第635話 ティアニス女王へ報告
病み上がりということもあり、出された酒は控えた。後始末をする人手が必要だし。
その代わり肉をたくさん食べて精をつける。
宴会の後片付けは向こうが引き受けてくれた。
用意してくれた部屋に皆を連れて行き、一晩を明かす。
酒を飲んでいない年少組と一緒に、酔いつぶれた三人を背負って連れて行くのは骨が折れた。
しかし頑張ったのは分かっているので仕方ないかと思うことにした。
今回は本当に命の危険を感じたな。
運が悪ければ命を落としていただろう。
自分の目で見なければと思っての行動だったが、アズたちを置いて死ぬわけにはいかない。
今後はもっと慎重にならなければ。
心配されるのは嬉しいが、そもそも危険に陥らないようにするのが主人の役目だろう。
次の日、青天の空が出迎えてくれた。
二日酔いにならないようにエルザとアレクシアに水を飲ませる。
エヴァリンはケロリとしていた。酒に酔っていたはずだが、二日酔いにはならないようだ。
キタンに一泊の礼を告げた後に都市の外へ移動する。
これで燃える石の問題は解決した。
「エヴァリンさんはずっとあの森に住み続けるんですか? 住処を変えようとは思わないんですか?」
「……今更変えるつもりはないわ。森が豊かで豊富な魔力があって静かな場所は意外と限られているから」
「なるほど」
触らぬ神に祟りなしという言葉がある。
エルフも怒らせなければ人間には無理に干渉して来ない、ということが今回のことでよく分かった。
「そういえば」
このまま挨拶をして帰ろうと思っていたが、あることを思い出した。
もしかしたら知恵を貸してもらえるかもしれない。
せっかく知り合ったのだから聞けるだけ聞いてみよう。
「うちに風の精霊石があるんですが、魔力が完全に枯渇しているらしくて。よければ見てもらえませんか?」
「……驚いた。風の精霊石まで手元にあるの? 四属性の精霊が一ヵ所に集まることなんて滅多にないことなのに」
「色々ありましてね。なんだかんだでそうなってました。ただの置物になってるんですよね。流石にもったいないと思って」
エヴァリンは恐らくであって一番驚いたようだった。
どんな時でも一切表情は変わらなかったのに驚いた顔を見せていた。
エルザもそんなことを言っていたような気がする。
四属性の精霊を集めるのは難しいと。
その代わりにアズの使徒の力が強化されるんだったかな?
ただ完全に持て余している感じもする。
「どんな状態か見てみないと分からない。私はあの家に戻って動かないから、直接それを持ってきて欲しい。私も気になるわ」
「分かりました」
精霊に関してはエルフの方が詳しいと思う。
何かしら進展があればいいのだが……。
とにかくまずは王都に戻ってティアニス女王に報告してからだ。
また会う約束をして、最寄りのポータルがある都市まで移動する。
アズが道中にやたら体調を気遣ってくる。よほど心配だったのだろう。
大丈夫といっても聞きやしない。
しばらくはこんな感じになりそうだ。
心配させた罰、といってもいいかもしれない。
常に引っ付いて離れないのはちょっと困るが。
「まるで猫みたい」
「微笑ましいですね」
後ろからからかうような声が聞こえる。
アズは聞こえても無視しているようだ。
ポータルを利用しながら王都に到着し、城へと出向いてティアニス女王の執務室に移動する。
王都の復興は更に進んでおり、災害以前の様子とほぼ変わりない。
王城で前みたいに入り口で長く待たされなくなったのは肩書が付いてよかったことだな。
アナティア嬢もユーペ王女も席を外しているようだ。
忙しさのピークは落ち着いたのかもしれない。
一番忙しかった時期は常に身嗜みを整えているアナティア嬢ですら、髪がボサボサになって目の下に隈ができていたからな。
人間らしい暮らしには多少の余裕が必要というわけだ。
執務室で待っていると、ティアニス女王が二人を連れて部屋に入ってきた。
「待たせたわね。ちょっと休憩していたところだったわ」
「それは申し訳ありません」
「気にしないで。仕事に戻ろうと思っていたタイミングだったし」
あの子供だったティアニス女王が今は頼りになるレディになってきた。
貴族の裏切りや王国の運営。家族を一度に失ったことなど色々なことがあったので嫌でも成長しなければならなかったのだろう。
それを横から見てきただけに、思うところがある。今は微力ながら支えることにしよう。
「突然止まった燃える石の供給に関してだったわね。今王都の市場でも値段が高止まりしていて、陳情も増えてきているところだったの。早急に動いてくれて助かったわ……。経費は後で申請してくれたら払うから、それじゃあ報告して頂戴」
三人に向けて炭鉱都市であったことを時系列に沿って話す。
炭坑が封鎖されたこと、エルフのエヴァリンのこと、蚊の魔物の繁殖と森の妖精が汚染されたこと。
魔物の大穴についてはどう説明するか迷ったが、少しぼかしてエルフの協力でなんとかなったということにした。
エルザが対処できるとはいえ、大変な消耗具合だったらしい。
本人は隠しているつもりだろうが、起き上がった時に明らかに生気がなかった。
「エルフって本当に実在したのねぇ。エルフって奇麗だった?」
「奇麗な方でしたよ」
「ふぅん。私よりも?」
ユーペ王女はどうやらエルフの美貌について興味があるようだ。
本人曰く王国一の美女を自認しているらしく、話の本筋よりもそっちに気を取られているのが伝わってくる。
思わずアナティア嬢も苦笑していたが、目だけはこっちを見ていた。
もしかしてアナティア嬢も気になるのだろうか?
「姉さん。今はそんな話をしている場合じゃないんだけど……」
「私には! 大事なことなの。それでどうなの?」
ジッとユーペ王女に見つめられる。
長いまつ毛に整った顔。自信があるのも分かる。
「ユーペ王女の方がお奇麗かと。ユーペ王女の顔を見慣れていたので緊張しませんでしたよ」
「当然よね! 私が一番美しいもの」
答えに満足したのか、ニコニコと話を打ち切る。
ティアニス女王はため息をついていた。
アナティア嬢はぶつぶつと何かを言っている。
咳払いをして続きを話す。
蚊の魔物に刺されて呪いにかかったことを話すと、ティアニス女王が慌てて立ち上がった。
「体調は大丈夫なの?」
「かなり危なかったみたいですが、今はこの通り元気ですから安心してください」
「ならいいんだけど……。今お前がいなくなったら困るから無茶しないで。それに悲しいわ」
意外と大事に思われていたようだ。ちょっと嬉しいかもしれない。
ティアニス女王からどう思われていたのかはそういえば聞いた覚えがなかった気がする。
「ヨハネさんの代わりはいないんですから、危険なことはしないでください」
アナティア嬢が近寄ってきてぎゅっと手を握られた。
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