います。何かあればそれからでお願いしたいのですが」

「それは構わないけど……。まだ何かあるの?」

「風の精霊石を見てもらえることになったので、一度持っていこうかと。エルフならもしかしたら何とかしてくれるかもしれません」

「そういえば風の精霊石を持ってるんだったわね。正直他三つの精霊の力を使うだけでもう働かなくても生きていけるんじゃない?」


 それは考えたことがある。

 土の精霊石だけでも破格の性能がある。

 それを利用したルーイドの儲けだけでも結構なものだ。

 ただ椅子に座って入ってくるだけの金を眺めるのは少し味気ない。

 暇があれば働いた方がより稼げるし、そうして自分で稼ぐ金が一番気持ちよくさせてくれるのだ。


「どうせなら四つ集めるのも面白そうですし、何かの役に立つでしょう」

「欲のない人間の手に集まって良かったのかもしれないわねぇ……。もしくはそうなるようになってるのかしら」


 ティアニス女王はなにか思案しているようだった。

 精霊の力は強大だ。

 力を借りているだけで、とても制御はできないし自由に扱えるわけではない。

 それでも知らない人にとっては脅威に思うのだろう。

 悪用するつもりはもちろんない。

 そこは信用してくれているようだ。


 報告を終えて王城を出る。

 それからポータルを使って自宅に戻り、風の精霊石を持って再びエヴァリンのいる北の大森林へと向かった。


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そうだ。奴隷を冒険者にしよう HATI @Hati_Blue

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